第29話 遺書

 電話すると、係長はデービスラボにいるということだった。私たちは向かった。

「おう、香崎、磯田」

 係長は、鑑識係が仕事をしている中、背もたれのある椅子にゆったりと腰掛けていた。

「係長ー、何してたんですかー」

「ちゃんと仕事してた。ほれ、見ろ」

 係長はデービス教授のデスクまで行き、パソコンの画面を見せた。

「えっ!」

 そこには、文書ファイルが開いていた。

「デービスのパソコン、パスワードがわからないままでログインできなかったんだよ」

「あ、やっぱり、あのパスワードだったんですね?」

「おう、そうだ」

 私と京子は内容を読んだ。



  アームストロング、ベーベル、シャを殺したのは、私だ。責任を取って、私も死ね。

 

  アレック・デービス



 デービス教授の遺書だった。

「デービス教授は自殺だったということでしょうか?」

「Dの字が見つかってないよねー。だから、自殺ー? ていうかさー、『私も死ね』って、こんなミスするのー」

「あっ、本当だ、『死ね』になってる」

「おう、デービス教授は日本語にあまり堪能ではなかったからな」

「確かにー。自殺するからどうでも良かったのかなー」

 デービス教授の現場では、Dの文字がまだ見つかっていなかった。なので、私も京子の意見に傾いていきそうだった。そこへ突然、係長に電話がかかってきた。

「はい、村田です。課長。はい、はい、わかりました」

 山崎課長からだった。

「課長からだ。鑑識報告が上がってきたそうだ。デービス教授のおおよその死亡推定時刻がわかった。5月23日の朝方だ」

「えっ! それって、シャ准教授が亡くなってから数時間後、ってことですか?」

「おう、そうなるな。それから、デービス教授の遺体からDの文字に関連するものは何もみつからなかったということだ」

「えー、見つからなかったんですかー」

「服に書かれていたとか、身体に書かれていたとか、何もそういうことはなかった……」

「おう、そうらしい。んー、やはり、自殺だったのか? 何ということだ……」

 係長は頭を掻きむしった。京子も難しい顔をして考えていた。

「おう、後は鑑識に任せて、戻ろうか」

 すると、また係長の電話が鳴った。

「はい、村田です。あ、真中さんですか、どうしました」

 真中さんが連絡してきた。京子は係長のスマホに自分の耳を近づけた。係長はそれに気づいてあちこち移動するが、京子も負けずに会話の内容を聞き取ろうと追いかけていた。まるでコントみたいだった。

「はい、なるほど。それでしたら、私が今からそちらに行きますので、ええ、それじゃあ」

 係長は電話を切りながら京子を斜め上から見下ろした。

「何だよ、磯田!」

「どうしてめぐみが係長に連絡してくるんですかー」

「頼りがいがあるからだろが!」

「ありませーん」

「おう、真中さんが、身の危険を感じるので警察に保護してほしいそうだ。なので、迎えに行ってくる」

「係長ー、私が行きますー」

「何でだよ」

「決まってるでしょー、友だちだからですよー」

「そんなの公私混同だろ」

「係長もでしょー、小春ー、一緒に行くわよー」

「おい、こら」

「係長は一人で帰って下さーい」

 京子は無理に私の袖を掴んで車まで引っ張っていった。係長はぽつんと取り残される感じで佇んでいた。そして私と京子は真中さんのアパートへ向かった。係長は鑑識係の車で刑事課へ戻るしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る