第21話 続事情聴取

 次に、真中めぐみさんに来てもらった。どういうわけか、係長が担当することになった。真中さんも千葉教授と増田助手と同じ話をした。

「亡くなったシャ准教授は、デービス教授とトラブルになっていたそうですね。ご存知でしたか?」

「ええ、はい、千葉ラボでもみんな知っています」

「そのことで、何か知っていることがあれば教えてもらえませんか?」

「いえ、私よりも他の方のほうが詳しいと思いますので、私からは特に言えることはないかと……」

「デービスラボ所属の方が三人亡くなりました。連続殺人の可能性もあります。どんな細かなことでもいいので、何か気になることはありませんか?」

「……いえ、別に何もありません」

「実験室の黒板に、大きく赤い字でCと書かれてありました。そのことで何かありませんか?」

 この質問で、真中さんは急に目線が下に向き、何かを考え始めたように見えた。

「……シャ先生は、Cという字と無関係だと思いますし、私でわかることは、特に……ありませんね」

 真中さんは、首を傾げたり、時折熟考するような感じで受け答えした。

「真中さん、黒板の文字をじっと見て、黒板に近づいて触ろうとしませんでしたか?」

「え、いえ、そんなことはありません」

「あなたが黒板を意味深に見ていたという証言があります」

「あ、それは、A、Bと来て、今回はCの文字があったので、それに驚いてしまって……」

「そういえば、今日はシュルツさんはまだ来てなかった気がしますが」

「あ、ナターリエは、昨日も、一昨日もだったかな、ラボに来てないんです」

 私と京子はお互いに顔を見合わせた。

「ラボに来ていない?」

「はい。確か、増田さんとの共同実験をすっぽかした日だから、一昨日からですね」

「えー、めぐみー、あの時からシュルツさんは来てないの?」

 京子が思わず訊き返した。

「うん、そう。私も何回か電話したんだけど、つながらないのよ」

「それは気になるな。もし何かあれば、すぐに我々に連絡を下さい」

 真中さんは無言で何か考え事をしながらうなづいた。

「あ、あの、村田さんの連絡先を教えていただいても?」

 真中さんは申し訳無さそうに尋ねた。

「ええ、もちろん。これです。仕事用の番号ですよ」

 係長は胸ポケットから名刺を取り出して、真中さんに差し出した。

「当たり前でしょー、係長ー、個人の連絡先教えてたらー、殴ってましたよー」

 京子が怒りのこもった言葉を係長に投げた。

「京子、ちょっと言い過ぎよ」

 私は小声で注意した。真中さんはくすっと笑っていた。

 とりあえず、一通り、個別の事情聴取を終えた。


 現場検証が数日続くかもしれないことを伝え、大学院関係者にはしばらく別室で待機してもらうことになった。

 そこで、全員にまたいろいろと質問をした。シャ准教授の死因や死亡推定時刻がまだわかっていなかったが、一応、前日夜のアリバイを尋ねた。全員が、昨晩帰宅してから登校するまで自宅にいたということだった。21時半頃に大竹助手と飯島さんが帰宅の途についた後、デービス教授とシャ准教授がまだラボに残っていたらしい。その頃にはすでに千葉ラボでは全員が研究を切り上げて帰っていたそうだ。それを証明するための監視カメラの存在を聞いた。研究棟の入り口、ラボの中、三階の休憩スペースにそれぞれ監視カメラが設置されているということだった。

 時刻は昼を過ぎていた。所轄署が弁当を用意してくれていた。捜査の続きは昼食を取ってからすることにした。


「真中さん、よろしければ、私とご一緒に――」

「はーい、職権乱用ですねー」

 係長が真中さんの隣の席に座ろうとしたら、京子が飛んできてスマホを耳に当てた。

「おい、磯田、冗談だよ。通報するなよ……」

「しっしっ、あっち行った」

 京子は犬を追い払うような仕草で係長を追い払った。

「あの、京子、私は別に――」

「だめだめ、だめよー」

 京子は真中さんの言葉を遮って言った。

 係長はしょんぼりとして、仕切り幕を開けて警察側の方へ来て席に座って弁当を食べ始めた。

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