第20話 事情聴取
次に、千葉教授から話を聞くことにした。私が担当することになった。
「今朝、私のラボまで、飯島さんが血相変えて来ました。ふらふらで腰が抜けたみたいな感じで、無言でデービスラボの方を指差してました。それで、私と増田くんと真中さんがデービスラボへ行きました。行ってみると、シャ先生が血を流して倒れていました。大竹くんが110番してくれたんですね。シャ先生はもう亡くなっていると彼が言ったので、みんな動揺しまして、捜査のために、現場のものに触れないほうがいいだろうとか言い合いになりまして、何もできずにいるうちに、警察と救急車が到着しました」
千葉教授は、私の目を見て冷静に話した。
「何か、変わった点はありませんでしたか?」
「と、いいますと?」
「いつもと何か違う、例えば、テーブルの位置が違うとか」
「いや、自分のラボではないので、そういうことはよくわかりません。あ、そうだ、椅子をひとつ倒してしまいました」
「椅子、ですか」
「ええ、椅子です。真中くんが、黒板をじっと見ていて、すぐ前まで近づいていったんです。彼女が黒板に触れるんじゃないかと思って、『真中くん』と叫んで、彼女を止めようとして、椅子にぶつかってしまったんです。それで、椅子が倒れてしまいました」
「その椅子は倒れた状態のままにしてありますか?」
「ええ」
「真中さんはどうしてそのようなことを?」
「いや、わかりません」
千葉教授は不思議そうに言った。
「あー、それってー、Cの文字が赤字で書かれてたからじゃないかなー。前にめぐみが言ってたんだけど、赤い文字は神経薄弱な人の精神を刺激するんだってー」
「ああ、そういえば、真中くんは学部の副専攻で心理学を学んでいたのでしたね」
「なるほど。黒板のCの文字は、どういう意味かわかりませんか?」
「それも、わかりません」
「なるほど、そうですか。シャ准教授は、デービス教授と揉めていたそうですが」
「ええ、知っています。論文のことですね。どちらが論文の筆頭著者になるのかでハラスメントを受けていると、シャ先生は言っていました。彼は、学内のハラスメント仲裁組織に通報したと聞いています」
「千葉さんは、そのことで、シャ准教授から相談を受けていましたか?」
「まあ、そうですね。相談を受けました。ラボが違うので、私ができることはないと彼に言いました」
「デービス教授は、普段からラボの院生たちを恫喝していたそうですが、そのことで何かありませんか?」
「ああ、デービス教授は、焦りがあったんだと思います。彼は大学院教授としてここへ着任してから、研究業績があまり芳しくなかったんです。結果、教授会で、リストラの候補に上がってしまったんです。だから、シャ先生の研究結果を自分のものにしたがってたようですね」
「なるほど」
「正直言いますとね、私もラボを主催してますから、彼の気持ちも理解できる部分はあるんです。もちろん、ハラスメントはやってはいけません。けれどもね、新たな発見をして業績を上げなければ、ラボを維持していけませんし、発言力の少ないシャ准教授が筆頭著者になるよりは、デービス教授がなるほうが、論文も審査に通りやすいんですよ。うちの大学院全体のことを考えるなら、デービス教授が筆頭著者になるべきなんですよね」
「そうですか。内部事情がいろいろとおありなんですね」
「ええ、大学も大変な所なんですよ」
「何かすごい発見だったと飯島さんから聞いたのですが、どういった発見だったのでしょうか?」
「ああ、それは……」
冷静だった千葉教授が少し後ろにのけぞるように体勢を整えた。
「警察には守秘義務がありますから」
私がそう言うと、千葉教授は肩の力を少し抜いたようだった。
「ああ、えーっと、人間の血管を活性化させる成分を発見したと聞いています。シタッパ成分と命名されました。まだ試作段階ですが、錠剤も製造して、製薬業界と交渉できるくらいにはなってきたらしいですね」
「危険なものではなさそうですね」
「いえ、かなり危険なものなんです。ごく少量を飲んで死に至ってしまいます。そう言うと、極端な話、どんな薬でも同じなのでしょうがね。なので、血の巡りが悪い人にしか使えません」
「あ……そうなのですか」
私たちは子どもみたいにびっくりした。
「デービスラボの関係者がこれで三名、亡くなりました。連続殺人事件だと考えられます。どう思われますか?」
「私は、何とも申し上げられませんね。なぜこんなことが起きたのか、全くわかりません」
千葉教授はよく考えながら丁寧に話してくれた。
増田てつや助手に来てもらった。引き続き、私が担当した。彼は千葉教授と同じことを話した。
「そうですか、千葉教授も同じことをおっしゃってました。シャ准教授とデービス教授が揉めていたことはご存知でしたか?」
「はい、デービス先生がシャ先生の発見を横取りしようとしてたってやつですね、みんな知ってますよ。学内のハラスメント防止委員会が調査に来ましたから」
「そのことで、何か気になることとかはありませんか?」
「いえ、特にないです」
「この大学院の関係者を狙った連続殺人の可能性があります。そのことについては?」
「んー、全然わかりません」
「Cという字が、実験室のホワイトボードに書かれてありましたが、何か意味があるんでしょうか?」
「いえ、それも全然わからないです。シャ先生の名字はCで始まらないですからね」
増田助手は淡々と受け答えした。
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