第5話 偶然の再会
「係長ー、何やってるんですかー、こんなとこでー」
「おう、何だ、お前たちか。美女に噂されてるんだろうな。急にくしゃみが出やがった、まったく」
係長はハンカチで鼻を拭いていた。
「ホント、オヤジですねー、係長ー」
「あの、係長、ここで何をされてるんでしょうか?」
「捜査だよ、捜査」
係長は鼻を拭いたハンカチをくしゃくしゃに丸めてポケットにしまった。
「汚いー」
京子は心の底から本当に汚がっているようだった。
「係長、捜査ですか?」
「おう、そうだ。ジャック・アームストロングは大学の学生寮に住んでいた。だから来たんだよ」
「あっ、そうかー。そういえばー、留学生は全員が学内の学生寮に住んでるって、ホームページに書いてあったわねー」
私も、京子が大学に来るまでの車内でそんなことを言ってたのを思い出した。
「でー、何かわかったんですかー、係長ー」
「今のところは特に何も。鑑識が何か発見するかもしれんがな。お前らのほうは、どうなんだ?」
「はい、アームストロングさんの所属していたラボ、デービスラボのメンバー五人全員から話を聞くことができました。全員が、5月13日は終日ラボで研究していたと証言しています」
「それだと、証言は身内だけってことになるな」
「ええ、まあ、そうなりますね」
「係長ー、そのデービスラボの隣のラボに、私の大学の時の友人がいるんですよー、すごい偶然ー」
「何だ? 磯田の友人? どうせ態度の悪いギャルだろ」
「あー、失礼ですねー、係長ー」
「ぶあっくしょいぃぃぃぃ」
係長はまた豪快にくしゃみをした。
「汚いー、唾が飛んできたー、いやー!」
京子は本気で嫌がっていた。私たち三人のコントをしているような状況から少し離れた所で女性がこちらを見ているのに、私は気づいた。
「京子?」
その女性から意外な声がかけられた。
「えっ? めぐみ?」
「やっぱり京子だ!」
その大和撫子のような女性は京子の方へ来て、二人で手を取ってテンションアゲアゲで喜び始めた。なぜか係長はまるで死人のように動かなくなった。
「……美しい……」
そう言って、係長は固まったまま、鼻を拭いたハンカチを地面に落とした。
「めぐみー、今、ここの大学院生なんでしょー」
「そうよ、何で知ってるの?」
「私ー、仕事で来てるのよ、ほら」
京子は警察手帳を見せながら言った。
「わっ、警官になったって聞いてたけど、まさかの私服警官なんだ! 京子、すごい!」
「全然よー。めぐみのほうがすごいわよー、だって研究してるんだからさー」
「私はまだ修行中の身だから、大したことないわよ」
「めぐみー、重そうな荷物ねー」
女性が手に持つ三つか四つの大きなエコバッグを見て、京子は言った。
「研究室に泊まり込むこともあるから、食料とかたくさん用意しとかなきゃいけないのよ」
「えー、そうなんだー」
ギャルの京子と、京子とは対照的な穏やかな雰囲気の美女がキャピキャピな女子トークをしている。そこへ、係長がふらふらと近づいて行った。
「お嬢さん、よろしければ、そのお荷物をお持ちしましょうか」
係長はキザっぽく言った。
「は!?」
京子は瞬時に怒りの顔を係長へ向けた。
「係長ー、私の大学時代の友人との久しぶりの再会を邪魔しないでもらえますー」
「磯田、お前には久しぶりの再開かもしれんが、俺には運命の出会いかもしれない」
「はぁ!?」
京子の友人は心の底から呆れ顔をした。
「あの、京子、そちらは、さっき話してた……」
私はその場の雰囲気がそれ以上険悪になる前に話しかけた。
「あ、さっき話してたー、大学時代の友人の、めぐみよー」
「真中めぐみです」
彼女は丁寧にお辞儀した。
「京子の同僚の、香崎小春です」
私は一応警察手帳を見せた。
「二人の上司の、村田圭吾です」
「係長ー、訊いてないからー」
係長は少し苦笑いしていた。
「ところで、京子、どうしてここに?」
係長のことを若干警戒しながら、真中めぐみさんは尋ねた。
「あー、デービスラボ所属のジャック・アームストロングさんが、亡くなったのよ。それで捜査しに来たのー」
「え! 隣のラボのジャックさんが……」
「事故なのかー、殺人なのかまだわからないんだけどさー」
「……そうなの……」
「真中さん、ラボまでいいでしょうか? 一応確認したいことがありますので」
「真中さん、お荷物は私が――」
「結構です」
真中さんは係長の申し出を速攻で断った。
私たちは千葉ラボへ向かった。
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