第4話 デービスラボへ

「デービスラボ。小春ー、千葉ラボよりも広そうじゃない?」

「角部屋だからかしらね」

 私たちはラボの中へ入ることにした。

「こんにちはー。お邪魔しまーす」

 部屋の中に京子の場違いな声が響いた。しかし、京子のそのおバカな声をかき消してしまうくらいの大声が奥の方から聞こえてきた。

「何度言えば、わかる! 結果だ! 出せ! 結果だ!」

 片言っぽい怒鳴り声だった。院生と思われる白衣を着た数名が、初老の外国人男性に恫喝されていた。その男性は、入室した私たち二人を見て、抑えきれなかった自身の怒りに気づいたようで、冷静になって、院生たちに小声で何かを言ったようだった。

 私と京子は顔を見合わせた。

「お取り込み中のところ、失礼します。T県警の香崎です」

「同じく、磯田です」

 警察手帳を見せて、私たちは奥の方へ、外国人男性のいるデスクへと近づいて行った。

 院生たちは萎縮してるようで、デスクの側で皆、しょげていた。

「ポリース?」

 外国人男性はタンブラーのアイスコーヒーをグラスに入れながら言った。

「ええ、そうよー」

 京子は自信満々に言い返した。

「皆さん、落ち着いて聞いて下さい。実は、ジャック・アームストロングさんが、昨日、遺体で発見されました」

 私は冷静に話したが、ますますその場に緊張が走った。みんな、無言のまま驚いていた。

「あー、私は、このラボの所長のデービス、です」

 さっき怒っていた初老の外国人は片言っぽい日本語で言った。

「デービスラボの、デービスさんですね。フルネームでお名前を伺っても?」

「アレック・デービス、です」

 デービス所長はコーヒーを飲みながら冷静に答えた。

 私と京子は、その場にいた全員に昨日の夕方のアリバイを訊いた。全員がラボで研究をしていたということだった。

 所長のアレック・デービス、准教授のシャ・コクリュウ、助手の大竹ただお。それと、三人の院生がこのラボに所属していた。ドイツからの留学生フィクトール・ベーベル。飯島ときこ。そして、亡くなったジャック・アームストロングさん。

 アームストロングさんを除く五人全員が、昨日5月13日は終日このラボで研究をしていたと言い合った。

 私と京子はデービスラボから出て、大学の事務室へ行くことにした。


 第一から第三まである研究棟に囲まれるように、事務系部署の建物があった。私たちは事務室へ行って話を聞いた。県警からすでに連絡がいっていたので、すんなりと話が通った。事務方から亡くなったアームストロングさんの情報を得た。キャンパス内や学生と院生の普段の様子などを聞いて、私たちは事務室を後にした。


 私たちはキャンパス内をぶらぶらと歩いてみることにした。

「小春ー、この大学、さすがにできたばっかで、綺麗よねえー」

「名王大学もこんな感じでしょ」

「全然よー、古いからね。小春の行ってた上嶋学院大学はどうなのよー」

「え、まあ、上嶋学院も古いから、ここほどおしゃれじゃなかったけどね」

「あの助手の人、名王の名前聞いたら、びびってたわねー」

「そりゃ、名王だもん、普通驚くわよ」

「そうなのー、だったら係長なんて、帝王よー、帝王大学ー」

「そりゃ、係長はキャリアだから……」

 私たちが何気に係長のことを話していたら、少し離れた所から誰かが大きなくしゃみをするのが聞こえてきた。

「ぶあっくしょいぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 この下品なくしゃみの方を向くと、そこにいたのは係長だった。

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