第8話 再会まであと一歩なのに……

 病院から出た俺は正しいかもわからない記憶を頼りに彷徨っていた。


 俺を視界に入れた人はみな二度三度と見てくる。でも話しかけてくる素振りはない。

 そりゃそうだよな。腕を固定しながら病衣を着て走ってる奴がいれば誰でも喋りかけず二度見するか。



 あれ、どっちだっけ?


 走り続けていると分かれ道に差し掛かってしまった。


「左? 右?」


 どちらを選んだにせよ住宅街。左側は少し上り坂になっていて、右側は平坦な道。


 頭の中にある記憶を遡って考えてみる事にする。


「美佳と歩いた道……」

 幸せだった頃の記憶。


 ソフトな手の握り方から恋人繋ぎに繋ぎ直した道。

 腕を組んで身体を密着させながら歩いた道。

 お互いの顔が赤いって夕陽に照らされながら笑い合って歩いた道。


「多分右だ」


 確信はなかった。でも右だと心が言っている気がした。

 だから歩き出した……のだが——


 向こうの方に人影が見えた。

 まだぼやけていてはっきり見えないのに身体が無意識にピクリと反応する。

 歩みを始めようとしても身体が拒んで動いてくれない。それどころか分かれ道の左側が正しいかのように左へ誘導してくる。


 俺がどちらへ行きたいか身体と揉めあっていると、遠くにいたはずの人がスピードを上げて近づいてくる。


 向こうから近づいてくる人が美佳であると分かったのに身体が近づく事を良しとしない。会いたい人が近くに居るのに……。

 嫌でも分かるくらいに身体が震えを増してきた。


「ごめん。美佳」


 俺は身体に従い、分かれ道になっている場所まで少し戻り左側の道へ進む事にした。


 散々脚の力だけ歩いてきた俺にとって坂を腕も振らずに走るのは厳しかったようで地面に躓いてしまった。

 固定しているとは言え腕を地面にぶつけてしまうのはよろしくなかったらしい。

 ギプスに強い衝撃を与えてしまったので腕に響く。


「痛ったぁぁぁ……」


 こんな時間なのにも関わらず少し大きな声を出してしまった。


「もう……疲れた」


 こんな道端で蹲ったままで居るのは住民に迷惑極まりないと思ったし、美佳から逃げるなんて本末転倒だなとも思ったのだが身体的にも精神的にも限界だった。




 ◇◇◇


 私は自分が向かっている病院に大史がいる事だけを願って走り続けた。


「た、大史……?」


 重そうな足取りでこちらに近づいてくる人が薄っすら一人見えた。

 それが大史に見えたのは一種の幻覚かもしれない。

 会いたくて、謝りたくて、そばにいて欲しくて私の潜在的な意識が大史に魅せているのかも知れない。だからまだ大史だと確証はできなかった。


 万が一、あそこに見える人が大史だった場合、大史は私に恐怖心を抱いている可能性は高い。

 それでも会いたかった。自分勝手だと自覚してでも会って色々話がしたかった。


「ごめんね。大史」


 大史の事なんて考えずに私はスピードを上げて近づいてしまった。


 だから——


「大史……」


 距離が縮まるにつれて大史だという確証を得たものの病衣を着て上半身がほぼ使えない姿を目の当たりにして顔が青ざめるような、身体全体に寒気が一気に走るような思いをした。


 大史の方も向かいから近づいてきているのが私だと気づいたからなのか足早と進む道を変えた。

 でも、私はそのままのスピードで追いかけることはできなかった。

 ブレていた写真からは分からなかった痛々しさをリアルに感じてようやく本当の意味で自分は酷い事をしたと自覚したから。


 大史を追う資格なんて無いと分からされた。


「きっと、もっと酷い事をしてたんだよね……外見として現れてないだけで暴言とか暴力とかいっぱい……。大史。私、どうすればいいんだろう。ねぇ教えて、私の王子様——」



「……ったぁぁぁ」


 大史? 大史の声?

 夜中なんだし大史の可能性が高いよね。

 助けないと……。

 でも私が行ったら逆効果じゃ……。

 でもでも生きている大史との最後の会話が私の一方的な暴言なんて嫌だよぉ……。



「やっぱりごめん、大史。許して」


 私は愛してるって大史に伝えたい。だから拒まれても近づきます。

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