第4話 変わり果てた夫婦生活

〈前書き〉この話では痛々しい描写が入ります。

 タグにも追加しました。後出しみたいになってしまって申し訳ないです。

 苦手な方は読まない方がよろしいかと思います。

 尤も私は描写表現が得意では無いので痛々しく無いと感じる方も居られるかも知れませんが。

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「お前、ホントキモいな。そろそろ別れよっか。お前の金目当てで結婚したけどもう顔を見る度に吐き気を催してしまうからさ」


 俺は妻が旅行から帰って来た日、変わってしまった日から罵倒と暴力を散々ぶつけられた。

 まるでこの関係が今までと同じで、当たり前だと言わんばかりに俺は傷つけられ続けた。


 殴られる事には慣れる事が出来た。人間の肉体というものは丈夫に出来ているようで何度も同じ所を殴られると耐性が付くらしい。

 バレーボールのレシーブが良い例だろうか、同じ所でボールを受け止めれば慣れてくる。


「金、目当て……。俺の顔を見ただけで……」


 しかし、罵倒だったり、今までの美佳の行動の真実を語るかのように美佳の口からこうも話されると本気で昔から俺に対してそう思っていたのだと錯覚させられる。

 更には洗脳なんて無く、ただ離婚したいが為に俺を傷つけて、離婚をしたいと言わせようとしているように思えて来る事もあった。


「それだけは、それだけは辞めてください。美佳の側に居させてください。何でもしますから……」


 例え美佳が心の底から俺の事が嫌いだったとしても洗脳されている可能性があるのならば解きたかった。嫌いなんて思ってないと言われたかった。

 だから俺は愛して洗脳を解く為にそばに居続ける必要があった。


「美佳? 私なんて言ったっけ」


 怒りの含まれた冷たい眼差しを向けつつ、以前の約束を覚えてるよなと訴えてくる目がそこにはあった。


「美佳……様」


 満足したのか呆れたのか美佳は息を吐き、キッチンの方へ歩いていく。


 やがてキッチンから戻って来た美佳の手には包丁があった。それは良い料理には良い道具だよね、と同棲を始めた頃に買った思い出の一つだった。


「なんか、殴るのにも飽きたからさ、左肩あたりを自分で刺してみてよ。利き腕の方じゃ無いし、致命傷でも無いんだから出来るよね」


 この命令に従うのは愛じゃなく、奴隷だと思った。だから俺は断った。


「はぁ……。私の大史ならなぁ。私の王子様ならやってくれただろうなぁ」


 美佳は理想の男性像を浮かべ、彼なら私の為に……と一種の憧れに似た感情を天井に向けている。

 目の前で美佳は俺では無い俺を欲していた。

 俺は言いたかった。俺はここに居るよ、君の大好きな人はここに居る、と。


 だからだろうか、後になって気づいた。俺はバカをやったのだと。


「左腕を自分で折ります」


「は?」


 包丁を卓球ラケットの様に回しながら美佳は不満のこもった声を漏らした。

 肩を刺せと言ったんだ。腕を折るだけじゃ足りないのだろう。


 俺は腕を折るだけで許してなどと言えないほど圧で押された。


「あ、あの。片手だけで良いのでしたら指も折ります」


 その言葉に美佳は一瞬ニヤッと表情を変えた。俺はこれが最低限の損傷で済むと、正解だったのだと感じた。


「まずは、左手の指の骨を折ります」


 俺はピアノがある部屋へ移動した。

 部屋に向かうまでの間、俺は昔の事をまた思い出してしまった。


 自分たちの子が出来たら美佳がピアノを弾いて、俺と娘や俺と息子が歌を歌えたら良いなって話してたな……。


 俺はもうすぐ片手の骨が折れるからなのか、楽しかった日々を思い出してなのか分からないが涙をこれでもかと流してしまっていた。


 ピアノの前に座り、左手を鍵盤の上に、右手で鍵盤蓋を持つ。


「私は何も言わないから」


 俺は右手で鍵盤蓋を勢いよく下ろした。


「イギッ……い゛だいっ、がぁぁぁぁ。うゔぁぁぁぁ」


 美佳からの罵倒に比べたら骨を折るくらい……なんて思っていた俺がバカみたいだ。

 精神的苦痛から解放される為に身体的苦痛は走る人がいるならば俺も……と思ったが俺には身体的苦痛の方がマシだと思えるほど精神的苦痛が足りなかったらしい。

 美佳が浴びせて来る貶し言葉を洗脳によるモノだと信じているからまだ受け止める事が出来ているのだろうか。


 俺はその後、腕が千切れてしまうような痛みを感じるまで腕をひたすら壁や机にぶつけ続けた。


「ホントにやってるし。馬鹿みたいに」


 身体的苦痛を俺が耐えられると踏んだのか殴るのを控えて、今度は俺という存在の全てを否定してくるようになった。






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