16. パン屋の店員さんについて話をする話
「ようするにさ、首位を独走しきってこそのロマンなのよ。うしろからネチネチついてきてラストでかわすようなセコい
「えーと、リョウタの言うこともわかるけど、それって実力がないとかなり勝率のひくい戦法じゃないかなーって。うしろからの妨害もあるだろうし……あ、青とんできた」
「好きにやらせておけって。人間、痛いおもいをしないと身につかないらしいしな。そう、これは愛のムチ」
「やっぱりおまえだったかハジメぇぇ!! 毎回ゴールてまえで飛んでくんの、おまえこれわざとだろ!!」
などと。画面をみながら、わちゃわちゃとさわぐバカ共が三人。
入道雲からわかれた羊の一家が北の山ぎわにさしかかり、どこからか聞こえてくる風鈴の音がゲームのBGMの合間をぬって耳にとどく。
このあたりは海から離れた山間の地域であるためか、夏場はこうした晴れ間がつづくことがおおい。
なんとも清涼感のある景色。これで涼しければいうことなしだが、あいにく、あいかわらずの猛暑日だ。心なしか、山側から降り注ぐセミたちの声にもほんのりと
そんな暑さに負けず劣らず。
エアコンのきいた部屋にもかかわらず、真夏の暑さに匹敵するくらいの熱量が部屋のなかにも充満していた。
「わぁ……すごい、空中で爆発してそのまま谷底におちていったね──
──あ、お先で、1着」
「まあ気合いだけじゃどうにもならないことはある、っていういい例だよな──
──ほい、2着」
「おまえら、あの惨状を目の当たりにしてよく平然としてられるよな……」
リモコンを手からとりおとし、怒りとも呆れともつかない表情を浮かべる友人R。
眉間がぴくぴくしてる。わりと本気で悔しがってるらしい。
そんな顔をされるとさすがに罪悪感がわいてくる。すこしはフォローをいれておくべきだろうか。
そういうわけで、俺は仕方ないという素振りで口をひらいた。
「じゃあ5回ビリとったってことで。コンビニにアイス買いに行くのはリョウタで決定な」
「悪魔か? なぁハジメ、おまえ悪魔だったのか?」
「じゃあはい、これお金。僕はピノでおねがい」
「あ、さらっとね。流れでね、もう慈悲もなにもあったもんじゃないよってね。
……ほんと、おれはいい友達をもったもんだぜ」
なにかを悟ったような
『おまえら、あとでおぼえておけよ』とありきたりな捨て台詞をのこし、
あれやこれやいいつつ、すなおに負けを認めるところは彼の美点だとおもう。
うだるような炎天の下へ家主を追いやったのち、俺たちはゲームのリモコンをテーブルにのっけてほうと息をついた。
「……や、こうしてみるとなんか罪悪感あるね」
「罰ゲームだし、しゃあねえだろ。それとうるさいのがいなくなったおかげでやっとひと息つけるわ」
と、我ながらあんまりなセリフをこぼす。
コンビニに向かっただれかさんが聞けば
一方、それを聞いたとなりの男子は、
「うーん、それもそうか」
と、気にする様子もなしにくすりとわらった。
容赦のない一言に対してもいっさい動揺する素振りなし。1年中なにかと吊るんでいた者どうし、リョウタの扱いについては彼もよくわかっているらしい。
『とつぜんですが、みょうにち我が家にてゲーム大会を開催します』
という知らせをうけとり、リョウタの家にあつまったのは例のごとく三人だった。
まずは先週に大会がおわってヒマな俺。
いつもであれば早朝からグラウンドで汗を流している
それも1日、2日もあれば普段の強度にもどるのだが、
『いいんじゃない? 夏休みだし、1週間はフリーにしましょうか』
という顧問の先生(なお、昨年結婚したばかり)の一言によって
キャプテン
つぎに、遊びに誘った張本人のリョウタ。
卓球部と帰宅部を
『重たい荷物もったりするんだぜ。どうよ、筋肉ついてきただろ?』というのが今朝の第一声。部活しろよ。
そして三人目。
去年のクラスメイトにして仲良し三人組の片割れ……三分の一割れ? ともかく俺たちのなかでは一番大忙しだったはずの男、
「しかし、あんな緊急地震速報みたいな誘いでよく時間つけられたよな。吹奏楽ってうちで唯一全国ねらえるレベルの部活だろ。朝も昼も夜もなく、なんなら休日も祝日もなく練習に
「まあ、軍隊っていわれてるくらいだもんねえ」
はずかしそうにして笑うハル。この男は通常モードで糸目なのに、笑うとさらにぎゅっと細まるのが特徴だ。
ちゃんと見えてるんだろうかっておもう。たぶん見えてないんだろうなっておもってる。
「けどぜんぜん休みがないってわけじゃないからね。『休むときは休んで、集中するときにぐっと集中する』っていうのが
「なんかそれ早乙女もいってたな。まあ、あいつは常在戦場を
「野郎の友情だって貴重だよ。それにミクとはべつに時間確保してるから」
「……ん、ならいいけどさ」
けろっとした顔で返すハルに、おもわず呆れた目線をおくってしまう。
こういうところは抜け目ないというか、ひょろっとした見た目でありながらわりとくせ者だ。ダテにイケメンじゃない。
「それより、はじめの方こそ大会でいそがしいんじゃないの」
「いや、こっちはこの前の週末におわったよ。あとは秋にはいってからだな」
「ふーん、意外と早いんだね。うちは来週だから、解放されるのはとうぶん先かなぁ……ちなみに結果はどうだったの?」
「なんとも。個人的には60点、まわりからボーナスポイントもらって80点、って感じかな。ああいや、90点だっけ。試合の内容はわるくなかったけど───まあ、それ以外で、少し」
「あらら、また部長さんに厳しい言葉でももらっちゃったか」
「早乙女はずっと機嫌よかったよ。二日目は大会新記録だして優勝してたし。……まあアレだ。やっぱり一日中質問ぜめにあうのは辛いってことと、三年の先輩に泣かれるのは応えるってことですね」
「引退試合だもんねえ、しょうがないよ」
「……原因は俺らしい」
「……なにしたのさ」
今度は反対側からおくられる呆れた視線に、俺は口をつぐんだ。
くわしく話すことでもないだろう。聞いて楽しい話じゃないし、語るのも楽しくない話だし。
後ろ手で床をささえながら天井をながめてみる。ベージュの空をながめてから、なんとなく視線は部屋中をさまよう。
ごちゃっとした机、マンガの積まれた本棚、菓子のひろげられたテーブル、扉の横のコートかけにはリョウタの私服がかけられている……。
……いかん。どうも
色合いが似ているというだけで、思い浮かべてしまうくらいには。
「…………しにてえ」
「こわっ! ……え、なに。急にどうしたのさ」
つぶやく声にぎょっとした声がかさなった。冷静に考えればたしかにヤバめの発言だったことは否めないが、そこを考える余裕がないのが今の俺だったりする。
後にひかえてる身としては、とくに。このままでは、なにが口から飛び出るかわかったもんじゃない。
精神統一とか心頭滅却とかいろいろ試してはみたものの、いまのところ目に見える成果はない。時間もないわけだし、いいかげん一人で考えるのにも限界を感じてきたところだ。
幸い、この場に
──ひどく、自分勝手な話ではあるが。
「──なあハル、ちょっといいか?」
「うん? なに、相談? わあ……僕で力になれるかなあ」
「まだ何も言ってないんだけど。早乙女といい加藤といい、おまえらのそれなんなの?」
あはは、と笑ってごまかすハル。やる気をそがれつつも、ここまでくればもう言うしかない。そういう意味ではナイスアシストだったのかもしれないが、そこを素直に認めるにはあと十年、年を食う必要があるとおもう。
一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。
十分に心をしずめて……というよりは、もういっそ観念した気持ちで、俺はハルの両目をみた。
「……まあでもあってるよ。ひらたくいうと────
──恋愛相談、ってやつなんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます