8. パン屋の店員さんについて恋愛相談する話

好きになったかもしれない


「ようするにさ、首位を独走しきってこそのロマンってわけよ。うしろからネチネチついてきてラストでかわすようなセコい真似したって、それは本物のレーサーとは言えんだろってことぉッ……!」

「んー、まあ言いたいこともわかるけど、それって実力に差がないとかなり勝率が低いんじゃないかなーって。うしろからの妨害もあるだろうし……あ、青がとんだ」

「好きにやらせておけって。人間、痛みが伴わないと身につかないらしいしな。そう、つまりこれは愛のムチ」

「やっぱりおまえだったかハジメぇぇ!! 毎回ゴール手前でとんでくんの、おまえこれわざとだろ!!」


 などと。テレビ画面をみながら、わちゃわちゃとさわぐ野郎共が三人。



 夏日なつび、きょうも今日とて外は快晴。窓の向こうにはスカイブルーの空がひろがっている。

 入道雲からはなれた羊の群れが山ぎわにさしかかり、どこからかひびく風鈴の音がゲームのBGMの合間をぬって耳にとどいてくる。


 このあたりは海から離れた山間やまあいの地域であるためか、夏場はこうした晴れ間がつづくことがおおい。

 典型的な日本の夏景色、なんとも風情のあることだ。俺がしょうならおもわず一句よんでるところ。清涼とした青空と山景のコントラストにはどこか心が洗われたような気持ちになる。

 これで気温まで涼しければいうことなしだが、あいにく、あいかわらずの猛暑日だ。心なしか、しゃあしゃあと降りそそぐセミたちの声にもほんのりとだるさが乗っているように感じられる。


 そんな暑さに負けず劣らず。エアコンのきいた部屋にもかかわらず、真夏の暑さに匹敵するくらいの熱量が部屋のなかにも充満していた。


「わぁ……すごい、空中で爆発してそのまま谷底におちていったね──あ、お先で、1着」

「まあ気合いだけじゃどうにもならないことはある、っていういい例だよな──ほい、2着」

「おまえら、あの惨状を目の当たりにしてよく平然としていられるよな……」


 リモコンを手からとりおとし床につっぷす友人R。こちらに顔を向け、眉間をぴくぴくさせている。あれは本気で悔しがっているサインだ。

 ここはフォローのひとつでもいれておくか、と口をひらいた。


「よし、じゃあ5回ビリとったんで、コンビニにアイス買いに行くのはリョウタで決定な」

「悪魔か? なぁハジメ、おまえ悪魔だったのか?」

「じゃあはい、これお金。僕はピノでおねがい」

「あ、ハルもね。さらっとね、流れでね。もう慈悲もなにもあったもんじゃないよってね。……ほんと、おれはいい友達をもったもんだぜ」


 悟ったような表情かおで天をあおぐ男子。

『おまえら、あとでおぼえておけよ』とありきたりな捨て台詞をのこし、敦賀つるが亮太りょうたは立ち上がってすごすご部屋をでていった。

 あれやこれやいいつつ、負けたら素直にみとめるところは彼の美点だとおもう。


 うだるような炎天のもとへ家主を追いやったのち、残された俺ともう一人はコントローラーをテーブルにのっけて脱力した。


「……や、こうしてみるとなんか罪悪感あるね」

「そういうの気にするタイプでもなし。かえって気分転換になるんじゃねえの?」

「うーん……それもそうかも」


 数秒、宙を見つめて考えていたが、けっきょく俺とおなじだったらしい。

 もう一人の友人、九条くじょう波留はるはくすりと笑みをこぼした。



『とつぜんですが、みょうごにち、我が家にてゲーム大会を開催します』


 という知らせを受け取ったのは、ちょうど大会が終わった日の夜のことだった。

なんでもリョウタ一人をのこして父・母・妹が家族旅行に出かけてしまったらしく、彼の家はいま無法地帯の楽園と化しているとのこと。

『どんまい』『ご愁傷さま』という気遣いのコメントに対し、『なににたいしてだよっ』と返ってきたのは斜めうえのツッコミ。置いていかれたことについて本人はいたって気にしていないらしい。『バイトあるからしゃーねえだろ』というのが彼の弁である。


 にしたって数日間、家に一人きりというのもあまり健康的ではない話だ。

 大会終わりで練習が休みの俺にくわえて、去年のクラスメイトにして仲良し三人組の片割れ……三分の一割れ? ともかく俺たちのなかで一番大忙しなはずのハルが急遽きゅうきょ、参戦したというわけである。


「しかし、あんな緊急地震速報みたいな誘いによく都合つけられたよな。吹奏楽って団体じゃ北高うちで唯一全国ねらえるレベルの部活だろ。てっきり朝も夜も、休日も祝日もなく練習に邁進まいしんしているものとばかり」

「おもってた? うん、まあ軍隊っていわれてるくらいだもんねえ」


 はずかしそうに笑うハル。この男は通常モードで糸目がちなのに、笑うとさらにぎゅっと細まるのが特徴だ。ちゃんと前が見えてるんだろうかっておもう。たぶん見えてないんだろうなっておもう。


「けどぜんぜん休みがないってわけじゃないからね。『休むときは休んで、集中するときにぐっと集中する』っていうのが顧問の先生の方針だし。メリハリが大事らしいよ」

「なんかそれ早乙女さおとめもいってたな。本人が常在戦場をでやるタイプだから説得力なかったけど。──でも、貴重な休息にはかわりないだろ? こんな野郎のバカさわぎなんかほっといて、彼女さんとの時間にてたほうがよかったのではなくて?」

「バカさわぎの時間だって貴重だよ。それに心配ご無用、ミクとはべつに時間確保してるから」

「……ん、ならいいですとも」


 文句なし、と両手をあげると苦笑いされた。のんびりしているように見えて、こういうところは抜け目がない男だ。ダテに彼女持ちじゃないということか。(偏見)


「それを言ったら、はじめの方こそ大会でいそがしいんじゃないの」

「いや、こっちはこの前のでおしまい。あとは秋にはいってからだな」

「ふーん、意外と早いんだね。うちは再来週だから、解放されるのはとうぶん先かなぁ……ちなみに結果はどうだったの?」

「なんとも。個人的には60点、まわりの反応でボーナスもらって80点、って感じかな……ああいや、90点だっけ」


 まあ、だれかさんのアレは公平な採点とは言えないが。


「レースの内容なかみはまあ悪くない方だったんだけど……や、よそう。大会のことは、いまちょっと思いだしたくない」

「あらら、また部長さんに厳しい言葉でももらっちゃったか」

「早乙女? あいつはずっと機嫌よかったよ。二日目は大会新記録だして優勝してたし。……まあ、あれだ。やっぱり一日中質問ぜめにあうのは辛いってことと、三年の先輩に泣かれるのはけっこうこたえるってことですね」

「三年生にとっては引退試合だもんねえ、しょうがないよ」

「……原因は俺にあるそうで」

「……なにしたのさ」


 そんなの、こっちが知りたい。引退試合の直後に涙目になってせまられたなんて、字面にすれば多少ロマンチックかもしれないが、現実は恐怖きょうふ焦燥しょうそう困惑こんわくである。しかもすすり泣く感じだったし。

 それでいて結果はきちんと入賞して帰ってきていたので、もうワットキャナイドゥー。ひかえめに言って、二度と味わいたくない体験だった。


「イレギュラーっていえば、あいつも……」

「あいつ?」

「……ごめん。やっぱ忘れてくれ」

「すごい、今日のはじめはバグまみれみたいだ。よっぽど大変だったんだろうね」


 思いだしたのは大会一日目の彼女のこと。帰りしな、俺にくりだした攻撃、というかソフトタッチの件をいまだにどう受け取ればいいのかわからず、保留している。

 ……いや、本当は考えるまでもないのだろうが。認めることも、忘れることもできないまま、置き場所がなくて困っている感じだ。


 煮え切らない態度をとる俺を、ハルは笑って流してくれた。度量の違いをみせつけられている。ちょっと悔しい。


「女心って、むずかしいよな」

「りょうたが聞けば憤慨しそうなセリフだね。『ぜいたくな悩みだー』って」


 言われてみれば、そうかもしれない。あまり考えずに口に出したセリフだが、女子との関係について悩んでいないと出ない単語ではある。


 ここにいたのがあのモンスターでなくてよかった、なんて気持ちでぼーっと窓のそとを眺める。いつかの時だって、だれかさんとの事を相談するどころか命をうばわれる危険に───とそこまで考えて、ふと、天啓てんけいが舞い降りた。

 ……どうして思い至らなかったのだろう。いま、目の前に絶好の機会が御座おわしているということに。


 ゆっくりと振りかえる。視線の先には、コップに口をつけながらハテナをうかべる男が一人。


「───かのじょもちだ」

「え、なに? 急に」


 彼女持ち。女心についてのエキスパート。

 豊富な知識をもち、嫉妬や邪念はなく、けっして冷たい対応をせず、いつも彼女のことを見守っている。(偏見2)

 なにより俺やリョウタが信頼する友人であり、リョウタと違って気遣いができる、冷静沈着な優男やさおとこ。おまけに吹奏楽部だ。(偏見3)


 だれかさんとの関係について話すなら今かもしれない。

 話したことがそのまま答えにならなくても……ずっと心にけぶっていたもやをはらうきっかけには、なるかもしれないから。


「───なあハル、ちょっといいか?」

「なに、恋愛相談? わあ……力になれるかなあ」

「まだ何も言ってないんだけど。早乙女といい、おまえらのそれなんなの?」


 テレパスか。それとも俺がわかりやすいんだろうか。いろんな人に心中を当てられすぎてそろそろ人間不信に入りそう。あとで“ポーカーフェイス”で検索しよう。


「……まあでも、合ってるよ」


 やる気をそがれつつも、ここまでくればもう言うしかない。

 そういう意味ではナイスアシストだったのかもしれない。が、それを素直に認めるには、あと十年は年を食う必要があるとおもう。くったとて、ハルに敵うとはかぎらないが。


 腹をくくるように呼吸をひとつ。

 いつのまにか姿勢を正したハルに向き直り、まっすぐ目をみてこう切り出した。


「俺を好きって言ってくれる子のことを、好きになったかもしれなくて」


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