5. パン屋の店員さんとデートする話


 休日のショッピングモールの込み具合というのは、異様である。

 

 一階の食料品売り場、二階のフードコート・カフェテリア。三階と四階の服飾エリアに五階の文房具・本屋スペースに至るまで、どこもかしこも人だらけ。休日を満喫しようと大勢がなだれこんでいる。

 それはお昼を過ぎたこの時間帯にしても同じことのようだ。


 よくまあこれだけの人間が集まるものだと思う。

 お世辞にも都会とはいえないこの町で……いや、いえない町だからこそだろうか。

 娯楽の少なさが人々をこの場所に呼び寄せているのだろう。俺もその一人ということを加味すると、少しだけ苦い気持ちになるけども。



 その建物の最上階。

 映画館に特有の暗い照明のなか、エスカレーターのそばで待つこと数分。

 ほのかに甘い香りをただよわせながら、彼女は現れた。


「先輩、ボンボヤージュ」

「会って早々、船旅に送りだすな。あと語感的に“ボンソワール”と言いたかったんだろうが、そっちも“こんばんは”だから間違いだ」

「わかってくれる先輩が好きです」


 長船おさふねカナは上機嫌に微笑んで、両腕を後ろに回した。


 ゆったりとした白い半袖ブラウスに、淡い緑のロングスカート。つやのある黒髪はまとめて左に流している。肩にかけたバッグはシンプルで装飾も少ないベージュのやつだ。

 派手さはないが、おしゃれである。清純さのなかに多少の余裕ゆとりをもたせた、といった感じのファッションというか。ただ学校一の美少女というやつにしては、すこし控えめな印象でもある。


 ……似合っていないとは言わないが。


「──ほう」

「……ん、なに」

「いえ、先輩もこういう場だとおしゃれするんだなぁと思いまして。パン屋うちに来てくれるときはいつもジャージ姿でしたし、部活から直行で来ることも想定していたので」

「そりゃいちおうな。同行者に恥かかせるわけにもいかんし」

「愛の力ってやつですね」

「最低限の礼儀マナーってやつだよ」


 のっけからトばし気味ぎみな長船。

 幸先の悪いスタートに俺の胃袋は若干痛めである。


「なにはともあれ。今日はどうもありがとうございます。部活終わりで疲れているでしょうに、私のために時間を作っていただいて」

「いただいた、というよりの方が正しい気もするが──」

「疲労を押して会いに来てくれるなんて、ぞっこんじゃないですか先輩」

「ああうんやっぱそっちが素か」


 ほほに手をあて恥じらう彼女に、昨日のパン屋での一件が思い出される。

 肝心なところは無視する傾向というか、とりあえず突っ込んでいくタイプというか。

 要はイノシシなのだ、こいつは。


 まあどこか無理をしている、というか、不自然な感じもある。

 自由じゆう奔放ほんぽうに振舞っていたかと思えば、どこか緊張していたり。

 学校でうわさされている聖女のような素振りの彼女と、パン屋でデートがきまったあとに見せた表情。

 本当に好かれているかも確証が持てていないし、あそこまで強引に迫られる理由も判然とせず──。要するに、俺の中ではまだ納得がいっていない。


 と、いうわけで。

 “半日こいつに付き合ってその本心を探ってみよう”というのが今日の俺の目的である。

 他人の胸の内を暴くなど──それも後輩の女子に対してなんて、すこし乱暴かもしれないという気もするが……。


「あ、でも告白はデートの最後でおねがいします。そっちの方がロマンティックなので」

「……」


 うん。まあいいや。

 たぶんこいつなら大丈夫だろう。見た目と違ってずいぶんしたたかな性格のようだし。


「なぜか俺が好意を持つ側にされているのはこの際スルーするとして……で、映画って何時からだっけ」

「15時からです。いまが14時ちょっと前ですから、開場までまだ1時間ほどありますね。せっかくですし、下でショッピングしませんか?」


 長船はくすりと笑い、流れるような仕草で俺の右袖をつまんだ。くりりとした両目をうれしそうに輝かせ、待ちきれないといった様子で袖を引いてくる。

 中身のインパクトで忘れがちだが、外見だけでいうとこいつもじゅうぶん美少女なのだ。邪気のない可憐な仕草に、心うばわれる男子たちの気持ちがわかる気がした。


 ともあれ。階下に向かうエスカレーターへとくいくい引っ張っていく彼女の前に、拒否権は用意されてないらしい。

 少女の可憐さと強引さが織りなす不調和アンバランスに、内臓──おもに心臓と胃のあたり──をかるく揺さぶられつつ、俺は息を吸ってちょっと覚悟を入れなおすのだった。


「……はいはい。お姫様のおおせのままに」

「うむ。くるしゅうです」

「苦しいのかよ」

「ところで先輩、私のファッションについてなにか言うべきことはありませんか?」

「ノーコメントでお願いします」

「言葉も出ないほど似合っている、ですね。やったぜ」

「無敵かこいつ……」

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