10話 ベリア王子

王都まで村から馬車で丸二日ほど。まだ近い距離といえる。途中小さな村を何個か経由する。

危険なのは、今から入るヤミの森なのだとか。魔物が多く巣くい交通の妨げとなっている。でも、高位の魔物はおらず、魔物除けの結界を張れば寄っては来ないとのことだ。

クラモは、魔物除け結界を張り、馬車の中に戻ってきた。

「ねぇ、他の魔法も見せてよ。私も魔法を扱うんだけど、魔力量が少なくてね、ちょっと使ったらすぐに魔力がカラになるのよ」

「あなたに見せる魔法はありません。魔法を扱うということは、とても危険なことなのです」

「ええ、わかってるわ。でも、あなた位の魔力量だったら、暴走の心配はないよね?それともコントロールが出来ないの?」

「魔力がほとんどないあなたに言われたくありません!」

ムッとした顔でそっぽを向いてしまう。

現在の魔法が一体どの程度か知りたくて聞いただけなのに、何か気に障ることを言ってしまったか。

僕の好奇心は収まらない。


「トリアさん、まだ話の途中ですよ」

冷めた声が車内に響く。

道中、メイド長カタリカからベリア王子についてのレクチャーを受けている途中だった。

話が強引にベリア王子に戻される。


第5王子のベリアは、平民の妾の子だ。

その母、ロクセーラはとても美しく、そして明るい性格で、王は本当に愛していたのだという。その結果として、ベリアが生まれた。王はますますロクセーラを側に置くようになったけど、それを快く思わない正妻と第2夫人が、日々、ロクセーラに拷問まがいの嫌がらせをするようになったのだとか。

そのことでロクセーラは心を壊し、自ら死を選んでしまった。

その後のベリアは、政治利用を企む貴族やら、そうはさせまいと動く勢力やらで、何度か命を狙われてきた。

今は第2王子のマルスが後見となり、事態は落ち着いてはいるけど予断は許さない。

王都の隅の屋敷へと追いやられた王子は、他人に心を開かなくなったのだとか。


そんな王子は、純血の貴族ではないのに魔力量が多く、パラディンの恩恵を得ている。その才能を伸ばすために、上位魔法使いのクラモが、メイド兼魔法の家庭教師として雇われている。

そんなクラモは、王立第三学園の首席卒業者だとか。

カタリカが自分の部下を自慢気に語り、そのあとに付け加える。

「一つ、ベリア様に仕えるにあたり、伝えておかなければならないことがあります」

饒舌だったカタリカが神妙な面持ちになる。

それよりも僕は、王立第三学園というキーワードにとても興味を惹かれている。

ますますクラモの魔法が見てみたい。

その気持ちを遮るようにカタリカが話し始める。


「ベリア様は母君の死から心を病んでおられます。些細なことでも、とても感情的になってしまって、手に負えなくなります。しかも強い魔力を持っている・・・私の言いたいことは、分かりますね?」

同意を求める顔でこちらを睨み付ける。

わがままで暴力的ということか、トリアのことだ。

いや、違う。トリアは弱者をいたぶったりはしない。

理不尽と思える態度や仕打ちに対して、暴力を振るっていた。一応、筋は通っていた・・・と思う。

ぼんやりと考え込んでいる僕に、叱るような口調で諭す。

「わかりましたね!王子を怒らすと、あなたの命が危ないということですよ!私はもう、自分の部下が傷ついて辞めていく姿を見たくないのです!」

凛とした言葉を響かせる。

カタリカは何人も、傷ついては辞めていくメイドを見てきたのだろう。

そうならないためにも、事前に王子の情報を伝えてくれている。

そのための態度、そのための言葉づかいなのだろう。

「わかったわ。王子様を怒らせないように気を付けるわね」

助言を有難く受け取り、ニコやかに返事をする。

「ハァ・・・全く・・」

なぜか溜息が返ってくる。元気よく返事をしたというのに。


それよりも僕の好奇心は、我慢の限界をむかえていた。

「クラモは凄い魔法使いなのね!私も学校に通いたかったけど、魔力が少ないから無理だって言われたのよ」

勢いに任せて話し掛ける。

「まあ・・ね。王都で六つある学園の中で第3順位の学園で、しかも首席ですからね」

眼鏡をクイッと指で持ち上げ、どこか自慢げな表情だ。自分の学歴に誇りを持っているのだろう。

「でも、3番目の学校なのよね。王都で1番目じゃないのよね」

「第一学園に通うのは王族や上級貴族だけです。平民の中では第三学園を卒業することが最高峰なのです」

1番ではなく3番目を自慢する気持ちはわからないけど、ここで機嫌を損ねると魔法を見せてもらえなくなる。この退屈な時間が流れる密室で、僕は窒息してしまいそうになる。

「それで、クラモはどんな魔法が使えるの?」

話の流れでもう一度交渉してみる。

「わかったわ・・それじゃぁ、少しだけ見せてあげましょう」

根負けしたという様子で、両の手の平を軽く上に向け、短く呪文を詠唱する。

短縮詠唱だ。そこそこ高度な技術だ。

「イアス=クリオ(岩石・氷結)」

するとムクムクと右手には石塊が、左手には氷塊がこぶし大に形成される。同時に二属性を操っている・・・だけだ。


「人族はだいたい二属性の魔法を操ることが出来ます。恩恵によって異なるけれど、多くても三属性くらいです。それは属性同士が干渉し反発するからです」

えっ、そうなの?心の中で疑問符を打つ。

究極魔法戦士ガナンは全属性を操っていた。

彼女が嘘を言っているようには見えないし、属性の干渉こそが力を生む。

そしてドヤ顔で言い放つ。

「私は同時に二属性を操れます、しかも、四つの属性を扱えるのです」

さも、尊敬してもいいですよ的なオーラを放っている。

二属性以上の魔力を反応させる複合魔法は一般的だ。特段、自慢するようなことではない。

「ふ~ん、それであとはどんな属性?」

「もういいです、あなたにはこの凄さがわからないようですから」

そっけない僕の態度に気分を害したのか、話が打ち切られてた。もう、魔法を見せてもらうのは絶望的となってしまった。


クラモの魔法を見てしばし考える。

今の時代の魔法は1000年前に比べて劣っているのだろうか。

いや、まだわからない。今の世にも賢者は存在する。それ以上の強者も存在しているだろうし、新たな魔法も開発されているだろう。

その時の対応を見誤ってはいけない、命取りになる。


そんなタイミングで急に馬車が止まる。

外は日が沈みかかった頃、森には暗がりが多く、何か不吉な予感がする。

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