9話 出立・王都へ

ミリダは家で一番大きなカバンに、自分でしつらえた、ありったけの服を詰め込む。

「そんなに沢山いらないって、服は支給されるんだからさぁ」

「それはメイド服でしょ。パーティや社交場に出て行くときに見栄えのする服がないと困るじゃない」

「だから、そういう場に行くとしてもメイド服だって・・・」

「わからないわよ、なんといっても王都なんだから、どこで幸運が転がり込んでくるかわからないじゃない。用意に越したことはないわ」

「幸運って・・・私は結婚相手を見つけに行くんじゃないのよ。わかってる?」

「はいはい、わかってます」

人の話を上の空だ。聞いちゃいない。

ミリダは額の汗を拭い、椅子に座り休憩する。


「私はね、女の子が生まれたときとても喜んだのよ。父さんは男がいいって言って残念がったけど、私は裁縫ができるじゃない、だからかわいい服を沢山着せれると思ったのよ。なのに、あんたは全然着てくれないじゃない」

「そうだったかしら?」

「そうよ、今になって、やっと着てくれるんだから、先のことなんて分からないものね」

そういえば、今日の服装もミリダの手縫いだ。

「でも、生地にだってお金がかかるのに、無駄遣いはダメよ」

「生地は昔の物を大切にとっておいたのよ。それに、無駄にするかどうかは、あんたにかかっているのよ、わかってるわよね!」

ミリダがプレッシャーを掛けてくる。

でも、母の愛情は感じ取れる。生まれ変わり、短い付き合いの肉親だけど、母とはこういうものなのかと思わせてくれる。迷惑だけど迷惑じゃない、今まで感じたことのない感情で、嬉しいとはちょっと違う。言葉ではうまく言い表せない。


収穫祭が終わってからしばらくして、ベリア王子のメイド長から手紙が届いた。そこには準備のことやら色々と書いてあって、最後に馬車で迎えに行くと書いてあった。一人で来いと言われたら、ガラゴアについて来てもらおうかと思ったけど、迷惑を掛けずに済んでよかった。


ミリダと出立準備のやり取りをしていると、玄関の鈴が鳴る。

時間にはまだ早いけど、もう迎えに来たのだろうか。

「ちょっと待って、すぐ行く!」

慌ててドアを開けると、そこにはガラゴアが立っていた。後ろには大勢の村人もいる。


「とうとう行っちまうのか、寂しくなるな」

いつもの明るい表情はなく、どこか沈んでいる。

「一生会えなくなるわけでもないのに、大げさね」

「そうだな、これが一生の別れじゃねぇ」

少し表情が和らぐ。

「それよりも、私は期待と不安で胸がいっぱいよ、メイドなんか務まるかな?」

「まあ、大丈夫だろう。お前はガサツで短気だが肝は据わっている、どんな壁もぶち壊すだろう」

「それは褒めているの、それともけなしているの?」

「俺なりに褒めているつもりなんだが、言葉っちゅうもんは難しいな」

バツが悪そうに頭を掻く。

ガラゴアとの他愛のない会話は、なんだか落ち着く。


もう別れの時間だけど、王都へ行くにあたり心残りが一つある。

なぜかミリダよりもガラゴアに、本当の事を伝えたいと思った。

トリアは既に亡くなっていて、今は別人だということを伝えなければと思っていた。

本当は、伝えない方がいいのかもしれない、言われた方も困ると思うけど、モヤモヤした気持ちのまま行きたくはなかった。このモヤモヤが何なのか、自分でもよくわからない。


僕はガラゴアにくっつきそうなくらい近づき、少し息を吸い込み話し掛ける。

「実はね、ガラゴア。大切な話をしていい?」

「おう、何だよいきなり。やっぱり行きたくなくなったか?」

「そんなんじゃないわ」

「じゃあなんだよ、俺で良ければ聞いてやるぞ」

ガラゴアは優しい目をしている。本当の事を伝えて、嫌われたらどうしようと不安になる。まるで、愛を告白するみたいだ。

「実はね・・・、今の私は本当の私じゃないの。トリアはね、雷に打たれて死んでしまって、その体に別の魂が宿ってしまって・・・それが今の私なの」

ガラゴアの知るトリアは既に死んでしまっている、それを伝えたかった。

僕は恐る恐るガラゴアの様子をうかがう。

「お、おう・・何か難しい話はわからんが、今のトリアが俺の知っているトリアだ。そこは変わんねぇ」

ガラゴアの態度に変化はない。

「それは見た目が一緒だからそう思うだけよ」

「人族ってのは見た目で判断する生き物なんだよ。そんなもんさ、気にすることはねぇ。同じ顔で同じことを言って同じ剛腕を振るう、もうそれはトリアだ。トリアがトリアじゃないと言っても、俺の知っているトリアだ。何も変わんねぇ」

「私は、変わってないの?」

「ああ、そうさ!自信を持て!お前のことをよ~く知っとる俺が言うんだ、間違いねぇ。大丈夫だ、お前はお転婆のトリアだ!」

そう言うとガラゴアは、僕の不安を吹き飛ばすように”ガハハハ”と豪快に笑う。

それを聞いて僕の心は軽くなる。不慮の事故だけど、僕はトリアの人生を奪ってしまった。そんな僕を許してくれる。今の僕を認めてくれる。

ひょっとして、このモヤモヤした気持ちというのは、誰かに許してもらいたかったのかもしれない。


僕に安心を与えてくれる、働き者でよく日に焼けているこの青年のことを考えると、胸が温かくなる。もう少し、一緒にいたいと思ってしまう。

「ありがとう。ガラゴアには助けられてばっかりね」

「何を言ってんだ、そりゃお互い様だ。お前さんの行動には確かに野蛮なところはある、しかしだ、間違ったことをしたことがねぇ。不器用で、曲がったことが嫌いで、理不尽に立ち向かう勇気を持った、そんなヤツだ。胸がスカッとした村人も多いはずだ。今回の一件だって大したもんだ」

「私はただ我慢が足りなかっただけよ、そんな大層なもんじゃないわ」

「我慢が足らん程度の者が、王子に仕えることなんかできるかよ。お前はスゲぇ奴だ」

こんなわがままを言っているだけの僕を、凄い人物だと言ってくれる。

いや、過去のトリアの行動についても肯定をしてくれている。

これからも、トリアが行ってきた、理不尽にくみしない態度を貫こうと固く誓う。



遠くからの車輪と蹄鉄の音が聞こえてくる。

その馬車は以前に見た物とは違い、装飾はなく簡素な造りだ。

家の前で停まり、メイド服を着た二人が降りてくる。

一人は眼鏡の若いメイド、体格は小柄で髪は後ろに三つ編みで編み込んである。

手には大きな魔法の杖を持っている。

もう一人は、髪を後ろで束ねた年配のメイドで、遠目からでも高貴な者に仕えていることがわかる立ち居振る舞いをしている。長年メイドを務める中で身に付いた仕草で”これぞメイド”といった感じだ。


年配のメイドが口を開く。

「私は第5王子ベリア邸に仕えるメイド長、カタリカと申します。こちらは、クラモ」

後ろに控える眼鏡のメイドが軽くお辞儀する。

「あなたがトリアさん?」

「ええ、これから宜しく頼むわ」

「返事は”はい”、あと、ちゃんと敬語で話しなさい」

いきなりなんだ、メイドに来てくれというから行くのに、この上からの態度。

いや、僕の方が常識がないのか。しかし、面倒なことだ。

「ガハハハハ・・・・そりゃ無理ってもんだぜカタリカさん。トリアが敬語で、しかも返事が”はい”だと。拳が飛んでこんだけましと思わにゃいかんというのに」

ガラゴアの豪快な笑いが続く。

「オホンッ、まあいいでしょう、話は賢者ボロン様から聞いております。あなたの教育は追々ということで」

あの老人の名はボロンか・・バロン爺さんの玄孫弟子くらいだったけ、話を通してくれているのなら助かる。追々の教育というのが気になるけど・・・。


馬車に乗り込む前にみんなの前で挨拶をする。

「村のみんな、今まで沢山殴ってきてごめんなさい。今までの私を悔い改めることはできないけど、これからの私が怒りに任せて殴らないと保障はできないけど、精一杯やってくるわ、元気でね!」


僕が手を振ると、集まった村人の中から、若い村娘の二人が僕に駆け寄ってくる。

「あの、トリア姉様。これは私達からです、どうぞ!」

村娘は息を弾ませて、僕に綺麗な花で編み込まれた冠を渡す。それよりも、姉様ってどういうこと?

「ありがとう、とても綺麗ね。私にくれるの?」

「はい、収穫祭の時、大きな花の髪飾りがとても似合っていたものだから、是非にと思ったの」

村娘二人は顔を赤らめて僕を見つめる。僕は早速、花の冠を頭にのせる。

「どう?似合ってるかしら?」

腰に手を当て、二人に向かってぎこちない笑顔を送る。

「きゃ~、すっごく尊いわ!」

「トリア姉様、手を握って下さい!」

僕は二人の手を優しく握ってあげる。黄色い歓声を放ち喜んでくれた。

よく見たら、収穫祭の日に遠目で僕を見て笑っていた二人だ。あれは、馬鹿にしていたんじゃなくて、似合っていることを褒めて笑っていたんだ。

本当に僕はダメなヤツだ。褒めてもらっていたのに、勝手に勘違いしてひねくれる。

たぶんだけど、トリアにもそういう事が沢山あったと思う。

でも、それを含めてトリアだ。僕はそんなトリアが嫌いになれない。これから僕は、色々な経験を積むに違いない。その中で少しでいい、いや、なんとなくでいいから、人のことやトリア自身のことをわかってあげられたらと思う。

結局、無理かもしれないけど・・・一応、逃げ道は用意しておこう、僕はそんな矮小な人族だ。


僕はもう一度みんなに向かって手を振る。

村人から温かい歓声が聞こえる。よく耳を澄ますとヤジも聞こえてくる。いや、ヤジの方が多い気がする。

でも、決して僕が村からいなくなるのを喜んでいるのではないとわかる。

王都で働く、ましてや王子に仕えるというのは、村にとってはとても名誉なことなのだろう。


僕は荷物を抱え、大股でずけずけと馬車に乗り込み、後ろ窓から皆の様子を見る。

ガラゴアは空を見上げてよそ見をしている。母はこちらを向き、早く行けと言わんばかりに笑顔で両手を振っている。

もう、別れを悲しまれるような年齢ではないということか。

いい年のおばさんに、やっと良い就職口が見つかったというところなのだろう。

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