11話 魔法封じの奇声・強襲
「魔物が近寄ってきた!結界を張っとるっちゅうのに!」
外から老年の馭者(ぎょしゃ)の怯えた声が響く。
「ちょっと見てきます、お二人は危険ですので中にいて下さい」
そう言うとクラモは右手に杖を持ち、そろりとドアを開け外を窺う。
魔物に刺激を与えないよう、地面にゆっくりと降り立った。
僕も窓から外を窺う。
この体は夜目が効く。木々の暗がりに隠れた魔物も見据えられる。
ウッディキュールが10匹ほど確認できた。林道脇に2体、森の中にさらに8体。
大きさは2mほど、見た目は首が長く面長な四足歩行の獣だけど、植物系の魔物だ。どこの森にでも生息する。動きは鈍く、主に体から放たれる蔦を鞭にして獲物を捕獲し捕食する。Eランクの魔物だ。
初級の冒険者なら少しは手こずるけど、命を脅かすような魔物ではない。
「クラモさんは大丈夫かしら?」
カタリカが不安そうな表情で、目を凝らして外を見る。
「大丈夫よ、ウッディキュールが10匹ほどだから、問題ないわ」
「あなた、あの闇の中が見えるの?」
「ええ、何かあったら私が援護するわ」
クラモも闇に眼が慣れてきたのか、魔物を捉える。
その魔物の数と位置を確認し、短く魔法を詠唱する。
「氷塊広床(クリオトーナス)!」
するとウッディキュールがいる地表に分厚い氷が覆う。
その氷床が魔物の足を捕え完全に動きを封じる。広範囲魔法だ。
そして次に土属性の魔法を詠唱し、魔力の集中を行い岩石の硬度を上げる。
「岩鉱弾(イアスバレット)!」
こぶし大の硬く尖った石の塊が20個ほど生成され、勢いよく魔物に放たれた。
そのどれもが魔物に的確に命中し、容易くその体を打ち砕いていった。
僕も外にそっと出る。
「凄いわクラモ。とても練度の高いコントロールされた魔法だわ。簡単に出来ることじゃないわ」
あそこまで命中精度を上げるには、相当の鍛錬が必要だ。
「まあ、これくらいの魔物は問題ありません。それよりも外は危ないですから、ちゃんと中で待っていてください」
少し興奮気味に指示を出す。まだ緊張した面持ちだ。先輩メイドが新人メイドの安全に気を配ってくれる。
クラモはとても責任感が強くて優しい人だ。僕は過去に読んだ学園譚を思い出し、これからは敬意をこめてクラモのことをこう呼ぼうと思う。
「わかったわ、私のことを心配してくれているのよね、クラモ先輩!」
「・・・先輩?何ですかその呼び方は。止めて下さい。会ったばかりで申し訳ないのですが、なんだかゾクゾクします」
”ゾクゾク”ってどういう意味?嬉しい気持ちを表現しているのだろうか・・・いや違う、眉毛がハの字になっている。きっと、不快な気持ちを表現しているのだろう。
僕はクラモ先輩をあっさりと封印する。
そんなやり取りをしていると、僕も背筋がゾクゾクするのを感じる。決して先輩発言のせいではない。森の奥から、強い魔物の威圧を感じる。急に空気が張り詰める。
僕は眼を凝らして闇を見つめる。
まだよく見えないけど、たぶんこの魔物のせいで、ウッディキュールが結界の張っている馬車に近づいてきたのだろう。森に居られず逃げ出してきたのだ。
その魔物がゆっくりと木々の間から覗き込み、その姿にクラモも気付く。
「えっ・・・なんでこんな浅森に・・・」
賢明なクラモの思考が一瞬停止する。
「トリアさん!馬車に乗ってカタリカさんと一緒に逃げて下さい!」
その顔からは血の気が引いていて、必死に言葉を振り絞る。
そこにはB級の魔物”鋼鱗獣(ティティアドン)”がいた。
見た目は平たい顔のトカゲといった感じだ。
全長は5mほどで、決して大きい部類の魔物ではないけど、その体は大きくて尖った岩のような鱗で覆われていて、斬撃が通りにくく、その奇声には魔力を乱し魔法を封じる効果がある。動きは意外と素早い。こう見えて、ドラゴン系に分類される魔物だ。
普段は深い森の奥に棲みつき滅多に見ることはない。縄張り意識の強い魔物で、そのテリトリーに入ると攻撃的になる。
通常、A級の冒険者が複数人で討伐を行う。
ティティアドンが攻撃態勢に入る前に、クラモは魔法の詠唱を終え、第三の魔法、強力な風魔法が放たれる。
「衝撃圧(アネモキース)!」
衝撃が強靭な鋼鱗を砕く。
斬撃が通りにくい魔物に対して、衝撃で外殻を砕くのは有効な手段だ。しかし、それはパーティーを組んでいることが前提の攻撃だ。
その攻撃では致命傷を与えることはできず、魔物の動きを留めるに過ぎない。
「早く行って!!」
こちらを振り向く余裕もなく、魔物に何度も何度も風魔法を打ち込む。魔法が当たるたびに、ティティアドンが大きくのけ反る。
なぜ、クラモは自分の命を顧みず、カタリカや会ったばかりの僕を助けようとするのだろうか。
クラモは優秀だけど、決して強者ではない。そんな彼女が身を挺して守ろうとしてくれている。
そう疑問を感じているうちにティティアドンが奇声を上げる。
「ギィィィィィィィィィ!!!」
耳を劈(つんざ)くその大声は大気をふるわせ魔力を乱す。
クラモが一瞬たじろぎ、魔力が乱され風魔法が途切れる。
その間隙を縫うように、クラモに向かって突進し、頭部の硬くて尖った鋼鱗で突き飛ばそうとする。
クラモは死を覚悟したのだろう、体を硬直させる。
僕は即座に、少ない魔力で自分に身体強化魔法を行う。
クラモを庇うように前に出て、両手でティティアドンを受け止める。
”ゴッ!”
硬い壁にでもぶち当たったかのように、ティティアドンの動きが止まる。
尚も頭を動かし、突進しようとするティティアドンに対して、思いっきり拳を振り下ろす。
”ドォンッ!!”
森中に轟音が響く。聞き覚えのある音だ。ドラコディアが、僕を訪ねてくるときにしていた音だ。なんだか懐かしい。
勢いよく振り下ろされた拳が、ティティアドンの頭部を穿ち地面に打ち付ける。砕かれた鋼鱗が周りに勢いよく飛び散る。さすがに素手で倒せるような魔物ではない。
魔物は抗うように首を持ち上げ、再び奇声を上げる。でも、僕にはもちろん効かない。魔力の純度が高い相手には、子供だましの奇声なんか効かない。
「クラモ、私は強者なのよ!その責任を果たすわ!」
そして、僕は魔法を創出する。
小指大で円錐状、鈍く光るブロンド色の塊が生成される。
その名は、超融解爆裂魔法「マグナート」。高速回転した円錐塊は、被弾と同時に融解して敵の外殻を溶かし、体中に6000度を超える蒸発した金属粒子を流し込む。
前世の魔力では100発は同時生成できたけど、今は1発がやっとだ。前世で屋敷を襲ってきた、弩S級魔竜”ブレードドラゴン”を倒すために開発した魔法だ。
ティティアドンを倒すのには1発で十分だろう。
僕はマグナートを打ち込む。
被弾した鋼鱗に小さな爆発が起こり小さな穴が開く。
するとすぐに、ティティアドンの全身から湯気が立ち上がり悶えだす。あまりの高温に、ティティアドンもその形を保てず、ゆっくりと崩れていく。あたり一面に、肉の焼け焦げた臭いが立ち込める。
クラモは口をぽかんと開けて、呆然と立ち尽くしていた。
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