7話 魔力測定

そこにはこの国の王子の姿があった。

年の頃は20代といったところか、端正な顔立ちだけど、その王子然とした振る舞いから年齢よりも老けて見える。実際はもっと若いのかもしれない。


コルアの顔は蒼白で脂汗が噴き出ている。

「何をしているコルアよ。領主のために、懸命に畑を耕す者一人の陳情も聞けぬのか?」

「いえ・・普段は・・この者に問題があるというか、王子の御前でと考えると不敬であったというか・・・」

歯切れが悪い。

「お前が私の考えを図るか、それこそ不敬ではないのか」

「ごもっともで御座います。私の浅慮がこのような事態を招きました・・・」

コルアがかわいそうなくらい縮こまっている。さっきの威厳はどうしたんだ。


「そして、ダドリンよ。お前の下卑たる発言は何だ。私が奴隷を扱う冗談など、好かんことを知っておろうに。貴族として恥ずかしくはないのか」

「面目の次第もございません。旧知の友人を前に、気持ちが舞い上がってしまったといいましょうか・・・」

「では、コルアが悪いということで良いのだな」

「いえ、決してそのようなことは・・・」

「今後、お前との付き合いを考えんとならんな」



マルスは険しい表情だけど、優しい声色で僕に話し掛けてくる。

「許せ、私も命を狙われる身、騎士が敏感に反応してしまうのも無理もない。道中も魔物に襲われたのだ」

一国の王子ともなれば、色々なもめ事に巻き込まれるのだろう。それでも、僕たちに暴力を振るったことは許せない。

僕はゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「それにしても、なんという力よ、我が親衛隊が無様なことよ」

大きくひしゃげた盾を持ち、尻もちをついている騎士を見て呟く。

「お前が本気になっていたら、我が親衛隊を全滅せしめたか?」

何でも見通せるような、眼光鋭い目で僕に問いかけてくる。

「ええ、造作もないわ。ガラゴアが止めなかったら、全員死んでいたでしょうね」

興奮冷めやらず僕は正直に答える。特に嘘をつく必要もないと思った。僕の創出した魔法は、騎士たちを跡形もなく灰にしていただろう。

「私を前にして豪言するか。面白い、女はこれ位肝が据わっておらんとな」

マルスは頬を緩ませ語る。悪意のない、そんなマルスの表情を見て、僕も肩の力が抜ける。


「学校に通いたいと言っていたな」

馬車に向かって手で合図をする。

「魔力器で測ってやれ。もし魔力があれば召し抱えても良いだろう」


一呼吸おいて馬車から老人が降りてきた。バロン爺さんを彷彿とさせる。

「やれやれ、老人使いが荒いのう。今日はただの巡幸と聞いておったぞ」

愚痴を零しながら、僕にスタスタと近づいて来る。

隣にいるガラゴアをチラリとうかがうと、即座に回復魔法を唱えてくれた。

血が止まり肉が盛り上がっていく。上位の再生魔法だ。

「おお・・ありがてぇ。助かったよ賢者様」

「何を言っとる、こちらに非があるのだ。痛い思いをさせてすまんかったのう」


僕は失念していた。怪我をした者を癒すということを。

僕に親切にしてくれているガラゴアに対し、そんな気配りもできないでいる。

感情もコントロールできない、周りに気を配ることもできない、そんな自分に嫌悪感を抱く。


ガラゴアの傷を癒してくれた老人は、今度は僕をまっすぐ見据える。

「ちょっと、良いか?」

「ええ・・・」

僕は軽く頷くと、老人は身に着けていた綺麗な宝石のペンダントを手に取り、僕にかざす。

宝石が鈍く輝き光の輪が浮かび上がる。

「魔力は・・・・・ほとんどなし、か。しかし、見たことないぞ、こんな虹色の冠・・・なんという魔力純度だ・・・ありえん」

老人は深く考え込む。そして、何かを思い出したかのように頷く。


今度は僕に手をかざし何やら呪文を唱える。僕の知らない呪文だ。

「おおおっ」

老人は何やら驚きの声を出す。

「この者、なんとバーサーカーの恩恵(ギフト)を得ていますぞ。かなりレアじゃ、通りで強いわけじゃ」

神が与えたとされる、生まれ持っての素質。僕は前世での恩恵を知らない。特に、そういったものに興味がなく、どんな種類の恩恵があるのかも知らない。

「しかも、バーサーカーなのに理性も得ておる」

トリアが昔から短気だったのはこの恩恵の副作用のせいだったのか?


「これほどの逸材なら登用しても問題ないじゃろう。特に末男ベリア様のメイドに丁度じゃ」

「うむ・・・私の側に置こうと思ったのだが、そうか・・・お前がそう言うのなら間違いはないか」

この老人はマルスの全幅の信頼を得ているのだろう、王子が深く頷いている。


「よいなコルアよ、この者は王族が召し抱える」

「し、しかし、マルス様・・・お言葉ですが、この者は多くの土地を耕作しておりますゆえ・・・」

コルアは歯切れ悪く、マルスに物申している。

「先ほどは、どうにかしてくれと言っておったではないか」

「それは、言葉の綾と申しましょうか・・この者は、粗暴ですが働き者ですので、正直、おらんようになると困るのです」

コルアの身振り手振りを交えたアピールに、マルスは冷めた視線を送る。


すると、野太い声が広場に響く。

「俺がトリアの土地を耕作しますぜ、領主様!」

ガラゴアが勢いよく名乗りを上げる。コルアは苦い顔をしている。

「この村には、働き者が大勢いますぜ。トリア一人が抜けたところで、何も変わらんっちゅうもんです、なあ、みんな!」

ガラゴアの呼びかけに、村人もちらほらと頷いている。さっきまでの冷たい視線はなくなり、なんだか温かさを感じる。


「このように言っておるが、どうなんだ、コルアよ」

「そうですね、確かに・・・」

「トリアが耕作していた土地は、皆の労働力で按分できるということで良いのだな」

マルスが有無を言わさない重厚な態度でコルアに迫る。

「はい・・・確かにこの村には働き者が多いです。皆がこう申しておりますので、問題はありません」


マルスは周りを見渡し、村人一人ひとりの表情を確認する。

「お前は、賢き領民に恵まれたな。言い換えれば、お前の普段からの行いの結果ともいえる」

「いいえ・・・、勿体のないお言葉です」

フムフムとマルスが頷き、親衛隊の一人に指示を出す。

「王家に対する献身な態度はよし、追って通達が来よう」

コルアの吹き出した汗が止まらないまま、話が終わろうとしている。

その話に僕が割って入る。


「私はメイドじゃなくて、学校に通いたいのよ!」

自分でも子供じみたことを言っていると思う。農奴のおばさんが、王子に雇用されるというのに、何を言っているんだ、という話だ。王族に仕えるために学校に行く者も多いだろう。

しかし、僕も曲げられない。屋敷に閉じ籠ることしかできなかった僕にとって、様々な書物に出てきた多種族が通う学校の話は、僕の魂に深く刻み込まれている。学校で何がしたいわけではない、ただ純粋に通いたいのだ。そこで、色んな人と出会いたいとも思う。今の僕は、未来を考えて行動することが出来る。前世では叶わなかったことだ。王族に仕えて、一生を終えるために生まれ変わったのではない。


「まあまあ、少し落ち着かれよ。ベリア王子はまだ8つの年だ。ベリア王子に仕えておったら、学校に通う機会が得られるじゃろうて。王族に仕えておれば、それくらいの融通は効く。それに給金が出る、学費の足しにもなる。これが一番の近道じゃよ」


そう言って老人は僕にそっと耳打ちする。

「わが師、そのまた師、また更にその上の師・・バロン大賢者様からの伝言でな、珍しい力を持った赤髪の人族が現れたら、その世話を焼いてやれというものがあってな」

「それが私ということなの?」

「いや、正直わからん。わからんが、そうせねばならんという思いが確かにある。お前さんは無自覚じゃろうが、それだけ人を魅了する力があるということじゃ。マルス王子からの申し出は、一生に一度の好機と捉えねばならん。これは、お前さんが思っている以上に、特別なことなのじゃよ」

僕に人を魅了する力なんてあるわけがない。他者に気を配ることもできない、ただの子供だ・・・前世も今も。でも、この老人の言うことももっともだ。これはチャンスなんだろう。この申し出を蹴ってしまったら、村から出ることも難しいだろう。


「わかったわ・・・、バロン爺さんには本当にお世話になったし、たぶん、そうすることが正しいことなのよね」

「バロン様を知っておるのか?」

「またの名を”雨の大賢者”・・・、誰に何をされて、そんな風に呼ばれたのかしらね」

ボロンのたるんだ瞼(まぶた)が見開かれ、僕を凝視する。

「――――そんな話を、この村を訪れた名もなき冒険者がしていたのよ。私は知らないわ」

「確かにそうじゃろうな・・・そういうことにしておこうかのう」

ボロンは不敵に笑い、僕は懐かしい名前を聞いて柔らかく微笑む。


しかし、バロン爺さんのお節介は、1000年後にも及ぶか・・・。

よく考えたら、僕はバロン爺さんに救われてばっかりだったな。今、ここにいられるのも、きっとバロン爺さんのお蔭なのだろう。僕の知らないところでも、僕の世話を焼いてくれていたのだと思う。

バロン爺さんに会って、お礼のひとつでも言いたいけど、もうこの世にはいない。


こんな今の僕を見て、バロン爺さんなら、何て言ってくれるだろうか。

僕なんかには、想像もつかない。


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