6話 収穫祭・貴族の巡察
その日は年に一度のお祭りだ。
広場中央には藁で編んだ大きな鳥のような像が祭られている。
この村の伝承にある豊作を運ぶ土地神を模したものだ。その周りを陽気な曲に合わせて、男女がペアで次々と踊る。近隣の村からの見物人も多く、冒険者もちらほら見かける。
村の男女は、民族衣装を身に纏っている。
特に女性陣は煌びやかに着飾る。なぜなら、この行事にはもう一つの意味合いがある。
求婚の儀式だ。この日に結ばれた男女は、一生食べ物に困らないと言い伝えられている。
そして、女性から男性に対して求婚を行う。
魔族との戦争の影響で男性の数がかなり少ない。だから、普段はしないような化粧をして、女性は男性を魅了する。僕もその中の一人だ。母に無理やりに着飾られえて、おまけに花束の髪飾りまで付けられた。
恥ずかしいから嫌だと駄々をこねたけど、学校に通えるチャンスが広がるかもしれないと言いくるめられた。僕の真新しい民族衣装は、他の村娘に比べ大胆に胸元が開いていて、胸がこぼれ落ちそうだ。こんな格好で、どうチャンスが広がるんだろうか。
僕は広場の隅っこで一人佇む。そんな僕を見て、村娘が何かささやいて笑っている。嫌われ者の僕のことを悪く言っているのだろう。おばさんが年甲斐もなくこんな格好をして、いい笑い者だ。そう思いながら見つめていると、村娘と目が合う。娘たちは直ぐに目を逸らして、駆け足で遠くへ行ってしまった。暴力なんて振るわないのに、過去の行いのせいでみんなから避けられている。頑張って転生したのに、何だかいたたまれない。
それに比べてガラゴアは大人気だ。若い村娘に囲まれている。
ガラゴアは優良物件だ。体が強くて多くの土地を耕作している。彼と結婚できたなら、それこそ一生食べ物には困らないだろう。
ガラゴアの近くには中年の冒険者がいる。安っぽくて汚れた皮の鎧を身に付けて、ガラゴアの周りの村娘をみている。でも、彼には誰も寄り付かない。やはり、見た目は大事という事か。みんなちゃんと品定めをしている。
そんな冒険者がこっちを見ている。僕も目が合いじっと見つめ合う。すると、冒険者がこっちに向かって歩いて来る。
その冒険者を目で追っていたガラゴアが、僕に気が付く。
囲んでいた女性陣を振り払い、凄い形相で冒険者を追い抜き駆け寄ってくる。冒険者もあっけにとられ、すごすごとどこかへ行ってしまった。
「おお・・・、来てたのか。声を掛けてくれりゃ良かったのに」
ガラゴアは息を切らしながら話す。そんなに急いで来なくても、僕はどこにも行かない。
「何だか悪いと思ったのよ。みんなと楽しそうに話していたから、私が話し掛けたら邪魔になるでしょ」
「そんなことはねぇ、話し掛けられたら嬉しいっちゅうもんだ」
「そんなもんかしらねぇ?」
邪魔な胸を押し上げて腕組みをする。ガラゴアは、こんな僕に気を遣ってくれているのだと思う。
「それにしても、ホントに気が付かんかった。馬子にも衣装だな。全然わからんかった」
ジロジロと見てくる。
「母さんに無理やり着せられたのよ。似合ってないわね」
がさつにスカートを捲し上げる。
ガラゴアは急に顔を背ける。
「いや、そんなことはないぞ、うん・・・どこぞのお嬢様かと思った」
「どこぞの、お・ば・さ・んの間違いでしょ」
「違ぇねぇ、どっからどう見てもおばさんだ!」
こっちを見てガラゴアが豪快に笑う。
彼の笑い声とは裏腹に、村人の目は冷たい。
なぜ優良物件が瑕疵(かし)物件に話し掛けているのか、そんな感じだ。
彼が話し掛けてくるのは、一人でいる僕への優しさだろう。ガラゴアは気遣いも出来るし優しい。それだけのことだ。ガラゴアは、性格も優良物件だ。早く誰かと結婚したらいいのに。
「もうちょっとしたら貴族様が巡察に来る。その時がチャンスだぞ」
「わかってるわ、なんだかドキドキしてきた・・・」
大きな胸を押しつぶすようにグッと押さえる。
「お前でも緊張するのかよ、いつもの元気はどうした?」
「あんたの頭を一発殴らせてくれたら、この緊張も解けるかもね」
「おやすい御用だ、お前さんのためなら頭の一発や二発・・・さすがに三発は勘弁してくれ、死んじまう」
少しまじめな顔で言ってくる。可笑しくて思わず笑う。
そんなやり取りをしている間に、遠くから馬が車を引く音がしてきた。
馬車が2台、広場に到着した。
その一台から何度か見たことがある顔が降りてくる。ここの領主コルア男爵だ。
頭は禿げ上がっていて、顎に多くの脂肪をため込んだ全体的に丸い男だ。
そして、同じ馬車からもう一人、髭を生やした全体的に細長い男が降りてきた。
もう一台の馬車からは、誰も降りてこない。明らかにこっちの馬車の装飾の方が凝っていて、身分の高さをうかがわせる。周りは全身に甲冑を身に纏った騎士が囲んでいる。
丸い男は一つ咳ばらいをする。
「うぉほん、本日はよき晴れの日にて、一年の収穫を祝うことが出来た。今年も豊作であり、神々の恩恵の賜物であろう」
いや、僕たち農奴の労働の結果だろうと、心の中で突っ込みを入れる。
このあとも、祝いの席に酒を持ってきたのだとか、神に感謝だとか、これからも頑張るようにだとか、なんとかかんとか面白くない話が続いた。
細長い貴族の紹介もしていた。名前がダドリン男爵で王都に住まう貴族。この村の穀物の取引でお世話になっているのだとか。
ダドリンは、王都で有名なお菓子を大量に持ってきてくれた。いつもの僕なら、みんなを押しのけてでも奪いに行くけど、この後のお願いのことを考えると、凶暴な僕の食欲も萎えていた。
ひとしきり話が終わり、領主と貴族が馬車に戻ろうとする。
今だ!今がチャンスだ!この機会を逃したら、次に貴族と話す機会なんていつになるか分からない。僕はスカートの裾を汗ばんだ手でグッと握る。
しかし、足がすくみ前に出ない。
僕の人生経験は浅い。他者との交渉事なんてできるわけがない。
それでも全力で勇気を振り絞り前に出る。
「ちょっと話が・・・」
コルアはこちらを向くけど、冷めた目で僕を一瞥する。
「トリア、お前か・・・今日は祝いの日だ、下がっていろ。台無しだ」
コルアは冷たい視線を送り続ける。過去のトリアの行いがそうさせている。
それでも食い下がる。
「あの!私は学校に行きたいのよ、なんとかっ!」
頭が回らず伝えたい言葉がうまく出ない。
「学校だと!?また、何を言い出すかと思ったら・・・」
コルアが頭を抱えてうな垂れる。
「この女は何です?」
ダドリンが僕を物珍しそうな目で見る。
「前に話した粗暴な女です。持て余しているのですよ。どうにかして下され」
「どうにかと言われましてもですな・・・・・お前、本当に学校に通いたいのか?」
僕は大きく頷きダドリンに近づく。
「貴族の力があれば、何かいい方法があるんでしょ!」
コルアは全くとり合ってくれないし、王都に住んでいて色々なコネを持っていそうなダドリンに頼んでみる。
「残念だが、なんともならんなぁ。農奴で、しかも魔力なしの大人となると、推薦のしようがない」
「わかったら、あっちへ行けトリア。お前に用はない」
コルアは小さな虫を追い払うように、手で僕をあおぐ。
「そんな・・・・・」
ますます汗ばんできた手で胸元の生地を掴み考えるけど、頭が回らず説得する言葉が思い浮かばない。僕は簡単に、学校に通える方法を教えてもらえると思っていた。
そんな僕を、ダドリンがジロジロと見てくる。
「奴隷でならば、私の屋敷に置いてやっても良いが・・・」
「ダドリン殿、やめておいた方がいいですぞ。このケダモノは直ぐに噛みつきますゆえ、持て余しますぞ」
「なら、要らんな。噛みついて来るのは妻だけで十分だ」
「ハハハ・・、確かにそうですな。毎日、機嫌を取るのに苦労します。この前など、緑彗石の指輪を買わされましてな、高くつきましたよ」
なにをしょうもない話で盛り上がっているんだ。僕のことを居ない者のように扱う。
「聞いてよ!ちょっとくらいは魔力があるわよ。見せようか?」
高純度の魔力を見たら考えが変わるかもしれない。
「いい加減にしろ!学校などと妄言をよく言えたな、身分をわきまえろっ!何があっても、お前など学校には行かさん!儂の領土で一生耕作しておれ!」
コルアは強い言葉を投げかけ、顔を背けて僕のことを見向きもしなくなった。
「ちょっとくらい、話を聞いてくれても・・・」
あまりに酷い言いようだ。外の世界とはこんなものだろうか・・・。
いや・・・たぶん僕が、世間知らずなのだろう。トリアは粗暴だけど、今まで真面目に働いてきた。そんなトリアに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
言葉に詰まり、助けを求めるように周りを見渡すけど、さっき以上に冷たい村人の視線があるだけだった。誰の加勢もない。
僕はあまりに自分勝手でわがままなことを言っていると、気づかされる。これはトリアではなくて、僕に向けられた視線だ。みんなを巻き込んで不快な気持ちにさせている。僕はもう、大人に甘えられるような子供じゃないんだ・・・。
皆の視線が刺さり、僕はうつむき、周りの人の表情も見られない。魔力を持たないはずの視線の強さで、僕が顔を上げられない。
すると、突然ガラゴアが飛び出し、もう一台の馬車に駆け寄り大声で呼びかける。
「すまねぇ、もう一人の貴族様!聞こえてんだろう!何とかしてくれよっ!」
煌びやかな馬車は沈黙を押し通す。
「ただの農奴が、こんな年だが、学校で学びたいと言ってんだ!その覚悟を汲んじゃあくれねえか!お前さん、偉いんだろっ!」
僕に代わって直談判してくれた。どうしようもない僕のために、ガラゴアは体を張ってくれた。
馬車に近づくのを拒む鎧の騎士にしがみ付き、膝をつき泥だらけになりながらも馬車に手を伸ばす。
魔力も持たず、弱いただの村人が大きく見える。過去に出会った英雄を思い出すほどに。
学校に通いたいという情熱は消えそうになっていた。
そんな僕の心を奮い立たせてくれる。僕が泥だらけにならないといけない。
急いでガラゴアに駆け寄る。
すると僕の視界に、在り得ない光景が飛び込んでくる。
そこには、分厚いプレートメイルを身に着けた大きな騎士が、ガラゴアに向かってメイスを振り下ろす姿があった。
彼はとっさに防御をするけど、無残にも腕ごと頭を穿(うが)たれる。
僕は誰よりも速く動き、ガラゴアを受け止める。
防御した腕の肉はえぐれていた。
なぜ、こんなことを・・・どういうことだ・・・彼が何をしたんだ!
僕は怒りで感情が抑えきれない。この体のせいかはわからない。
近寄った僕に向かってもメイスが薙ぎ払われる。
僕は容易くそのメイスを受け止め、右手の拳に力を籠め殴り掛かる。
”ゴッ!”
鉄に岩がぶつかるような音がして、防御した分厚い鋼鉄製の盾が大きく凹み、騎士が吹き飛ぶ。
「何だこの力はっ!」「守りの陣を取れっ!」「不審者を近づけるな!」
隊長らしき騎士が号令をだし、洗練された規律正しい動きで4人の騎士が僕を取り囲む。
僕もそれに合わせて身構える。
両手に高純度の魔力を籠め、爆裂をイメージする。
僕の両手は真紅に輝き、とろけそうな小さな光の玉が数個浮かび上がる。
「許さない―――――」
しかし、魔力を解き放つ前に、僕の腕に別の温かい手がそっと添えられる。
「これ以上はいけねぇ。何もかもが台無しになっちまう・・・」
僕もハッと我に返る。
そうだ、これ以上先は、強者による弱者の蹂躙だ。こいつらがやっていることと一緒じゃないか。
僕は慌てて魔力を抑え込む。零れ落ちた光の玉が、地面を溶かし小さな穴をあける。
「俺は大丈夫だ、こんなのはかすり傷だ、お前のパンチに比べればなんてことねぇ」
血まみれの腕を懸命に動かし僕をなだめる。
掛ける言葉が思い浮かばない。僕がわがままを言った結果がこれだ。
僕に責任がある・・・。
「やめよっ!」
馬車の中からも通る凛とした声が広場に響く。
コルアとダドリンが身を縮ませている。
その凛とした声の持ち主が馬車から出てくる。
明らかに二人とは違う身なり、高級な生地に見たこともない刺繍。
その立ち居振る舞いも貴族のそれとは違う。
「マ、マルス王子・・・」
声にならない声でコルアが呟く。
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