5話 母・ミリダの視点
ある昼過ぎ、帰宅にはまだ早い時間に、娘は泥まみれになって帰ってきた。
また、誰かと喧嘩をしたのだろう。
子育てに正解はないというが、私は育て方を間違ったのだろうか。
甘やかしたつもりはない。父親を早くに亡くし、私が畑の仕事をしなければならなかった。そんな私を、体が丈夫なだけが取り柄の娘は、不満も言わずによく手伝ってくれた。
最初は確か、5歳の時だったか。村の少年に髪の色をからかわれて、我を忘れて暴れた。
娘は我慢が効かない。年が八つも離れた少年を、その意識が無くなるまで殴り続けた。大人が数人がかりで取り押さえるほどだった。娘を叱っても、”馬鹿にしてきたアイツが悪い”の一点張りだ。男の子が、気になる女の子をからかうなんて良くあることだ。娘にはそれが通用しない、いい年になっても・・・。
娘の髪の色は赤色だ。私も旦那とも違う、遠い家系からの遺伝だろう。
赤い髪の人族は忌み嫌われる。宗教書に赤髪で人の姿をした悪魔が、世界を滅ぼしかけたと書いてある。一応こんな娘でも、髪の色を気にしているようだ。
まだまだ、娘には逸話がある。
税のことで理不尽なことを言ってきた領主様の所へ、一人で殴り込みに行ったこともある。他にも、村の食堂で娘の陰口をたたいた冒険者と決闘をしたり、ガラゴアと気さくに話す娘に対して、嫌味を言ってきた村娘にも手を上げたし、かといって娘に媚びて愛想笑いをする大人も殴るし、とにかく気に食わないことがあると何でも手が出る。
曲がったことが大嫌いで、自分の価値観と違うものには、言葉ではなく暴力で強引に言い聞かせようとする。人には言葉というものがあるのに、言葉を使おうとしない。娘には言葉が通じない。
村人によっては目も合わそうともしない、殴られるからだ。そんな私たちは村八分状態だ。
そんな荒くれ者の娘が学校に通いたいと言ってきた。
まるで子供のようなキラキラした目で言ってくる。
今まで何かをねだるということが全くなかった娘が、初めて口にだした希望。
なんでこんな年になって・・・と思う一方、何とか叶えてやりたいとも思った。
しかし、学校は貴族が通う場所だ。莫大なお金もいる。しかも、魔力がないと入学できないときている。娘の魔力はからっきしだ。もしくは娘に貴族並みの魔力があれば話は変わってきただろう。しかし、魔力の上昇には子供のころからの魔力教育が必要だ。私たちにそんな金銭的な余裕も時間の余裕もなかった。
娘は人並以上に力が強いが、都会には娘以上の猛者は掃いて捨てる程いるだろう。
そんな娘が学校に通う方法が見当たらない。娘に対し需要がないのだ。
私も娘を応援するのに、大人として納得できる理由が欲しかった。
無償の愛とはいかず、私の身勝手な思いだ。
なぜ、学校に通いたいのか、どうして学校じゃなきゃダメなのか、学校を卒業したらどうしたいのか娘に問うも、漠然とした答えしか返ってこない。子供のような他愛もない理由ばかりだったが、命がけとも思える熱意があった。
そんな娘の熱意をすぐに否定してしまうのは、母親として失格だと思った。
母親として、なにか娘にしてやれることがないか、布団の中で寝付けずにずっと考えた。
すると、我ながら名案が浮かんだ。宗教書に書いてあった、天啓というものか。
そう、娘のために綺麗な衣装をしつらえてやったらいいんだ。これで万事がうまくいく気がする。
もうじき、収穫祭がある。そこには貴族様が来る。
親切なガラゴアは、貴族様に学校のことを掛け合ってみると言ってくれた。娘の性格はアレだが、見た目はそこそこのものだ。胸も大きいし魅力的だと思う。
何事にも見た目は大切だ。粗末な格好をさせていたんでは、貴族様に見向きもしてもらえないだろう。
私にはそんなことくらいしかできない。私が直接、貴族様に掛け合うなんて畏れ多くてできようはずもない。
ガラゴアは娘に気があるみたいだし、ついでに魅了してしまえばいい。
あの人も強引に娘を奪ったらいいのに、変なところで律儀な人だ。そんな理性を奪ってしまうような衣装がいいだろう。
この件をきっかけにガラゴアと結ばれないだろうか・・・、私は淡い期待を持ちながら、どうやってあのガサツな娘に、綺麗な衣装を着せようか頭を悩ませる。
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