4話 学校に行きたい

「この料理は特別に美味しいね。いくらでも食べられそう」

ミリダの手料理は凄く美味しい。決して僕が味覚を失っていたからではない、きっと愛情がたっぷり入っているからだ。

「豆を煮込んだだけのスープよ。馬鹿みたいに食べてないで、早く畑に行きなさい。私にも仕事があるんだから」

何回もおかわりをして呆れられた。どうやら愛情は入っていないようだ。

「わかったよ、でも、あと一杯だけ」

この料理が名残惜しい。

「何を言っているの、もうカラよ。早く行ってちょうだい!」

ミリダは素早く皿を片付け追い出そうとする。

僕も諦めて用意を整える。


「美味しかったわ、ありがとう。それじゃあ行ってくるわ」

なるべく生前のトリアの口調を真似する。その方がいい気がする。

ミリダは少し驚いた表情をしたけど、直ぐに自分の裁縫仕事に取り掛かる。

僕は勢いよくドアを開け、畑仕事に向かう。ドアを蹴破って入ってくる、ドラコディアの気持がわかる気がする。何だかワクワクする。


外に出ると、あんなに嫌だった日の光がとても心地よく注ぎ、気持ちの良い清々しい空気が立ち込める。埃やカビの入り混じっていた空気とは違う。

健康に良い空気だ。何度も深呼吸をする。


畑に行く途中に何人もの村人とすれ違うけど、誰も僕に目を合わせようとはしない。

まるで、目が合ったら襲い掛かられるとでも言わんばかりだ。

今の僕は決してそんなことはしないのに、以前ではそういうこともあったようだ。


僕はすぐ畑に向かわずに、丘へと足を運ぶ。

その丘には樹齢100年は超えるであろう大木があり、この村で一番背の高い木だ。

この強靭な体なら、訳なく登ることが出来るだろう。登りたくてウズウズする。

「よしっ、行くか!」

ジャンプして枝に手をかけ一気に登る。体はとても軽くて直ぐに頂上に辿り着く。


「わあ・・・凄いな」

遠くの山まで見える。まさに大自然だ。本物の景色だ。

この村は山で囲まれていて、その先は見えない。その山には、幅は狭いけど大きな裂け目があり、道として整備されている。道の先は森に繋がっている。

その整備された道の枝分かれした先に、ここの領主の屋敷がある。とても立派なものだ。


「おい!何をしてるんだよ」

突然下から大きな声が響く。びっくりして見下ろす。

幼馴染のガラゴアだ。村一番の力持ちの男性。女性を含めると2番手だ。1番はもちろん僕だ。

無精髭を生やし筋肉質で、よく日に焼けこげ茶色をしている。悪い人ではないけど何かと食って掛かって来る。

その度にボコっていた記憶があるけど、めげずに話し掛けてくる。

この青年は僕に興味があるのだろうか?


「いい年にもなって木登りか、ほんとわからんやつだな」

「な~に!今そっちに行くね!」

そう言うなり、するすると滑るように木から降りる。


「なに、なんか私の悪口でも言った?」

ガラゴアはビクリと体を震わす。殴られるとでも思ったのだろうか。

不思議そうな目で僕を見つめてくる。

そんなガラゴアを横目にして、ドラコディアが僕にとっていた態度を真似て詰め寄る。

「どうしたのよ、そんなにじろじろ見て。間の抜けた顔がさらに間抜けになってる」

皮肉を言ってやった。人との会話は新鮮だ。

「いや・・・何でもない。なんかいつもと雰囲気が違うと思ってな」

「具体的にどんな感じに?」

「ほら、それだ。お前は理由を尋ねる前に手が出るタイプだ。ところがどうして、今日は逆ときている」

なんだか殴らないのが申し訳なくなってきた・・・殴った方がいいのかな?

拳を振り上げてみる。

するとガラゴアは亀のように首をすくめ、洗練された動きで両手で頭を覆う。

「殴るわけないじゃない。変なポーズ」

思わず可笑しくて、屈託のない笑みが零れる。

ガラゴアも、その飼いならされた動きに少し恥ずかしさ覚えたようで、顔を赤らめる。

「まあ、こっちの方がいいやな。こっちのトリアの方がいい!」

ガハハと無精髭を振るわせて笑っている。


「ねえ、変なこと聞いていい?」

「なんだよ、今日は変なことずくめだ、もう一つ増えたところで驚かんよ」

「そう、それを聞いて安心したわ」

「で、なんだ?」

「なんとか学校に通えないかなぁ・・・」


一呼吸あり、大声で節操なく笑う。

「ガハハハハハ・・・腹痛てぇ、俺を殺す気か!こっちの方が威力がある!」

思わず頭を殴っていた。



「やっぱりいつものトリアだ。そのパンチ力は尋常じゃねえ」

「あんたが茶化すからでしょ!」

「お前が本当に変なことを言うからだ。学校は貴族か金持ちが通うところだぞ。農奴で、しかも大人が通うところじゃねぇ」

「わかってるわ。でも、なんとか通いたいのよ」

「ミリダには相談したのか?」

「まだよ・・・なんだか切り出しにくくって・・・」

「だろうな、お前の母さんは学校に通うことなんざ望んでねぇ。身の丈に合った小さな幸せを望んでいる」

わかったような口ぶりで、真顔で話してくる。

「私は、せっかく健康に生まれたんだから、色々な世界を見て色々なことがしてみたいの」

「それは学校じゃなきゃダメなのか。世界を見るのは他にも方法がある。それはお前のわがままというもんだ」

もう、わがままが通る年ではないのか・・・それとも身分がそうなのだろうか。


「そう・・・難しいのね、何かいい方法があると思ったのに・・・」

「なんだよ、もう諦めるのかよ、情けねぇ・・お前の覚悟はそんなもんか?」

「何よ、さっきは散々馬鹿にしたくせに、今度は応援してくれるの?」

「違うよ、覚悟のことを言ってるんだ、応援してやりてぇ気持ちはある、しかしだな、覚悟のない奴の茶番に付き合うつもりはねぇ」

髭面の日に焼けたこげ茶顔が真剣な顔して言ってる。

あまりにミスマッチな光景だけど、妙に説得力がある。

「私は真剣よ、そのために生まれ変わったんだから」

思わず転生のことを話してしまった。しかし、例え話と受け止めたのだろう。

「まあ確かにお前さんは冷静に話している。本当に生まれ変わったんだろうな。いちいち手が出てこねぇ」

何か自分の中で納得した様子で話し出す。

「近いうちに収穫祭があるよな。そこで領主様と王都の貴族様が見に来る、掛け合ってみちゃどうだ。俺も加勢してやる」

「学校に通いたいから貴族にしてくれって言うの?」

「違うよ、まったく・・・お貴族様ならなんか抜け道でも知ってるだろうよ。それで無理ならすっぱり諦めて家庭でも持て」

家庭って・・・相手もいないのにどうしろというのだろう。そっちの話の方が現実味がない。

「まあ、なんだ・・・応援してやるから、お前も頑張れってことだ、俺も頑張るからよ」

ガラゴアが、頑張って応援してくれるのは有難い。

前世ではずっと独りだった。寂しいという感情が何かもわからなくなる程に。

こういう人の支えがあれば、困難なことも乗り越えられると思う。


満面の笑みを浮かべて感謝を述べる

「ありがとう、ガラゴア!」



家に帰って、ミリダにも同じ話をした。

帰ってきた返事はガラゴアと同じ様なものだった。

ミリダはとても悲しそうな顔をしていたけど、どこか嬉しそうな声をしていた。

僕の態度が以前と違うからだろうか・・・ミリダにも暴力を振るっていた記憶がある。ミリダも貴族に掛け合ってみるのが良いだろうとの結論だった。

ついでに、家庭を持つのも悪くないと、うるさいくらい言ってきた。

相手がいないからと、きつく突っぱねてやった。

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