3話 転生・始まり

気が付くと僕は、大雨が降りしきる中、仰向けに倒れていた。

空には分厚い雲が立ち込め、雷鳴を轟かせている。

しばらくの間、状況がつかめず呆然として過ごす。


また、しばらく時が経ち、雨粒が頬に当たる感触に気が付く。

僕は両手を空に向け、グーパーと動かして感覚を確かめる。

少しずつ状況を理解していく。


僕は、転生できたんだ・・・。


まだ、半信半疑で理解が追い付かず、冷静に考える。

この体の持ち主は不運にも雷に打たれて、亡くなってしまったのだろう。

そこに僕の魂が結びついて息を吹き返した。朧げだが、この人の記憶もある。


それにしても素晴らしい体だ。雷に打たれても火傷一つない。死因は大電流によって、心臓が停止してしまったのだろうか。


この体は魔力で強化する必要もなく、筋線維にまで魔力が同化していると感じる。

天然のバフ状態だ。丈夫な体に生まれ変わりたいという願いが叶ったかたちだ。

僕は起き上がり、体のあちこちを触り感覚を確かめる。

それにしても丈夫過ぎる気もするけど・・・


いや、違和感はそこじゃない・・・このふくよかな胸、有るモノが無い・・・

僕は女性に転生している?


しかし、そのことはどうでもいいことのように、思考の片隅に追いやられる。

周りの景色が、僕の視覚に飛び込んでくる。

本でしか読んだことのない外の世界。

一面に土が広がり、緑の葉の植物が整然と並ぶ。

良く肥えた土の匂い、皮膚を濡らす冷たい雨粒・・・。


今、ようやく僕は生きているんだ。

「やったゾ―――――!」

僕は喜びでのたうち回り、近くにある緑の葉の植物を口いっぱいに頬張る。

「旨い・・・・なんて美味しいんだ!」

次々に口に放り込み、今までになかった満腹を感じる。気がついたら泥だらけになっていた。

喜びの中、僕は全力疾走で家へと向かう。途中、何度も転んだのは言うまでもない。



「子供みたいに泥だらけになって!あんたはもう若くないんだから、いい加減にしなさい、トリア!」

家に着くなり母、ミリダに叱られる。そして延々と続く愚痴の長さに、僕の喜びの気持ちが挫かれていく。

決して裕福な家ではなく、領主から土地を借り農作物を納める、典型的な農奴の家系。父を早くに亡くし、母の手一つで育てられた。


「今日は何だか疲れたみたい・・・もう寝るよ」

頑張って泥をとり、体を拭き終わる。

「どうしたの、具合でも悪いの?あんたが食事をいらないなんて・・・珍しく喧嘩にでも負けたの?」

「ぼく・・・私のことをどういう風に思っているのさ、うら若き乙女に向かって、それが掛ける言葉?」

「うら若きって・・・あんたねぇ。自分の年齢を考えなさいよ。もうおばさんよ、お・ば・さ・ん。しかも、婚期を逃したおまけ付きのね」

僕はおばさんと呼ばれても違和感のない年齢のようだ。

しかし、中身は純粋に子供なのだから仕方がない。はしゃぎたい気持ちが抑えきれなかった。

「心配しなくていいよ」

自室でいろいろと状況を整理したいので、申し訳ないけど冷たくあしらう。だけど、まだ言い足らないようで話しかけてくる。

「いろいろと心配するわよ。早く結婚して、親を安心させて頂戴。私に似て器量は悪くないんだから・・・その暴力的な性格さえ何とかなったらねぇ、いい人と結婚もできるだろうに」

溜息を零しながら、諦め顔で独り言のように呟く。

確かに、記憶によると言い寄って来る男性はいた。しかし、本当に短気な性格で、しかも男勝りの頑強な肉体ときている、不満に思うことをこらえることが出来ず、暴力という手段で訴えてしまう。いい大人として失格だ。


そんなミリダを横目に、足早に部屋へと向かう。

自室にこもり、まずは一つ、僕の膨大な魔力がどうなったかを試す。

右手に魔力を籠める。

「・・・ん?」

自分でも珍妙な声が出たと自覚する。

魔力が・・・ない、正確にはほとんどないと言ったところか。

「やった―――――!」

思わず大声が出る。下でミリダの溜息が聞こえたような気がする。

腕だけを大きく動かし、この喜びを表現する。

これで魔力の暴走による自爆の心配はない。

前世の魔力との繋がりは絶たれ、新たな肉体に宿った魔力の大部分は、肉体の自動強化バフに使われているらしい。

そういう恩恵(ギフト)を授かったのだろう。

次に魔力の純度をみてみる。いとも簡単に超高純度の魔力が操れる。使いたい魔法を想像するだけで創出が出来る。これは前世と同じだ。


ひとしきり喜びを噛みしめた後、次に窓のガラスで自分の容姿を確認する。

年は30も半ば、年相応といった顔立ちだ。

顔は世間一般に言って整った方だと思う。身長はすらりと高く、髪は短く切りそろえられている。肉体は畑仕事をしているせいもあり筋肉質でがっしりとしている。しかし出るところは出ていて、大人の男性から見たら魅力的な体だと思う。子供の僕にはさして興味のないことだ。手はごつごつとしていて良く働いている人の手だ。この拳で何人もの男性を血祭りにあげてきたのだろう。

今後はそうしまいと心に誓う。


部屋の中に、今の時代がわかりそうな本がないか探す。

殺風景な部屋で、目につくところに本はなく、タンスや机の引き出しを漁る。

すると、机の引き出しから一冊の宗教書を見つける。ある意味歴史書といえる。

読みつぶされてボロボロになっていて、古くからこの家で、読み書きの教材として使われてきたと思わせる。


しばらく宗教書を読む。

この世界の成り立ちや神について書かれている。そして、神託を受けた者の行いが、時系列で書かれている。前世での僕の知識と一致する。

どうやら、転生した現在は、あの時から1000年は経過していそうだ。この地はカルーニャ地方というみたいだけど、僕は知らない。世界は広く、僕の地理に関する知識は浅い。でも、同じ世界の人族に生まれ変わったようだ。

この宗教書に書かれている赤い髪の悪魔・・・どこかひっかかるけど、まあ後回しにしておこう。

この悪魔のせいで、トリアはコンプレックスを持っているようだ。


僕はこの強靭な体を持って、前世で夢に見た生活を思い描く。

ドラコディアが持ってきてくれた本の内容が、遠い世界の絵空事なんかじゃなくて、実現できるんだ。心が湧き立って爆発しそうだ。


硬いベッドの上に立ち、窓から落ちそうなほど身を乗り出して外を覗く。

雨はもう上がっていて、遠くの空には僕の憧れた景色・・・虹が掛かっていた。


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