2話 ドラコディアの視点

今日はどんな話をしよう、どんな本を持って行ったら彼が喜ぶだろうか、何をして遊ぼう・・・そんなことを考えるだけで体が熱くなり興奮する。

色のない日常を送っていた私にとって、彼に会うことが、唯一の喜び、唯一の楽しみだった。

生きる意味を見出していた。


私はゴブリンの子供・・そう思うようにしていた。

そう思うことによって、自分の心を守ってきた。


私は龍人族の中ではとてもレアな黄金眼を持って生まれた。

銀色眼に比べてとても身体能力が高いのが特徴だ。

幼い頃から、何でもすぐに、特別な努力をすることもなく簡単に出来た。

ドラゴンオーラの発動だって、ドラゴンブレスの習得だって・・。


そんな恩恵を持った私だけど、周りの対応は残酷なものだった。

特に子供社会の中では、見た目が違うというだけで、ひどい扱いを受けた。

「気味が悪い」「気持ち悪い」「龍人族ではない」「卑しい眼」「汚いゴブリンの眼」そして「ゴブリンの子供」・・・・・・・心をえぐる言葉をあげればキリがない。


家族も冷たいものだった。特に兄にとって黄金眼は、疎ましかったのだろう。自分より優れた者を認めようとしない性格だ。自分の妹が黄金眼ともなれば猶更だ。

私は、そんな兄の嫉妬のせいで、次第に外出を許されなくなった。

兄にとって、外で私と比較されることがとても疎ましいようだ。

でも、私にとっても都合が良かった。外に出て傷つけられるのは、もう耐えられなかった。


何事にもやる気が湧かなくなり、生きている実感も湧かなくなった。

笑顔の作り方もわからなくなった。

本当に、私はゴブリンの子供じゃないだろうか・・。


そんなある日、兄が突然里の外に連れ出すと言ってきた。

俺の力を見せてやると。正直どうでもよかった。外になんか出たくなかった。

銀色眼の兄など、どうせ弱いだろうと見下している自分がいた。

そんな態度が周りの者に伝わっていたのだろう、私は最低な龍人族だ・・弱者を装っている。



初めて見た集落の外の世界は、とても美しく感動的なもの・・・ではなかった。

兄に連れてこられた漆黒地域は、年中分厚い雲に覆われ暗く、泥やかびの臭いが入り混じった過酷な土地だ。

この土地固有の強い魔物が生息し、日も差さないため大地には恵みが無い。

そんなところに彼は住んでいた。


彼は日光が当たると死ぬ呪いにかかっていると言っていた。大げさに言っているのだろうけど概ね本当のことだと思う。でなければ、龍人族ですら住めないあんな過酷な地に住むわけがない。


その姿はとても痩せており、病的なくらい青白い顔だけど、髪が長くつぶらな瞳は女の子の様にも見える。人族を名乗るその少年は、私よりも随分と幼く見える。

そんな人族が兄に挑む。正確に言うと、兄が彼に挑んでいる。



「お前が賢者を名乗っている愚者か。バロンから特別討伐依頼が出ている」

「討伐依頼って、僕は魔物かっ!」

青白い少年は、虚空にそう突っ込みをいれていた。

思わず頬が緩む。

「バロン爺さんは何を考えているのやら、相談なんてしなきゃよかった・・・。いやいや、こっちの話で・・・」

何やらぶつぶつとつぶやき、私と目が合う。

思わず目をそらしてしまう。

「俺の友人をして賢者を爺さん呼ばわりか。人族とはこうも身の程をわきまえぬのか。矮小にして弱小で浅慮、生きている価値もないな」

「いや、賢者バロンを愚弄しているのではなくて、彼に討伐依頼をだされてからは、気が休まらなくて、ついつい愚痴ってしまったんだ、不快にさせたのなら謝るよ。人との会話は慣れないもので・・・」

まだ子供なのにへりくだって、こんな兄に媚びている、不快な気持ちになる。


「まあ良い、どうせお前はここで死ぬのだ。お前が賢者の名を騙り、強奪した国宝級の魔導書や魔道具は接収し、あるべきところへと戻す」

「いやいや、ちょっと待ってよ。僕はこれらの品を強奪したわけではなくて、僕を利用しようとした大人たちによって、持ち込まれただけだよ。何だったら全部持って行ってよ。穏便に済ませよう」

少年はわざとらしく懇願している。

「強奪品を返すから許してほしいと・・・議論の余地も選択の余地もないな」

「選択って・・・命のことだよね。もう死ぬことが決まってるのかな?」

なぜかその少年からは余裕が感じられる。命の危機に瀕しているというのに。

命が惜しくないのだろうか。

そんな余裕な態度を兄も感じ取り怒りを露にする。

「人族如きが舐めやがって!卑しい眼で俺を見るな!」

そう言い放つと同時に、大きく振りかぶったこぶしが少年に投げつけられる。

「ゴオッ!!」

轟音とともに少年が砕け散って・・・いない。こぶしが受け止められている。ありえない。

少年も右手を突き出し、何やら黒い魔力の塊が兄に放たれる。

彼は魔法の詠唱をしていない。

兄は、価値があろう骨董品を薙ぎ倒しながら、後方に大きく吹き飛ぶ。


痛みに堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。

「無詠唱の魔法だと・・・信じられん・・」

「正確には超高純度魔力による重力魔法の創出だよ」

私は会話についていけない、でも、その少年がすごい魔法を使ったのだと実感できる。

魔法に耐性のある、頑強な龍人族の肉体がズタズタになり血が滲み出ている。

「賢者は伊達ではないということか、俺も本気でいかねばならんな」

兄は大きく息を吸い込み、腹部から胸部に掛けて凄まじく発光する。

ドラゴンブレスだ。しかも、兄が一番得意とする雷属性のブレスだ。これで彼は死んでしまうだろう。


今、ほんのひと時会った少年だけど、私が興味を引くのには十分な存在だった。

このまま彼を死なせてはいけない・・・そんな思いがふと頭をよぎり、思わず一歩前に足が運ばれた。

図らずも彼を庇うような格好になってしまった。

全身が雷に打たれるかと思ったけど、そうはならなかった。

私の周辺には、黒い避雷針のようなものが何本も突き刺さっており、雷を吸収していた。


ふと前を向くと少年がすぐ側にいる。

「愚者クラッドよりさらに愚かなる者よ。眼は見開いているけど盲いている。人の命というものは、とても儚いんだよ」

少年は兄に諭すように話し、その表情は、なぜか慈愛に満ち溢れていた。


その魔法の名前は”極七色神共鳴(プリズム)”。彼はそう呼んでいた。

兄の上に刺々しくも大きな光の輪が出現した。

彼の憧れた空の色・・・それが鈍色(にびいろ)に輝く。

それは周りの魔道具と反応し照らし合わせ、とても幻想的な風景で、なぜか涙が込み上げてきた。


見たこともない魔法、聞いたこともない強さ。

生まれて初めて世界が美しいと感じた瞬間、兄は虹色の光に焼かれた。


「大丈夫?怪我はない?」

少年が私に話し掛けてくれている。

「ええ、大丈夫・・」

たどたどしく答える。

「涙がでてるよ、どこか痛いんじゃないの?」

こんな私のことを気遣ってくれている。涙のことを気にさせまいと、汚れた手で眼を何度も何度も擦る。

「ダメだよ、そんなに擦っちゃ。綺麗な眼に傷がついちゃう」

彼は複雑な刺繍が入った高級そうな布を、そっと私に渡してくれる。

「綺麗な眼・・ではないと思う。ゴブリンと同じ眼の色だもの・・」

もうこれ以上傷つきたくない。初めて会ったこの人族に対しても傷付けられたくないという思いで、心に防衛線を張る。


「何を言ってるんだ・・全然違うよ。ゴブリンの眼はクスんだ黄色、君の眼はとてもキラキラして透き通った黄金色だ!」

その時の彼の言葉、表情は一生忘れない。”何変なことを言っているんだ”と言わんばかりの呆れ顔だった。それゆえ言葉に真実味があった。

「ありがとう・・そんなこと言われたの初めて」

「龍人族って、美的センスが人族と違うのかもね。人族から見たら、とても綺麗だよ」

私はうつむいたまま困惑するだけだった。



その後、兄は何度か立ち上がり彼に挑んだけど、ことごとく跳ねのけられた。

全く相手になっていない。まるで次元が違いすぎる。

彼がその気になれば、一瞬で兄を殺すこともできただろう。

本当の強者を見た気がする。



「兄さん帰ろう。沢山ケガしてる・・・」

悔しさで震えている兄は少し小さく見えたけど、今までになく近くに感じる。

自分より格上の相手に対して、一歩も臆することなく幾度も立ち向かった、そんな兄は心が強いと思った。

「ねえ、兄さん・・・」

「なんだ、こんな兄貴はみっともないか。軽蔑するか」

「別に、そんなのどうでもいい」

「そうか・・・」

悔しさで震えていた兄が、いつの間にかに落ち着きを取り戻している。


「ねえ・・・私、またここに来たいんだけど、やっぱりダメかな・・・」

廃墟のような屋敷を見上げ、遠慮気味に聞いてみる。

私を外に出したがらない兄からすると、絶対無理なお願いだろうと思った。

でも、誰の干渉もない、こんな辺境の地であればと思い、一縷の望みをかけて問うてみる。

「・・・・」

兄は語らず無言の圧力をかけてくる。

「何だかあの人族が気になるの・・・」

「もうちょっと話がしてみたいの・・・」

「あの子の強さや魔法について知りたいの・・・」

うまく言葉が纏まらず、たどたどしく語りかける。

自分でもわからない、なぜこんなに懇願するのか。

でも、あの狭くて暗い窮屈な家に閉じこもるのが嫌で仕方なかった。

ダメだと言われても力ずくで出ていこうと決心する、と同時に、兄の許しを得たいとも思った。

「・・・・・・・・・・・・」

やはり兄は無言だ。しかし、さっきとは少し違う。表情に硬さはない・・・ように見えた。

兄は最後まで無言だった。

その無言をもって、私は黙示の許可と捉えておくことにした。


最初、兄は一緒に付いてきた。邪魔だから来るなと言ったけれど、あの人族に用事があると言って聞かなかった。しばらくすると一人での外出が許されるようになった。

彼と一緒にいられる時間は宝石の煌めきだった。屋敷に訪れた数々の英雄の話は、どんな物語よりも面白く、彼の使う魔法は私の知るどんな魔法より綺麗だった。私の心躍る日々はいつまでも続くと思っていた。


そして、あの日、喧嘩した。

次に訪れたとき、本当に彼はいなかった。

正確には彼がいたであろう山は消し飛び、大きく大地がえぐられていた。

そこに水が流れ込み湖になり、地図が塗り替わっていた。

漆黒地域を覆っていた分厚い雲も、跡形もなく霧散していた。

魔力が暴走してしまったのだろう。


私は涙が止まらなかった。こんな気持ちは初めてだ。また、いつも通り彼と会えると思い込んでいた。もう一度彼と会いたい。この前のことを謝りたい。しかし、それは叶わない、この世に彼はいないのだから。

そうして私はまた一人ぼっちになった。


しかし、彼がいない今、私は彼に代わり強者として生きていこうと心に決めた。

黄金眼を持って生まれた責任だ。

彼に、理不尽に立ち向かう生きる勇気をもらった。

彼に語られるような英雄になろうと心に決めた。

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