第8話 ひみつはおんなをおんなにする

「亳杓!!あなたはやはりとても愚かなおとこです!!」


「何を言うか!!小賢しいおんなめ。おまえが現国のノートを集めろと言ったからこうして集めたのではないか!」


教室におんなとおとこの大声が喚き散らされている。生徒たちは、何事か…、と目を丸くしてふたりを見ている。


「違います!わたしが集めろと言ったのは、化学のノートです!!」


「イヤ、絶対現国と言った!!」


「イイエ!!」


むむー…と、睨み合うふたり。





ふた月前に、やっと交際を公に宣言した䍃璃と亳杓だったのだが、近ごろ、こんな言い争いが絶えない。きっかけは本当に些細なことだった。



そして、ふたりの交際宣言で、行き場のなくなったファンクラブは、事実上、解散となっていた…のだが…、ふたりの再びの犬猿ぶりに、これは待つと言う手もあるやも知れないと、また、少しずつその形跡を戻しつつあった。




「䍃璃、なぜまた仲の悪いふりなどしなければならないのだ」


「だって、つまらないんだもん」


「つまらない?それはいかなる意味だ?」


「わたしは、ふたりでひみつをもっているのが、とてもすきみたい」


「ひみつ…?」


「そうよ。これからは、公の付き合いと、ひみつの付き合いを、両方楽しむの」


「ほう…なんだか、興味深い話だな」


いたずらっぽく笑う䍃璃に負けず劣らず、亳杓も意外と乗り気だ。䍃璃は思っていた。公に付き合う前には、ドキドキが止まらなかったが、公になると、スリルがない。なんともないものねだり、とはこのことだ…とは䍃璃も思ったが、䍃璃は、ひみつを作りたかった。䍃璃と亳杓、ふたりだけのひみつを…。


「で、どんなひみつなのだ?」


「そうね…。こんなのはどうかしら…?」


また、ニンマリ笑う、䍃璃。



★★★★★



「「「「「えぇぇええええ!!!!????」」」」」



は、あっという間に学校中に広まった。


「ゆ!䍃璃様!!あれは本当!?」


息を切らして、同じクラスの、南谷というおんなが、突然䍃璃の机に駆け寄ってきて、ぜーはー言いながら、問いただしてきた。


「あれとは、一体なんでしょう?」


「亳杓くんと別れたって話!!」


「あぁ…そんなことですか。皆さんはそんなにお暇なのですか?わたしがあのおとこと別れても、不思議ではないでしょう。もともと、ライバルでしかなかったのです。あのおとこと付き合ったのは、一生の不覚。わたしには、やはり勉学が一番の恋人ですね」


「そ…そう…。じゃ、じゃあ!……」


「じゃあ…なんでしょう」


「じゃ、じゃあ、亳杓くんに…こ…告白しても…良いかな?」


「よいのでは?わたしには関係ありません」


「わ!わかった!!ありがとう!!䍃璃様!!」


そう言うと、南谷は、慌てて教室を出て行った。




「亳杓くん、わたしと付き合ってくれませんか?」


放課後の理科室。


「うーん。すまない。おれは、今誰とも付き合う気は無いのだ」


「え…?なんで?」


「おれはあのおんなに、中間テストでまた負けてしまった。これ以上あのおんなに勉強で劣る訳にはいかない。あのおんなと別れたのも、やはりあのおんなのプライドが高すぎるゆえだ。はっきり言って扱いづらいおんなだ」


「で、でも、それは䍃璃様だけで、わたしはそんなにプライドなんて高くないし、勉強だってそこそこだし…、そ!それが良いと言ってるわけじゃないけど、わたしなら、亳杓くんのプライドを傷つけないし、可愛いおんなのこでいられる自信があるよ!!」


「…そう言ってもらえるのはありがたいが、本当に今、そう言った理由に関わらず、おんなと付き合う気はないのだ。すまない」


「そう…わかった…」


ピシャン…。


静に理科室の扉が閉まる。





「…よくできました」


「䍃璃。…中々ハードな芝居をさせるな」


「楽しくない?」


「うむ。しかし、やはりおんなを傷つけるのは性に合わないところはあるが…」


「本当に亳杓は優しいね。わたしなんて、おとこにどう冷たくするか、それを考えるのが楽しい」


「…最近思うのだが、䍃璃は時々歪んでいるな」


「まぁね。今頃気付いたの?」


「そうだな。おれとの関係を隠そうとした時点で、䍃璃はかなり歪んでいたのかも知れん」


「ふふふ。その前からだよ」


「ん?」


「だって、わたし、死のうとしたのよ?本当に歪んでる…」


䍃璃は、打って変わって、暗い顔をする。


「䍃璃…」


心配そうに、亳杓は呟く。



★★★★★



「䍃璃、あなたは特別よ。だって、小学3年生で、中学3年の数学が解けるんだから。それにとても美人。もうパパもママも鼻が高いわ」


「うん!わたし、ぜったい偉い学者になるの!!」


その頃は、まだ、䍃璃は、いなかった。父親と母親の期待に応えるべく、毎日毎日勉強をし、ピアノを嗜み、生まれつき、機転が利く、そんな子供だった。


それが何故、高校に上がって数週間で屋上の淵に立ったのか…。それは、どうしようもない空虚からだった。周りの人間は、自分を特別扱いしかしてくれない。どんなにになりたくても、どんなにおんなのこになりたくても、歳を重ねてゆくのと同時に、育ってゆくプライドと、たまってゆく疲労感。期待に応えなければならない、と言う完全主義からくるプレッシャー。


それを、助けてくれたのが、あの日の亳杓だったのだ。


その亳杓を、誰にも取られたくない。本当の亳杓を誰にも見られたくない。



ひみつ。ひみつ。ひみつ…。



それが、䍃璃の、愛情表現なのだ。

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