第7話 ふたりになりたい

「いいわ。じゃあ、わたしは、ふたりのことを公表する!!」


「「えぇえ!!??」


「い、いいのか?大戦争が起きるのではないのか?」


「もう、そんなことを言ってる場合じゃない。祥子がいじめられるくらいなら、わたしはもう堂々と交際を宣言する!!」



★★★★★



「クラス委員から、なにか生徒たちに伝えたいことがあるんだと。みんな、このホームルームは、伯爵と百合の話に時間に充てる」


担任の眞純恵まずみけいが、そう言うと、壇上から降り、机に座った。生徒たちは、ひそひそとなにがはじまるのか…と、ざわついている。


「わたし、伯爵䍃璃と、百合亳杓は、付き合ってます」


「「「「えぇぇぇぇぇぇええええええ!!!???」」」」


クラス中の生徒の声が、恐らくは学校中に轟くほどの轟音だったに違いない。


「今まで、黙っていましたが、わたしの屋上惨事事件のこと、皆さんご存知ですよね?あれは、すべて事実です。優等生で、この容姿で、皆さんには男女隔てなく仲良くしていただいてきました。しかし、わたしはいつも孤独でした」


最初、驚きと、一瞬の蔑み、妬みも感じられた空気が、少しずつ解かれてゆく。


「クラス委員に選ばれ、これから、また中学と同じ勉学と慌ただしい告白の生活が始まってゆくのだ、と思うと、ただただ、死にたくなったのです。その時このおとこが助けてくれたのです…」


少しずつ、少しずつ、䍃璃の声が震え、涙声になる。


「おれは、助けたつもりはなかった。おれはただ、このおんなを死なせたくなかっただけだ。すきなおんなに生きてて欲しいと言うのは、とうぜんのことだ」


『すきなおんな』と言う言葉に、クラスのおんなが、自分が言われているわけでもないのに、少し嬉しそうだ。なんたる想像力の豊かさだろうか…。


「だから、皆さん、わたしと、このおとことの交際を、みとめてはもらえないでしょうか?」


「「「「「…」」」」」


重たい沈黙がクラスを包む。おとこは、䍃璃のことがすきだし、おんなは、亳杓のことがすきだ。それを、同時に失うのは、この世から、○ニーズとももいろ○ローバーZがいなくなるようなものだ。


「良いと思う!!」


ガタンッ!!と勢いよく、祥子が立ち上がり、叫んだ。


「だって、仕方ないじゃん!!みんなすきなひとにはすかれたいし、すきなひとにすかれたら、つきあうっていうのが、普通の流れでしょ?それを、䍃璃と亳杓だけ特別扱いして、困らせるのは違うと思う!!」


「「「…」」」


クラス内が、一気に静かになる。


『祥子…』


䍃璃と亳杓は、祥子の言葉にとても感謝した。祥子は、怖かっただろう。きっと、またいじめられたら…という恐怖心は、拭えないはずだ。それなのに、ふたりをかばってくれる。祥子は、本当に優しいおんなだ。


「みんな、私は教師として、言っておかなきゃね…。伯爵さんと百合くんのことは、一生さんの言う通り、誰かが邪魔したり、ごねたり、妬んだり、否定したりしていいものではありません。ちゃんと、認めてあげて、伯爵さんが、二度と悲しい気持ちにならないように、ふたりを見守ってあげるべきではないですか?」


その眞純の言葉に、多分、『仕方ないか…』と言う意味だと思われる、溜息が教室をいっぱいにした。


★★★★★


「䍃璃様!おはようございます!!」


「おはようございます」


「䍃璃様!今日も奇麗ですね!!」


「それはありがとうございます」


次の日から、䍃璃は、何だか知らないが、いちいちおとこから声をかけられた。



「はい。おはよ…」


䍃璃は、その声に振り返った。


「䍃璃よ、䍃璃は人気者だな。また、変な気を起こすなよ?」


「亳杓…」


声をかけて来たのは、亳杓だった、ちょっといたずらをしてみたかったのもあるのだろうが、不器用でも、優しい亳杓は、䍃璃のことが心配でならなかった。


「…大丈夫よ、亳杓。少し、最近眠れていないの。ただ、それだけよ…」


「やはり…元気がないな…。䍃璃らしくもない…。おんなからいじめにでもあったのか?それならばおれがすぐに…」


「いいえ。誰も、何も、言ってこないし、してこないよ」


「なら良いのだが…」


「…」


それなのに、䍃璃は、とても元気がない。なぜだろう?亳杓は、どうしたものか、と頭を悩ませる日々が始まった。



★★★★★



「祥子!今日、䍃璃を、見かけなかったか?」


「あ、おはよう、亳杓。䍃璃は見てないけど…」


(ま!まさか!)


亳杓は、慌てて屋上に駆けあがった。


「䍃璃!!」


「…亳杓…」


「馬鹿なことはやめるのだ。おれはおまえがすきだぞ。いつまでも、うんとだ。䍃璃が苦しむのなら、おれもともに苦しもう。䍃璃が悲しむのなら、おれもともに悲しもう。だから、頼む。そこから…、そこ…から…?」


そこには、コンビニで買ったミルクを、ちゅーっとストローで吸っている䍃璃がいた。


「一体何事?」


「…あ、いや…また、屋上の淵に足をかけているのかと…」


「あははは!違う違う!!大丈夫よ。わたしは元気」


「そ、そうか?しかし、今、誰もおらぬから、ちょうどいい。聞くが、最近䍃璃は元気がない。なぜなのだ?おれのことがきらいになったのか?」


「そんなこと、あるはずないでしょ。ただ、緊張感が抜けただけよ」


「き…緊張感…とな?」


「わたし、自分が思ってたより、ずっとひみつを楽しんでたみたい。困ることばかりだなぁって思ってたのに、いざ、公表すると、なぁあんにも反響が無いんだもん」


「そ、そうか…。しかし、それはいいことではないか」


「そう?亳杓はちっともつまらなくはない?」


「…そう…言われると、今まではふたりにしないでほしい、と思っていた。愛おしさが爆発してしまうからな。しかし、今は、ふたりになりたい。あまりに皆が肯定的で、一緒にいても何も言わない。隠れる必要が無くなってしまった…」


「…そう。そういうことよ。ないものねだりってやつね」



ふたりは、ふたりのひみつを、また作りたくなるのだった。

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