第4話 第一王女を失脚させます!

 エリス様はお優しく清廉で慈悲深く、大変すばらしい御令嬢であることに、疑いの余地は微塵もないのですが、少しばかし溌剌が過ぎること――言葉を選ばなければお転婆であらせられる欠点がございました。


 またそれが転じて悪戯に走ることもしばしばございまして、気まぐれにわたしにメイドの恰好をさせて来客の対応をさせたことも何度かございました。

 わたしはエリス様の忠実なしもべであると同時に、オズヴァルド様より諜報・潜入・変装・暗殺等の教育を施されており、メイドの真似事をすることは容易でございます。


 完璧にメイドの仕事をこなすわたしに、来客の御仁は――


「いやはや、流石はエリス様。召し抱えられるメイドの腕も一流でございますな。この紅茶も大変美味で、是非わたくしめの屋敷に連れて帰りたいくらいでございますよ、がはは」


 ――と、わたしが男であることなど微塵も疑っていないご様子で、それがおかしくてエリス様はクスクスと笑い、わたしも「恐れ入ります」と首を垂らしながら、エリス様にのみ見える角度で、ニヤリと笑みを返すのでした。


「お褒め頂き光栄ですわ伯爵。でもダメよ。ノアは私だけの大切な使用人なのですもの。誰の所にも寄越すつもりはないわ」


 そういってエリス様はそのしなやかで美しい指を、わたしの指に絡ませ伯爵様に見せつけました。

 最後まで伯爵様は、わたしが男だとは気付いていないご様子で、伯爵様が御帰宅なさったあとも、そのことを思い出してはエリス様とクスクス笑いあうのでした。


 それはとても幸せなひと時で、永遠に続けばいいのにと、そう思うのでした。

 そして、それを可能な限り永遠に近づけるため、わたしは今日も暗躍します。



***



 エリス様の父君、オズヴァルド公爵様が下した次なる指令は、第一王女コルネリア・ファルケン・ヴィゲンリヒト公爵令嬢の失脚でございました。

 当初は暗殺とのことでしたが、コルネリア様の近辺警護があまりにも強固であるため、殺害は容易ではないというオズヴァルド様の判断からです。


 そういうわけで、第一王子フランクリ様を暗殺するために男娼に変装したように、またはエリス様の悪戯に付き合ってメイドに偽装したように、今回もまた、鍛えた変装術を遺憾なく発揮し、わたしは貴族令嬢の着るようなドレスを身にまとい、社交界へと潜入いたしました。


 コルネリア様の父君、ファルケン公爵家の御殿にて開催された今宵の社交界には、非常に多くの貴人達が参加なされ、主催したファルケン公爵でさえ、参加者全員の顔を把握していない程です。

 オズヴァルド様の手引きもあり、そこに小娘の恰好をした小僧が一人入り込むことはさして難しいことではありませんでした。


 社交界は至る所に贅が施されており、そこで給仕する使用人の動きもまた洗練されており、同じ使用人として関心してしまう程でございますが、いつまでも呆けている訳には参りません。


「失礼、飲み物を頂いても?」


「はい、勿論にございます」


 丁度目に入った給仕係から飲み物が注がれたグラスを受け取り、ゆっくりと、自然な動作でターゲットに近づく。


 鳶色の髪を腰まで伸ばし、紫色のドレスを召した美女は、丁度一人で時間を持て余したようでした。

 すれ違い様にわざとぶつかり、その衝撃で零れてしまったというように、手に持った飲み物でわたしのドレスを汚します。


「きゃっ!」


 生娘のような声をあげるわたしに、コルネリア様は、


「まあ大変! 大丈夫かしら? ごめんなさい、少しぼんやりとしていたわ」


 と、胸元を濡らしたわたしの身を案じて下さいます。


「とんでもございません。わたしの方がぼんやりとしていたのです。ああ、コルネリア様になんとご無礼を……大変申し訳ございません。しかし良かった、コルネリア様のお召し物は汚れずに済んだようですわ」


「このままでは身体を冷やしてしまうわ。こっちにいらっしゃい。着替えを用意させるわ」


「そんな、恐れ多いですわ」


「気にしないで頂戴。さあ、立てるかしら?」


「では、お言葉に甘えて」


 ファルケン公爵様は非常に疑り深い方と聞いておりますが、しかしまあ、娘のコルネリア様の純粋さといったらお可愛いことで、こうも易々とコルネリア様と接近できるとは、自分で謀っておいてなんですが、少し驚いてしまいました。


 コルネリア様は社交界の大広間から、別室へとわたしを案内すると、メイドを使って代わりのドレスを用意して下さいました。


「お着換えのお手伝いをさせて頂きます」


 メイドの方々が、わたしのドレスを脱がそうとして触れる、その瞬間、わたしは「ひぃっ!?」と小さく悲鳴をあげます。


「どうしたのかしら?」


「申し訳ございません。コルネリア様、実はわたし、他人に触れられることが恐ろしく感じてしまうのです」


「まあ、それは……では普段どうやって着替えをしているのかしら?」


「はい、幼い頃より世話をしてくれた専属のメイドだけは、唯一心を許すことが出来るのですが、それ以外の方に触れられると、その……過去のトラウマが蘇り、恐怖で身がすくんでしまうのです」


「そんな……きっと相当恐ろしい目に遭ったのね、可哀想に。そうだわ、寝巻なら一人でも着られるんじゃないかしら? 落ち着くまで、わたしの部屋にいらっしゃいな」


「そこまでしていただく訳には参りませんわ」


「いいのよ。それにね、私も少し退屈だったのよ。丁度抜け出したいと思っていたの」


 コルネリア様に連れられ、コルネリア様の私室に案内されます。

 そこでわたしは薄絹の寝巻に着替え、同様にラフな恰好に着替えたコルネリア様とベッドの上に座ります。


 わたしは改めてコルネリア様に自己紹介をしましたが、無論それは偽の経歴で、隣国から来賓として来た侯爵家の令嬢だと告げましたが、コルネリア様はそれを鵜呑みにし、「外国からはるばる来てくれたのね。長旅大変だったでしょう」と労いの言葉をかけて下さいました。


 そこでしばらくの間この国に滞在すると告げると、「それなら後日またうちに遊びに来てくれるかしら。私達いいお友達になれると思うのだけれど」と仰るので、わたしは二つ返事で了承しました。


「その、コルネリア様はどうしてそんな、今日会ったばかりのわたしにここまで良くしてくださるのですか?」


「それはそうね……多分、妹に似てるからだと思うわ」


「妹君がいらっしゃるのですね」


「エリスって言うのよ。父親違いなのだけれど、とても可愛い、愛しい妹よ。あなたはエリスに少し似ているから、その綺麗な琥珀色の髪もね」


「コルネリア様はエリス様のことを大切に思っていられるのですね」


「そうよ。私がエリスの姉で良かったと思うくらい」


「それはどういう……?」


 コルネリア様はわたしの質問に、遠い目をし、しばし逡巡したあと、ゆっくりと答えます。


「もしエリスの方が姉だったら、私が王位を継ぐために、あの子を殺さないといけなかったから。でも今は私が王位継承権一位だから、わたしが生きている限り、他の子は死なずに済むわ。だから、妹達を守るために、私は王位を継ぐまで生き残らないといけないの。玉座を奪い合うために、きょうだいで殺しあうなんて、とても馬鹿げているとは思わない?」


「コルネリア様は、とても慈悲深いお方なのですね」


「臆病なだけよ。人を傷つけるのが、自分が傷つくより怖いだけ」


 ああ、本当に、本当にあなたは優しく、慈悲深く――そして愚かだ。


 どうしてあなたが、その愛して止まない妹達から殺意を向けられているのが分からないのか。

 どうしてあなたの喉元にはすでに、鋭利なナイフが突きつけられていることにどうして気付かないのか。

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