第3話 第一王子を毒殺します!
エリス様の暗殺未遂。
それはお年を召した女王陛下に成り代わり、たった一つの玉座を奪い合うための戦いが本格的に始まったことを意味します。
先日屋敷を襲った賊は、王位継承権を持つエリス様を殺害するための、他の王族が差し向けた刺客であることは疑いようがありません。
故にオズヴァルド様もまた、エリス様に王位を継承すべく、攻めの姿勢を示しました。
「ノア君。孤児だった君を救いあげた恩、今こそ返す時だと思わないかね?」
「我が忠義は元よりエリス様の為にございます。なんなりとご命令を」
かくしてオズヴァルド様がわたしに出した命とは、第一王子にして王位継承権一位を持つフランクリ・パルメリ・ヴィゲンリヒト公爵令息の暗殺でした。
しかし既に、エリス様の暗殺未遂事件は王族の間では周知の事実であり、屋敷の警備が非常に厳重に強化されていることは想像に堅くありません。
事実ティーガ家の衛兵の数も、あれから倍に増えました。
そこでオズヴァルド様が出した提案とは、フランクリ様の女癖ならぬ男癖の悪さを利用したものでした。
第一王子フランクリ様は、女性の恰好をした少年でしか性的興奮を覚えることが出来ない特殊な嗜好を持つ御仁であり、その遊び癖の悪さは王宮内でも有名だそうです。
そこでわたしは髪を伸ばし、下男の使用人服に変わって露出の高いドレスを身にまとい、男娼としてフランクリ様の寝室へと潜り込むことに成功しました。
勿論、潜入するためにオズヴァルド様に諸々の手引きをして頂きましたが。
「おお! 噂通りとても可愛らしい少年だ! それにその綺麗な琥珀色の髪、妹のエリスそっくりだ!」
「恐れ入ります」
フランクリ様はただ幼い少年であれば誰でもいい訳ではなく、少女よりも愛らしい顔の少年でなければ興奮出来ない困った悪癖をお持ちでした。
第一王子がこのような遊び人かつ歪んだ性癖を持っていては、王位を継承したとしても世継ぎを作れるかどうか不安ではありますが、まあ、どうせここで死ぬのですから杞憂というものでありましょう。
フランクリ様は未だ排尿機能しか持っていないわたしの男性器にしゃぶりつき、端正な顔を欲望に歪めます。
しかししばらくするとどうしたことでしょう。
フランクリ様の顔から血の気が失せていき、泡を噴いてベッドの上で倒れ込みます。
「あっ……がっ……!」
「申し訳ございませんフランクリ様。我が主の命により、その命頂戴に参りました」
「お、お前は……何者だ……っ!?」
「ティーガ家の使用人、ノア・シュールと申します」
「は、謀ったな……!」
フランクリ様は助けを呼ぼうともがきますが、既に時遅し。
わたしの男性器に塗っていた毒が体内を巡り、死亡します。
常人であれば、毒を塗った側もただでは済みませんが、毒に耐性のあるわたしにすれば、この程度苦でもありません。
毒を飲み、毒を纏いて、蜜と偽る。
かくして第一王子並びにパルメリ家は継承争いから外れ、エリス様の王位継承権は五位から四位へと繰り上がるのでした。
――後日。
「やっぱりノアの入れる紅茶は蜂蜜たっぷりで美味しいわ」
わたしの淹れる紅茶を、エリス様は幸せそうな顔で飲んで下さいます。
その笑顔をわたしに向けて頂くだけで、わたしの幸せであり、エリス様のためならば、例えこの身が汚れようが穢れようが構いはしません。
王宮に蔓延るその穢れ、それがいかに猛毒であろうと、その全てを飲み込む所存でございます。
全ては、エリス様の幸せのため。
「ほら、ノアも飲んで。美味しいわよ」
「では、一杯だけ。オズヴァルド様には御内密に」
「勿論よ!」
エリス様に勧められ、蜂蜜のたっぷり入った紅茶を飲む。
ああ、甘い。まるでエリス様のことを思いながら飲む激毒のように。
胃の中に落ちた蜜が、毒と混ざり溶けていく。
残る王族はあと三人。
***
十四歳になったエリス様は日に日に増していくその美貌でもって、多数の貴族の心を掴んで離しませんでした。
白皙の肌は一点の曇りなく輝き、毎日エリス様のご尊顔を拝謁しているわたしでさえ、真正面からエリス様に見つめられると、思わず目を反らしてしまう程でございました。
唯一の欠点をあげるとすれば、王族にしては少しばかし慎みが足らず、溌剌とし過ぎている所でございましょうか。
無論それもまたエリス様の魅力の一つであることに変わりありませんが、オズヴァルド様の悩みの種であることに変わりありませんでした。
オズヴァルド様からは「ノア君が甘やかすから、とんだお転婆姫に育ってしまったよ」とお小言を頂戴してしまいましたが、あながち否定も出来ないので、己の使用人としての不甲斐なさを恥じ入るばかりでございます。
そんなエリス様も、他の貴族令嬢の例に漏れることなく、社交界の場に参席するようになり、浮世離れした美貌で数多の貴族を魅了しておりました。
「ティーガ家のエリス様ももう十四歳か。お美しくなられた」
「現陛下も女王であらせられるし、やはり王位を継ぐのはエリス様になるのかしらねぇ」
「いやはや、六年前にフランクリ様がお亡くなりになったとはいえ、エリス様の王位継承権は未だ五位。それはいささか言い過ぎかと思いますな」
「となると、順当に考えれば王位を継ぐのは、フランクリ様に変わり王位継承権一位になられたコルネリア・ファルケン・ヴィゲンリヒト第一王女でしょうかね」
「それもまた尚早かと。フランクリ様の死因が毒殺であることは周知の事実。コルネリア様の御身が無事である保障など、どこにもございませんからな」
「こらこら、縁起でもないことを言うべきではありませんよ。今日の席にはコルネリア様も参加しておられるのです、もし今の言葉を聞かれでもしたら……」
「ほほほ、こりゃまた失敬」
社交界開場で繰り広げられる下品な会話は、しかしその喧騒でエリス様に届くことはなく、暗殺術を身に着け特殊な訓練で聴力を鍛えたわたしにのみ届きます。
やはり、聞いていて気分のいい内容ではありません。
「エリス様、なにかお飲み物をお持ちしましょうか?」
「いいえ、平気よ。それよりわたし、色んな人を声をかけられて少し疲れちゃった、少し休みたいわ」
「ではあちらのテラスへ参りましょう。丁度他に利用者もおりませんので、足を休めるのに丁度良いかと」
「そうね。外の空気も吸いたいし、とても良いアイデアだわ」
社交界におけるエリス様の護衛も兼ねるわたしは、いつもの下男が身にまとう使用人服ではなく、上質な燕尾服を纏い、エリス様をテラスへと案内します。
品位を纏った貴人達の集う社交界と言えば聞こえはいいが、そこで繰り広げられる会話は薄汚く、聞くに堪えないものばかりで、エリス様の耳に入れて良い内容ではありません。
常に周囲に気をくばり、警戒を怠ってはならない、そう自分に言い聞かせます。
「あら、探したわよエリス。久しぶりね」
「まあ! コルネリアお姉さま! ご無沙汰しておりますわ!」
エリス様とお近づきになりたい無数の貴族も、テラスで休んでいるのを見ると流石に身を弁え遠慮していたのですが、そんなエリス様に近づく貴人が一人。
明るい鳶色の髪を背まで伸ばした美しい女性。
エリス様の姉君であり、フランクリ様が死去されたことで繰り上がり、現在王位継承権一位にして、第一王女であらせられるコルネリア・ファルケン・ヴィゲンリヒト様でございました。
「お姉さまに紹介するわ! 私の大切な使用人のノアよ!」
「お初にお目にかかります、コルネリア様。ティーガ家の使用人、ノア・シュールと申します」
「あら、可愛らしい執事さんだこと、エリスのこと、よろしく頼んだわよ」
はい、言われなくとも。
彼女こそ――オズヴァルド様より命じられた、次の暗殺対象。
溢れる殺意を、そっと胸の奥に押し込み、滲みだす毒を、無害な蜜と偽って、やうやうしく首を垂らすのでした。
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