情報屋と冒険者ギルド

 ホテルの部屋は大して広くない。当たり前だけど。なんとなく手狭いと感じたのはきっと、日本のホテルよりも一回り小さい部屋だったからだろう。この世界には魔法が存在する。すなわち、水魔法で済ませられるために風呂がないのだ。

 ちなみに、水の属性がない者は湯屋に行く。水魔法と火魔法の組み合わせで簡易的な風呂場を提供しているのだとか。わたしもフォゼも全属性だからそんな心配する必要はないんだけどね。

 そういうわけで、部屋にあるのはダブルシングルベッドと机、椅子だけ。大浴場__ホテルにも別料金で入ることができるところがある__とトイレは共用のために部屋には完備されていないのだ。必要最低限のものしかないんだから部屋が狭いのも頷けるよね。


 部屋を確認したら鍵をかけて情報屋に行く。ホテルからそう離れた場所じゃなかったみたいで、ものの数分でたどり着いた。

 カラン、カランと音を立ててドアを開く。奥に一人の男が座っていた。彼が情報屋なのだろう。

「いらっしゃい」

「単刀直入に聞く。……虹の橋について知っているか?」

 虹の橋? そんなメルヘンチックな単語が出てくるとは思わなかった。ここはたしかにファンタジーな世界だけど、魔物モンスターはいるわ呪いは存在するわで結構危険だと思ってたんだけど。

「虹の橋? そりゃまた珍しいモンを……。そうだな、知らないことはないが知っているとも言いがてぇな。この話を振るってことはあんたも情報の程度はわかっているんじゃねぇのか?」

「ああ、わかってはいる」

 それでも、情報を求めてるんだよ。そう呟くフォゼの背中は、いつもの頼れるものではなくて弱々しく感じた。焦っているようで、見ているだけで切なくなる。

 __待ってる人がいるのかって言ってたとき、フォゼはちょっと悲しそうで羨ましそうだったけど、わたしからしてみれば「大事にしたい人」がいるのがいいなって思うよ。大事にしたい人。わたしにとって、來亜がそうだった。そんな彼女との関係は日を重ねるごとに悪化していき、わたしが大事にしたいと思っていた來亜は消えた。

 もちろん、家族__父さんと母さん__のことだって大切だ。だけど、そういうことじゃない。わたしを慕ってくれて、それゆえに助けたり、守ったりしたくなる人。そんな存在がいるのは羨ましく思うんだ。


「何でもいい、知っていることはないか?」

 フォゼの声で意識が引き戻された。

「一つだけ有力な情報があるが……。この情報は高ぇぞ?」

「構わない。普通は金でも買えない情報だろ」

 換金してお金も増えたし、そもそもわたしと会う前にもかなり稼いでただろうしねぇ。重要な情報らしいし、買えるなら買うべきか。地球あっちもそうだけど、リクシネッサこっちではさらに情報が大切だからね。

「島の名前だ。場所は知らねぇ。……幻島パラディっていうらしいぞ」

 ふうん? 場所がわからないと意味なくない?

「なるほど……。参考になるな」

 あ、意味あったみたいです。

「他は大したものはねぇ。虹が生まれる場所で、どこにあるかは不明、聖なる気に満ちているっつぅことぐれぇか。虹の橋について聞いてる時点でそれくらいは知ってると思うが」

「……まあな」

 わたしは知らなかったから言ってくれたの助かるけど。っていうか、虹が生まれる場所って何? 水の粒子と光の屈折でできるものじゃなかったっけ?

「ま、ワケアリだろーし、ほんのちょいとではあるが安くしてやるよ。一八ルク三〇〇チャルでどうだ」

 たっか。安くしてこれならぼったくりを疑うよ。わたしのお小遣いの九倍以上の金額なんだけど。まあ、情報の値段の相場なんて知らないからなんとも言えないんだけどね。

 フォゼは四次元カトルディメンションバッグから一九ルクを取り出してカウンターに置き、そのままわたしの手を引いて店を出た。

「フォゼ? お釣りはいいの?」

「そんなもの、別にいい」

 太っ腹だなぁ。七〇〇チャルって結構な額だよ? ファーロッタ三皿買っても一〇〇チャル余るくらいだよ? 一日の食費を賄える額なのに……。

 そのときのわたしは知らなかった。フォゼが言っていた時間制限タイムリミットを甘く見ていたのだ。時間がないから、フォゼはお釣りを受け取る僅かな時間も無駄にしたくなかったのである。


「さて、情報も得たし宿に戻って明日の出発に備えてもいいんだが……。レサルは冒険者の資格を取っておいたほうがいいし、冒険者ギルドにでも行くか」

 わーぉ、冒険者ギルド。異世界あるある単語来たー! 実際異世界なんだからあるあるも何もないんだけど。現実なわけだからね。

 中央広場まで戻って、左の道に出る。一番最初に通った道の向かいの道だ。しばらく歩いていくと大きな建物が見えてきた。多分だけど、あれが冒険者ギルド。だってギルドは目立つものでしょ?

「ここだ」

 フォゼが立ち止まったのは、予想通りの建物の前だった。真っ白で、西洋のもののような立派な外観。なんか、威圧感を感じる。イメージのままのギルドだった。

 ガタン、と重々しくドアが開く。次の瞬間、わっと熱気に包まれた。冒険者たちの暑苦しいほどの空気感に気圧されて鳥肌が立つ。わたしが唖然としている間に、フォゼはさっさとカウンターに向かっていた。

「あの野郎、あとから入ってきたくせに抜かしやがって」

「待て待て待て待て! 落ち着けって。あの人、十二秀宝石ドゥーズリトス一柱ひとりだぞ!?」

 十二秀宝石ドゥーズリトス? ランクか何かかな。あんな反応されてるって、相当なレベルじゃない? フォゼってやっぱりすごいなぁ……。

「本日はどのようなご入用でしょうか」

「新規冒険者登録を頼みたい」

「かしこまりました。では、この書類をお願い致します」

 受付の女性に渡されたそれは、フォゼ経由でわたしに渡される。

 えーと? 歳は一五でいいとして。出身地? 地球の日本ですけども。

「……どーしよ、フォゼ」

「アートラ地方、山奥の一軒家__とでも書いておけ」

 ヒソヒソと訪ねたら、真実味のある答えが返ってきた。言われた通りの言葉を書く。そういえば、喋ったり書いたりしてるけど、これ日本語じゃないね、当たり前だけど。違う世界なんだもん。まあ、不思議な力が働いてるのかな? 考えたら負けな気がする。

 書類を書き終わって受付に提出する。それで登録は終わりだ。冒険者段階ランクは、一番下。水晶クリスタル煙水晶スモーキークォーツ。これからの経験で上がっていくんだろう。

 冒険者って響きは、理由わけもなくワクワクしてくる。どうせなら、帰るまでは楽しんでしまおうとわたしはこっそり決めたのだった。

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巫女の異世界転移録 江蓮蒼月 @eren-sougetu

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