異世界人の認識

 意味深に会話を打ち切って、フォゼは小屋に入っていった。

 そして雲ベッド__寝心地を最優先にしたらこうなった__に腰掛ける。数秒後、そのままパタリと倒れ込んで寝息を立て始めた。閉じられた瞳から一筋、滴が流れて雲に溶けた。

 色々、限界だったのだろう。わたしが意図せず巻き込んで疲れさせたこともそうだけど、何よりもあのとき瞳の奥に見た暗さ。何を背負っているんだろう。苦しそうで、辛そうで。それなのに泣くことすらもできない人の瞳だった。

 起きているときには強張っていた顔は、年相応の穏やかな寝顔に変わっていた。きっと、本来の彼の姿はこっちなんだろう。

 わたしも眠いや。色々ありすぎて身体はぐったりだ。それに雲ベットの包囲力もあいまって、わたしの意識はすぐに途切れた。


 朝。簡易なために窓のないログハウスの中が、木と木のほんのわずかな隙間から朝日が差し込んで部屋を照らされる。その明るさに、わたしは目を覚ました。

 隣のベッドに寝ていたはずのフォゼはいない。もう起きたの!? こっちの世界でも時間は変わらなかったはず。一日は二四時間、一時間は六〇分、一分は六〇秒。わたしはいつも五時に起きるから、今はそれくらいの時間のはず。……マジでいつ起きたの!? 早すぎない?

 外に出ると、フォゼが朝食の支度をしていた。焚き火と、鍋。焚き火はともかく、鍋はどうやって出したんだろ。まあ、いいや。異世界なんてこっちの常識が通じるわけないんだから、考えたら負けだ。

 くぅ〜っと情けなくお腹が鳴った。そういえば、昨日の夜は何も食べずに寝ちゃったんだった。そりゃ、空腹にもなるよね。

「フォゼ、おはよ」

「レサル!? ずいぶん早起きなんだな」

 完全にブーメランなんだけど。

「そう言うフォゼはいつ起きたのよ……」

「夜明けと同時だ」

 想像以上に早かった。身体もつの? まさか、いつもそのくらいの時間に起きてるなんてことは……?

「いつもと同じくらいだな」

 心を読んだかのように続けられた言葉に、わたしはやっぱりか、と思う。だってそんな感じがしたもん。フォゼの反応が。


「ほら」

 差し出された器には、肉の欠片が浮かんだスープが入っていた。鍋で煮込んでいたものだ。わたしは、乾燥させた硬いパンとともに渡されたそれを受け取った。

「いいの?」

「ああ。そもそも、生きるためには食べないとだろ。……俺は嫌ってほど知ってるからな」

 含みをもたせた物言い。まただ。彼はどこか暗い感じが拭いきれない。むやみに首を突っ込むほどではないけど、気になるものは気になる。

「じゃあ、ありがたくいただきます」

 お礼は言ったものの、肉が煮込まれたスープとそれに浸して食べるのだろう乾燥させたパンなんて、普段の__日本の朝食ではありえない。日本はいい意味でも悪い意味でも食料が豊富だったからだ。

 でも、わたしは身体がこういう食事を欲しているとわかった。余程スタミナをつけないと生きていけないことを身体が理解したのか、魔力消費とその回復に体力を奪われたのか。慣れるしかない。帰りたくても、帰れないのだから。

 スープを口に運ぶ。ほろりとした肉と塩の旨味が広がった。

「……おいしい」

 素朴な味だ。それがいい。少し塩辛いくらいの肉の味。たったそれだけの味だけど、だからこそ落ち着く。

「そういえばさ、フォゼは何歳?」

「十六。レサルは?」

 負けたぁ! フォゼの方がお兄ちゃんじゃん。

「十五歳。冬になったら追いつくもん」

 はふ、とスープを食べながら言うと、彼は小さく笑った。

「俺は秋に十七になるけど」

 追いつけないじゃん!


「ねえ、フォゼはどうして旅に出てるの? なにか目的でもあるの?」

「__ある」

 長い間のあとに一言だけ返ってきたのは肯定の言葉だった。

「俺は、あいつを助けないといけないんだ。俺のせいであいつは……っ」

 吐き捨てる彼の表情は硬い。焦っているようにも見えるし、苛立っているようにも見える。

「フォゼ……」

 言葉は上手く形を成さず、そのために不自然に言葉は区切られて止まった。

 ピリ、とひりついた空気は居心地が悪い。

「それよりも」

 フォゼも同じことを感じたのか、ふうっと深呼吸をして話を切り出してきた。

「異世界人というのは、この世界ではあまり知られていない。知っているのは限られた者たちだけだ。俺も一応その中の一人だが、ほとんど何も知らない。ただ、帰るのは難しいってことは知ってる。それでもレサルは元の世界に帰りたいのか?」

「__帰りたい。帰らなきゃいけないの。父さんと母さんが待ってるから。どんな手段もいとわない」

「そうか……。待っている人がいるんだな」

 自分には待っていてくれる人がいないような言葉だった。

 フォゼは腕を組んで、右の人差し指で二の腕をトントンと叩く。何か考え込んでいる様子に、わたしも口を噤む。静かな時間が流れた。

「俺も、目的は違えどリクシネッサを回る必要がある。一緒に来るか? 俺の私用を優先させる形にはなるけど、その後なら異世界に詳しい知り合いに話を聞くこともできる。俺より頼りになると思うぞ」

 いいかもしれない。フォゼもずいぶん頼りになると思うんだけどな。

 どうだ? とたずねてくるフォゼ。

「助かるよ」

 わたしが返事をした瞬間に、わたしたちが一緒に旅をすることが決定した。


「さて、そうと決まればちょっとした説明をしておこう」

 フォゼがそう前置きして、色々教えてくれた。

 この世界では異世界人という存在が知られてないから危険だということ。常識が全く通じないから、この世界で常識とされていることを頭に叩き込んだ。

 どうやら、この世界にはトップに君臨する三人がいるらしい。それぞれが世界単位の知識を持っていて、フォゼはその関係者だから異世界人という異色の存在を知っているそうだ。そして、その中の一人がわたしのような異世界人について詳しいらしい。

 わたしはその人に会って元の世界に帰るため、フォゼの私用に付き合うことにした。だって、何にせよフォゼがいないとわたしは何もできないからね。いざとなったら最終奥義も使えるし、わたしだって戦闘はできる。こうして、ウィンウィンな関係が始まったのだった。

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