閑話 フォゼ視点

「暗黒の闇よ、地獄の扉を開きなさい! 冥土之扉インフェルノ!」

 最終奥義……!? 辺り一帯を巻き込む大技が放たれた。すぐに箒を急旋回させて、技の範囲外に逃げる。直後、黒い穴がワイバーンの巨体を飲み込んだ。

 ワイバーンを撃破できたのはよかったが、これはまずいかもしれない。持病の魔力欠乏症の発作がおきかけている。すぐに腰のカバンに入れてある魔力回復のポーションを飲んで、どうにか目の前の少女の心配をはぐらかす。心配されるのは苦手だ。

 ふらりと揺れる足元にドキリとする。即効性のあるポーションは、飲んで一分ほどで効き始める。つまり、一分間は耐えなければならない。何もしていないのに減っていく魔力の変動は、意図して行っているわけではない分、身体に負荷がかかって気持ち悪い。

 グラグラと揺れるような頭も、ひっくり返りそうな胃も気にしているわけにはいかない。この少女は世界リクシネッサでは理解されていない、異世界人なのではないかという疑惑が生まれたのだ。少しではあるものの、知識のある自分が放っておくわけにはいかないんだと言い聞かせる。


「わたしは……レサル。助けてくれて、ありがとう。ごめんなさい、無理させちゃって……」

 俺はお礼なんて言われちゃいけない。そんな資格なんてないから。そう思うと、ズクリと胸が痛む。師匠が死ぬことになったのは、俺のせい。妹を守れなかったのも、俺のせい。あの日の光景が目の前に蘇る。心臓がバクバクと音をたてる。それすら煩わしい。

「あの、どうしたんですか?」

 一向に口を開かないのを心配したのか、少女が再び口を開く。心配されるのは苦手だ。

「いや、なんでもない。……俺はフォゼだ。」

 問いには答えずに返した。

 薬が効き出したのか、魔力が回復していく。減るときも増えるときも、魔力量の急激な変動が身体に堪えるのは変わらない。魔力酔いだ。魔力欠乏症のせいで目眩もする。それが治まるとドッと疲れが押し寄せてきた。

「さっきの戦い、巻き込んじゃって本当にごめんなさい。お詫び、させてください」

 詫びなんて必要ない。そう言ってやりたかった。けど、彼女の瞳がそれを許さなかった。一見気弱そうに見えるのに、その奥は固い意志がある緑色の瞳。色こそ違えど、妹に似た瞳は俺の心を抉る。そんな内心を押し隠して答えた。

「野宿するための支度をしてくれ」


「できました! こんなのでいいですか? 結界張って、警報の魔法もかけてありますし、大丈夫だと思うけど……」

 は? 普通に小屋建ってるんだけど。__間違いない、か。ここまで高度な魔法を練習もせずに使えるのは異世界人くらいだ。それを言ってしまえば、最終奥義を使ってた時点で気づいてたけど。

 ちゃんと話をしないとだな。けど、今日はもう無理だ。身体がだるくて仕方ないし、頭も回らない。……厄介な体質だ。

「あの、どこかダメですか?」

「いや、そうじゃない。……お前、異世界人だろう」

 はっとしたように瞳が見開かれる。

「そう、だけど……なんで?」

 どうしてわかったのか、と言葉を失った少女は瞳で問いかけてくる。

「さっきのは最終奥義だ。そうそう使えるものじゃない」

 言い切ることで、会話を打ち切る。

「それは、どういう__」

 言葉を取り戻して呟くレサルを無視して小屋に入る。

 正直、限界だ。座りたい。むしろ寝たい。

 小屋にはふわふわとした白いベッドが完備してあった。だから、やりすぎだろ。一晩泊まるだけだぞ? 宿屋と同等、いや、それ以上だ。

 俺はぐったりと雲のようなベッドに腰掛ける。包み込まれる感覚が緊張感を解いていく。こんな気持ちになるのは本当に久しぶりだ。__それこそ、あの日からずっと気を張っていたような気がする。もちろんリラックスしている余裕はないけど、今くらい少しだけ気を緩めてもいいかな……。


 目が覚めた。俺はいつから寝てた? 全く記憶がない。今になって気づいたけど、この小屋は安眠作用のある木を使って作られていた。だからか、三年半前から見ていた悪夢を見なかったのは。

 でも、それになぜか焦っている自分もいる。

 ……実際、焦っているからか。妹を__フォカを助けることができる時間制限タイムリミットはあと二二三日。七ヶ月と九日だ。一五〇〇日あった猶予は終わりかけていた。時間が過ぎていく一方で、三年半前から状況は何も変わっていない。

 フォカを助けるために虹の麓に咲くという幻花を求めて旅を始めた俺は、するべきことをないがしろにしている。そういう意味でも、残された時間はわずかだ。急がないと。

 レサルのことも考えないといけない。帰りたいと言われた場合はどうするか。俺では知識が足りない。有識者を頼るにはフォカを助けた後にしないとさらなる迷惑を掛けることになる。それは避けないといけない。

「どうすれば__っ!」

 胸に痛みが走って息が詰まる。そういえば、これも三年半前からだったか? いや、三年くらいだったかもしれない。月に一度、多くても二度起きる謎の痛み。すぐに治まるから放っといている。一度診てもらったこともあったけど、異常はなかったからだ。

 いつものように一瞬で痛みは引き、俺は外に出て食事の準備を始めることにした。


 腰のカバンから魔力安定剤を取り出す。カバンの口より小さいものなら無限に入る優れものだ。人より魔力が不安定な俺は、自分の身体に合うように調合した魔力安定剤を常に数十個入れている。

 いつもはこのウエストポーチを外してから寝ているけど、昨日はすっかり忘れていた。というより、気づいたら寝ていた。まあいい。異空間に繋がっているカバンは割れ物なんて言葉とは無縁だ。

 縮小魔法でカバンに入れていた鍋を取り出す。拡大魔法で元の大きさに戻してから、水魔法で鍋に水を満たした。その中に干し肉を入れて、火をつける。当然火の魔法だ。

 グツグツと沸騰を始めたら出汁が出ている合図だ。野菜でもあればよかったけど、日持ちのしないものは基本持ち歩かないから仕方ない。これで完成だ。

 俺にとってはお馴染みになった干し肉の出汁スープは塩辛くて、栄養バランスも良くはない。……異世界人であるレサルの口に合うといいけど。

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