◇2
貴族学院の卒業から数週間後、王城でパーティーが催されることになった。
王太子殿下と伯爵令嬢との婚約破棄と新しい婚約者の話は流れるように知れ渡った為、今回のパーティーで話題となる事は一目瞭然。
果たして、王宮のパーティに伯爵令嬢は参加するのか。その話で持ちきりだ。
「婚約を破棄された身で、王宮のパーティに来れるほどの図太さがあるとは思えませんわ」
「ですが、国王陛下主催です。来なければその話はこの社交界に広がってしまいます」
「まぁ、なんて可哀想なんでしょう」
このパーティーは国王陛下主催。だが、令嬢や令息が必ずしも来なければならないという決まりはない。だが、社交界の中で、成人した者は参加する事が暗黙のルールとなっているだけだ。
「あぁ、それより。皆様はもうご存じ? 国家商会の件」
「アルナルディ公爵様の事業の件ですわよね」
アルナルディ公爵家。
この国で唯一公爵という爵位を持つ家。
公爵家の当主は、社交界と関係を絶っている。国王陛下は、この件に関しては触れる事はない。それは何故か、この国は、アルナルディ公爵家がいなければ成り立たないからだ。
公爵家には、果実事業というものがある。果実の栽培は実に難しく、その技術を公爵家が独占しているのだ。
ワインや果実酒、料理にお菓子など、今この国では果実を使ったものが人気だ。
他にも、絹糸や宝石など様々な事業を拡大している。
その為、国王陛下と言えど、公爵家当主には強く言えず目を瞑っていることしか出来ないのだ。
「最近、新商品で《コンポート》というものを出したそうなの。わたくしも初めて食べた時には驚いてしまったわ!」
「私も購入いたしました! 桃を頂いたのですけれど、とっても美味しかったですわ」
「私はリンゴを頂いたのですが、お恥ずかしながら、あまりにも美味でしたので知らず知らずに食べ過ぎてしまいましたの」
「ふふ、その気持ちわかりますわ」
その日、令嬢の姿を見た者はいなかった。その出来事はすぐさま社交界に広がり貴族達の笑い者となってしまった。
学院卒業後、彼女は一度も姿を見せなかった。
だが、皆それを不思議に思わなかった。王太子に捨てられたのだから、そうなってしまうのは当然だ、と。
それから数か月後に行われる、王太子と婚約者の結婚式で、とんでもないことが起こったのである。
「共に歩み、生涯愛することを誓いますか」
「誓います」
「はい、誓います」
式は何事もなく行われた。パレードも盛大に行われ、披露宴へ。貴族達が集まり、今回の主役達に挨拶をと思う中、とある人物が会場に入ってきたのである。
周りはざわついていた。入ってきた人物は、今話題のあのご令嬢だったのだ。
だが、いつもと雰囲気が違う。いつもと違う装いだからだろうか。彼女は大人しいドレスを好んで着ていたが、今日は男性服のようなパンツドレスだった。
「王国の若き太陽、王太子殿下と妃殿下にご挨拶いたします。本日は誠におめでとうございます」
「ほぉ、君に祝いの言葉を直接貰えるとは思っていなかったよ」
「お久しぶりね。会えて嬉しいわ、フィファニアさん」
クスクスと笑い声が貴族達の方で聞こえてくる。中には、よく来れたものだ。元婚約者の結婚式なのだから泣いてしまうのでは? 本当、可哀想ね。といった声。
だが、彼女はこう言った。王太子妃に向けて。
「#もう__・・__#満足ですか」
と。
「王太子妃、次期王妃となる座。女性達が憧れる頂点の座。それを今日掴み取った。でも、傲慢な貴方はまだ満足していないようですね。次のターゲットはもうお決まりですか?」
「な、にを……」
「おい、王太子妃であるベルリーナに向かってなんて言いようだ!」
「ランラス侯爵と、とても仲がよろしいのだと耳にしました」
「ッ!?」
「それはもう、夜に待ち合わせをするほど。確か、つい4日前だったでしょうか。その日の夜もお会いしていましたよね。とっても楽しそうだったようで」
周りはざわついた。彼女と、民衆の中に紛れているランラス侯爵は顔を引きつらせていた。
「これから生まれてくる赤ちゃん、楽しみですね」
そんな彼女の一言で、二人は青ざめた顔をした。
「何をデタラメな事をッッッ!!!」
「そっそうですわっ!! 赤子だなんて……」
「あぁでも、生まれてくる赤ちゃんの父親が誰なのか。調べないと分かりませんね」
「なッ」
「ランラス侯爵か、リドリア伯爵子息、ドアトス侯爵子息のどなたかでしょうか。それとも、まだ候補がいらっしゃるのかも。……ね? 王太子妃様」
王太子妃は、もう反論することが出来ず身体を震わせることしか出来なかった。その様子を見た参加者達は、先程名前が出てきた者達から離れていく。
「そんな事ッ!! よく言えたなッ!! あり得ないではないか!! 王太子妃なのだぞ、ベルリーナはッ!!」
王太子はそう言うが、王太子妃の方はもう何も言うことが出来なかった。ここまでバレてしまっては、これから起こる事は分かり切っている。
反論しない王太子妃に不安を感じ始める王太子。
「……おいっミスリナス嬢ッ!! これは…」
「殿下、それは間違いですよ」
自分の話を遮った彼女を、王太子は睨みつけた。だが、彼女は、いつもと違った。いつも自分の顔色を窺っていた、彼女ではなかった。
「ミスリナス嬢ではありません。今の私は、アルナルディ公爵家当主、フィファニア・アルナルディです」
その一言で、周りは一層ざわついた。あの、全く表舞台に出てこなかったアルナルディ公爵だと?
「……ふざけるのも大概にしろ。そんな冗談を……」
だが、彼女はクスクスと笑った。
「これを見ても分からないとは。次期国王が聞いて呆れますね」
彼女の身に付ける、胸のブローチ。これは、公爵領でしか採る事の出来ないブルーダイヤモンド。そして、そこには確かに公爵家の家紋が刻まれていた。
「お前……何をした」
「お前、だなんて。そんな呼び方をされる筋合いはありませんよ」
「貴様ッッ!! 無礼だぞッッ!!」
衛兵ッッ!! こいつを連れ出せッッ!! そう警護兵に声をかけたが、動く前に制止の声がかかったのだ。
「馬鹿者ッッ!! 口を慎むのはお前の方だッッ!!」
その声は……
「え……」
「なっ!」
「王太子妃、いや、ベルリーナ・プトゥールを連れ出せ」
その声に、警備兵はすぐさま動き出し王太子妃の両腕を押さえた。抵抗し、デビット様ッッ!! と助けを求めるが強引に退場させられてしまった。
「すまなかった。息子達の無礼、我に免じて許してやってはくれぬか」
「今日はめでたい日ですからね、ただの冗談としておきましょう」
「ちっ父上ッ!!」
王太子、そしてその場にいた大勢の者達が耳を、目を疑った。それは、国王陛下だったのだ。
「何故この者の肩を持つのですかッ!! 無礼を働いたのはそっちで…」
「口を慎め」
「ッ……」
「と、言ったはずだが」
その言葉に、王太子は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。わなわなと身体を震わせながら口を噤んだのだ。
「説明が必要ですね。私は、正真正銘、公爵家の人間です。先代である父上の教育の元、分家である叔父様の元で身分を偽り学院に通っていたのです。自身の身分にとらわれることなく、様々な事を学ぶためです」
「そ、それは……違法ではないかッ!!」
「勿論、陛下の許可を頂いていましたから、違法ではございません。そして、学院入学の際、先代と約束事をいたしました。――卒業後に公爵家を継ぐ、と」
悲しい事に、卒業まであと半月という所で先代と夫人が亡くなってしまった為、そのまま病弱な兄が継ぐ形となってしまった。だが、その半月後の卒業を経て彼女は約束通り公爵家を継ぐこととなった。
「嘘だッッ!! お前が公爵家当主なんて、出来る訳がないッッ!!」
卒業の日から数ヶ月の間で、公爵は新しい試みを始めた。コンポートという加工品の販売だ。それは、瞬く間に人気が出た。
だが、それだけではない。
新しい果実を作り出したのだ。その名も〝チェリー〟
すぐさま国中に知れ渡り、〝チェリー〟を買い求める者達が殺到。王宮からも、外国からも購入したいという話が来たほどだ。
「……陛下、やはりあの件、白紙にしましょう」
「なッ!!」
あの件とはどういう事だ、この会場にいる皆がそう思っただろう。この国の頂点に君臨する国王陛下が慌てふためき彼女に、すまなかった、息子たちの無礼は我が代わりに謝罪する、だから考え直してくれないだろうか、と懇願しているのだから余計だ。
「あぁあと、一つ陛下にお伝えせねばならない事がございます。この度、我がアルナルディ公爵家はPEC連合に加入、役員長の一人となる事が決まりました」
「なッ!!」
PEC連合。全世界の名のある商会が集まる組織だ。
簡単に言えば、商売における取引の斡旋、情報交換などが受けられる。そして役員長とは、組織の中において強い発言力を持つことが出来る。
そんな旨い話があるのであれば皆加入していると思うが、それは簡単な事ではない。
加入条件はただ一つ。この組織にとって得となる商会である事。
「……待て、アルナルディ公爵家、だと?」
「そうです。特別にアルナルディ公爵家個人で加入する事が認められました。それに伴い、アルナルディ公爵家はこの国の商会から抜ける事となります」
それはどういう事か。以前は国家商会の売上金の中から何割かは王室に入っていた。商会では、ほぼ公爵家のものが売り上げを占めていた。それがなくなるという事は、王室に入るお金がほぼゼロになるという事だ。
「ですので、王妃様のコレクション収集、第二王子様のギャンブルも程々にしたほうがよろしいかと」
その言葉に、2人は顔をひきつらせた。王妃様のコレクションとは? 第二王子様がギャンブルを? と疑問を持つ者が何人もいて。その真相を知る者達は冷や汗をかいていた。
「では、失礼します」
そう一言残し、彼女は去っていった。絶望したような顔で、床に座り込む陛下。周りは今の様子に嫌な予感と不安を感じている、
「父上……」
立ち上がった陛下はすぐさま王太子の元へ。
「お前はッッ!! 何をしでかしたのか分かっておるのかッッ!!」
怒りをあらわにする陛下に、ただ唖然とすることしか出来なかった王太子。この状況を理解していないようだ。
「王家と公爵家の関係、忘れたとは言わせぬぞッ!!」
「え……」
「この国が成り立っているのは公爵家あっての事。公爵家という後ろ盾がなければ、我ら王家も維持出来ぬのだ。今回、婚約破棄という馬鹿げた事をお前がしでかしたため、私自ら公爵に詫びを入れ、王家と公爵家の繋がりを確固たるものにするため誓約を承諾してもらったというのに、それをお前は踏みにじったのだ」
王太子は、事の重大さに気付き、だんだんと青ざめていった。彼は、国王から詫びを入れろと何度も言われた筈なのに、実は返事だけをしているだけだった。何という事をしてしまったのか、と後悔しても、もう遅い。
「で、ですが父上、所詮公爵家です、王である父上であれば……」
「何を言っておるッ!!」
「え……」
「公爵家は、その気になればこの国を潰す事も、王家を乗っ取ることも出来るのだぞッッ!!」
「で、ですが、あんな成人して間もない娘ではないですか。出来るわけ……」
「お前は何も分かっとらんのかッッ!! あやつほど危険な女性がいるものかッッ!! 歴代の公爵家当主の中で一番危うく恐ろしい、まるで毒蛇のような女だ。そんな者を、お前達は怒らせたのだぞッッ!!」
王太子は後悔した。
なぜ、あそこで婚約破棄をしてしまったのだと。
いや、そもそも関わってはいけない人物だったのだと、今気づいてしまった。
あまりにも、遅かった。
「独立でもして、この国と縁を切るのも面白そう。どう、お兄様?」
「はは、本当にフィファは恐ろしい子だね。王家との誓約、本当は最初から結ぶ気、なかったんだろう? 本当に悪い子だ」
「ふふ、流石お兄様ですね。でも、これくらいでは足りませんよ」
彼女の復讐劇は、まだ終わらない。
少しずつ、少しずつ首を絞め苦しみ足掻かせる。
まだまだ、これは序の口だ。
数日後、全ての貴族の屋敷に手紙が届いた。彼らの、全ての悪行が書かれた脅迫状だった。
END.
理不尽な婚約破棄をされ頭にきた女性の復讐劇~王太子は、怒らせてはいけない人物を怒らせた。~ 楠ノ木雫 @kusuta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます