理不尽な婚約破棄をされ頭にきた女性の復讐劇~王太子は、怒らせてはいけない人物を怒らせた。~

楠ノ木雫

◇1

 婚約破棄。


 信じられない言葉が、私の胸を勢いよく突き刺した。



「成り行きでお前と婚約を結んだが、お前は俺の隣に立つのにはふさわしくないと判断した」



 そう私に仰っているのは、この国、ソミファニア国の王太子デビット殿下。


 私達が通う貴族学院の大広間で、こんな大衆の中こんな話をされている私は、ミスリナス伯爵家令嬢フィファニア。一応、ではあるけれど。この話は長くなるので後にしましょう。



「……な、何故、相応しく、ないと……」


「なるほど、お前は自分のしでかしたことを分かってもいなかったわけだ」



 しでかした事……


 では、ここからは私がお話ししましょう。そう言い入ってきた方は確か侯爵家の子息。殿下の秘書として将来を約束された方。


 気に入らない令嬢に罵声を放った、扇子で叩いた、紅茶をかけた、招待状を隠した、嘘の時間を教えた。そして最近学院を去った方は、私のいじめが原因。


 そんな、私には聞き覚えのないものばかりが彼の口から述べられた。



『大丈夫かい?』



 入学当初に、そう微笑み手を差し出してくれた彼は……今は睨みつけるような顔しか見せてくださらない。


 学院の勉強。その他にも家でのレッスン。そんな大変な日々を乗り越えてこれたのも、貴方の存在がいたから。だから、頑張れた。


 婚約が結ばれたときは、どれほど嬉しかったことか。


 でも、学院の卒業式後の披露宴で、こんなもの、聞きたくなかった。


 けれど、私は、見てしまった。


 絶望の中、王太子に駆け寄る、彼女を。


 確か、プトゥール侯爵家の令嬢ベルリーナ・プトゥール。


 なんで、あんなに仲睦まじく微笑み合ってるの……?



「それに伴い、これからはベルリーナが私の婚約者となった」



 新しい、婚約者。


 私というものがありながら、どうしてそんなに仲良く見つめ合ってるの……?



 ――そして、見てしまった。



 こっそりと私を見る彼女の表情。



『 ざ ま ぁ み ろ 』



 声を出さず、そう口で言っていた。見下すような、そんな目で。


 あぁ、そういう事か。


 私は、負けたんだ。


 あんな女に。



「大衆の中泣くなど、みっともない。さっさと退出しろ」



 頭が真っ白で、そう殿下に言われてから自分が涙を流していたことに気がついた。


 いつも、殿下の頼み事や、お願いを聞いていたからか。言われた通り、ゆっくりと大広間を出ていった。



「おっお嬢様!?」


「如何なさいました!?」



 そんな馬者達の声は私の耳には入ってこなかった。開けてくれた扉に入り、馬車の椅子に倒れ込む。


 あぁ、なんて日だ。こんな事なら行かなきゃよかった。



「……あ、はは……意味ない、か……」



 遅かれ早かれ、こうなってた。そんなの、少し考えれば簡単に分かる事。



 屋敷に帰った私に、声をかける者はいなかった。いや、かけられなかった、が正解か。


 私は、一直線に自分の部屋に向かい、ベッドに倒れた。


 忘れたい。


 何もかも、全部。



 コンコン。



 この部屋のドアがノックされる。静かに、誰かが入ってきた。この音は……見なくても分かる。車椅子の音だ。


 この家、いや、私の血の繋がった人で車椅子に乗ってるのは一人しかいない。



「おかえり、フィファ」



 優しく、そう話しかけて頭を撫でてくれるのは、私のたった一人のお兄様。いつもはここにいないはずなのに、来てくれてたのね。私の卒業式だからかしら。病弱なのに、ここに来るまで大変だったはず。


 それでも、いつでも、大丈夫だよって笑って言ってくれる。本当に、お兄様は心優しい人。



「今日はもう湯浴みをして眠りな」


「……ん」



 メイドを呼んでくれた。お兄様が出ていかれた後、メイドは何も聞かずに、すぐにお風呂に入れてくれた。そして、おやすみなさいませ、と出て一人にしてくれた。


 今日、あの場で向けられた目は、恐ろしかった。


 これからも、そんな目で見られてしまうのだろうか。



『どんな時でも、自分をしっかり持つこと』


『例えどんな相手だったとしても、気高く自信を持ってそこに立て』



 お父様の教えは今でも心に刻んである。


 それなのに、今日の私は何だ。何も言い返せず、自分はやってないという主張すら出来ず、惨めに大衆の中泣いて。こんなもの、お父様に見られていたらなんと言うだろうか。


 今更だけど、恥ずかしくてしょうがない。


 しっかりしろ、フィファニア・ミスリアス。


 ……いや、フィファニア・アルナルディ。



 もう、泣かない。


 今日で、終わりだ。








「お兄様、私、家に戻りますわ」


「……そうか。まだ小さな可愛い妹だと思っていたけれど、大人になってくれて僕も嬉しいよ。約束とはいえ、重荷になってしまうようなら、僕がそれまで管理しているつもりだったんだけれど……これなら安心かな」



 利用してしまうことになってしまうけれど、でも、今は私の腹の虫が収まらない。


 待ってなさい。




 ――絶対に、逃がさないから。



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