2 君と過ごせた世界


 春休みを迎えた。僕もあんな状況だったから、卓也のやりたい事を手伝うことができなかったし、本当に申し訳なかったと思ってる。

 春休み一日目、家のチャイムが鳴り、インターホンに卓也と遥斗が映る。

「入って良いよ」

「失礼します。ってか、お前大丈夫だったのかよ。最近、目が死んでたし」卓也と遥斗も心配してくれてたらしい。

「うん、大丈夫ではなかったかけど、もう大丈夫だよ。ほら、中学二年の時に、しばらく教室に入らなかった日があっただろ?そん時と同じ現象が続いちゃって。」

「え?また虐められてるのか?」卓也はどうやら、僕がいじめられてて教室に来ていないと思い込んでたっぽい。

 それまで遥斗は一言も喋らず、卓也の後ろにずっと立ってるだけだったが、やっと口を開いた。

「そういえば、あと二週間で僕の映画が公開するよ」多分、僕に重たい話をしてほしくなかったのだろう。

「いや、いじめられてたわけじゃないね。僕が学校で君たちと別々で行動してたことあるか?」僕は遥斗の話を無視して、卓也の質問だけに回答した。

「なら良かった。なぁ、再来週遥斗の映画公開だから、三人で見に行かないか?」さっき遥斗が話していたのを、卓也は聞いてなかったのか、聞いた上で話したのかは分からないが、安心した声で言った。

「うん、だけどさー公開三日前とかに、先行公開ってやつがあるから、それ行こうよ。僕が原作者だから、チケットはもらってるんだよね。」そうなると、四月五日か、僕はケータイで、四月の予定表を見た。

「うん、良いけど。どこであるの?大体、先行公開とか、首都圏であるだろ?」

「うん、もちろん東京だよ?飛行機のチケットは僕が払うから、君たちは金払わなくて良いよ。」なんか調子乗ってるな。

 映画化決定でそんな金が入ってきたのか?

 まぁ、気になる映画が無料で見れて、人生で初めて飛行機に乗り、東京に行くわけだ。悪い話ではない。

 そして四月四日、空港につき遥斗と合流。それから五分後、妙におどおどした卓也が、集合場所に到着した。

「荷物検査も終わったし、飛行機に乗るか。」荷物検査が終わるまで、何故かずっと緊張して、一言も喋らなかった卓也が、急にいつものテンションに戻って言った。

 飛行機内で、三人隣で座れる席は一つしか空いておらず、その席を遥斗が取ってくれていたらしい。

 羽田空港に着き、電車で会場まで行った。

 会場に着き、表に出ている、卓也二人分くらい高い、のぼりがある。中に入り、遥斗がスタッフっぽい人と話している。その間、僕は周りを見渡す。さすが東京だな。どこ見ても、花と絵画、おしゃれなガラス、それしかない。

 三十分後、シアターに入り、やっと映画が見れると思たのだが、ここは先行公開だ。俳優や、監督が出てきて、今回の映画が完成しての話がある。

 なんなら、その人に会いたくてここにきた人も少なくない。監督の話は、意外と面白かった。遥斗と喧嘩したのも、しっかり話してた。

 そして、いよいよ映画が始まる。

 題名は『百回目のサヨナラ』なかなかにセンスあるな。

 卓也は、漫画を全部見てるから、内容を知っているが、僕が考えたのはオチだけだ。内容は知らない。題名さえも知らなかった。

 内容はというと、友達から、高額の懸賞金がかかったゲームをしないか、と持ちかけられた主人公が、こんなチャンスはないだろうと、参加した。

 たかがゲームだろうと、甘く見ていた主人公は、友人に言われた通りに、ネット内でゲームに参加。そこには、大量の人。明らかに、人種が違う者もいる。

 もしかしたら、ただのクイズで、正解するごとに懸賞金が上がったりする、自分の身に何かが起こるようなことはないだろうと思っていた。

 だが、主人公はネットを甘く見ていた。

 最初から、少し怪しんではいたが、たかがネット、殺せるなら殺してみろと思っている。

 ついに、主催者から、ゲームの内容が明かされる。その内容とは、主催者つまり、ゲームマスターを殺せというものだった。しかし、ターゲットの顔は誰も知らない。情報は、声と、体格、そして日本人ということだけ。

 内容はそのまま、殺すだけ。ターゲットは、殺されそうになったら、殺しにかかる、自分も死ぬかもしれない。

 このゲームに参加した者は、ゲーム参加者五人以上殺さないと、運営に殺される。仲間同士で同盟を組むもよし、殺し合いをするもよし、とにかくなんでもあり。

 ターゲットを殺せたら殺した人が、懸賞金を全額貰う。生死がかかったゲーム。

 だが、こんなゲームに勝つ作戦を思いついた主人公。自分の手はほとんど使わず、ネットを使って、仲間を集め、声のデータと、体格に一致してる日本人を地球から探し出す。

 だが、ネットで集まった人達は、自分が殺されるかもしれないということは知らない。依頼された者は、金を貰って、ターゲットを特定し、見つけて誘拐するだけ。

 主人公はあっという間に五人を拉致し、銃殺。仲間やライバルどんどん死んでいき、自分とゲームマスターの一対一。そりゃまぁ、勝たなきゃ物語は終わらなかったのだろうが、遥斗の作品だ。

 そこらにあるオチと、一緒なわけがない。一対一の状況に勝った主人公は、ゲームマスターにとどめを刺そうとするも、後ろから何者かに襲われ、失神。

 ここで、ゲーム終了になり、起きたら目の前に大金がある。隣には、最初このゲームに誘われた友人がいる。自分は何も覚えていないが、こいつが言うには、自分の金だと言っている。

 そして、三十年後、友人が急死が、遺産整理していた家族から呼び出され、遺書を渡される。その遺書には、自分が三十年前体験したことが全て書かれていて、主人公はフラッシュバックする。次は主人公がターゲットになり、ゲームを開催する。

 こんな感じか。思ってたより面白かったな。

 だが、一つ気になったのが、主要キャラクターが全員有名な俳優じゃなかったこと。演技が新鮮というか、殺害シーンにて、悲鳴がそこらの映画とは違って、やけにリアルだった。シアターから出たら、遥斗にきいてみるか。大体、理由は予想できるが。

「ねぇ、なんで主人公以外有名な俳優使わなかったんだよ。演技が素人っぽかったよ。費用が足りなかったなら仕方ないけどさ。」どうやら、僕だけじゃなく、卓也も気になっていたらしい。

「別に、費用が足りなかったわけじゃないよ。僕の性格を知ってる佐野なら分かるかもだけど、何も知らされてない人を特殊メイクで作った死体がいる部屋に連れ込んで、見せたら、それこそ何も知らないからリアリティのあるシーンが撮れるだろ?

 失敗しても、新しい人を連れてくれば良いし、その後は、服装と体格が同じ人をできるだけ顔見せずに撮れば、最高の映画になるじゃないか」やっぱりだ。

 もし、これで理由が違ったら心配になる。

 全国公開まで、あと三日。

 興行収入はどうなるだろうか。大ヒットしたら良いな、と思う気持ちと、少し悔しい気持ちが重なって、複雑だ。まぁ、友達がいい思いしてるんだ。応援はし続けるし、できるだけ協力はしていこうかと思う。

 三日後、映画が公開され、テレビで取り上げられるほど大ヒット。

 ニュースで取り上げられて、先行公開を見た人へのインタビューが放送された翌日、始業式が終わり、遥斗の家にて、YouTubeでもう一度見てみた。

「違う、違う、違う、違う!僕が求めてたのはこんなんじゃない。明確な答えだ。面白いか、面白くなかったか、どちらかをこいつらに聞ければいいんだ。こいつらは、母が作った飯をテレビみたいに何がどうこうだから美味しいとか、わざわざ言わないだろう?美味しかったか、美味しくなかったか、そのどちらかを聞ければ、嬉しいし、改善すべき点を自分で見つけることができる。そう思わないかい?今からこのテレビ局に電話するわ」

「おい、おい、ちょっと待てよ。考えて行動しろって。テレビ局だって、お前の映画が売れて欲しいから、こんなふうに取り上げたんだろ?少しは我慢しろよ。金も入ってくるんだし」いや、お前が言えないだろ、と言いたいところだが、今は、二人の話だ。僕が入る筋合いはない。

「お前、僕が金やモテるために漫画を描いてると思っていたのか?」かなり怒っているのが声でわかる。

 遥斗が、言ってる事が間違ってるわけじゃないが、ここは、僕と考えが違った。遥斗は、これまで金に困らない生活をしていたのだろうが、うちは金に困りすぎてる。

 モテてみたいし、恋愛小説だって書いてみたい。そもそも、異性に対して、あまり興味がないのも問題だが。

「まぁまぁ、そう怒んなって。遥斗は同じクラスになれなかったけど、俺と佐野は同じだから、時々遊びこいよ」さすが卓也だ。場の雰囲気を変えるのが上手い。

「まぁまぁ、そう怒んなって。遥斗は同じクラスになれなかったけど、俺と佐野は同じだから、時々遊びこいよ」さすが卓也だ。場の雰囲気を変えるのが上手い。

「今日、転校生来るらしいよ」

「さっき、事務室で見たんだけどさ、女で結構可愛かったよ」朝、学校についてから、いわゆる陽キャと分類されるであろう奴らが、廊下に聞こえるくらい、うるさい声で言っていた。

 その中に、卓也も入っている。

 僕が教室に入ったのに気付いてから、卓也が僕の方へ向かってきた。

「ねぇ、転校生来るらしいよ。しかも、女らしいし。どのクラスに来るのか、楽しみだよな」それだけ言って、元いた場所に戻って行った。

「はい、静かに席に座ってください。えー、今日は朝の学びの時間がありません。なんと、うちのクラスに転校生が来ます」ここで一瞬ざわつくが、担任が黙らせる。

 廊下に向かって指を差し、教室に入れ的なジェスチャーをする。

「初めまして。西村華奈と言います。富山から来ました。私、ある事故に遭って、左目が見えないんです。いろいろ迷惑かけると思いますが、この二年間、どうかよろしくお願いします」

「はい、お願いします。じゃあ、あの人の後ろの席に座って」そう言って、卓也を指差す。

 そういえば、なんで朝来てから席が一つ多いことに誰も気が付かなかったんだろう。

「あれ?緒方は?」思い出した。あいつ確か、修了式前日から見てない気がする。

 一年では同じクラスで、真面目で、明るい奴だ。

「先生、緒方はどうしたんですか?他のクラスにも、名前なかったっすよ」

「行方不明になったんだ。もう探し初めて、二週間くらい経つけどな、見つからないんだよ。言うのを忘れててすまなかった」また行方不明か。

 最近、他の高校でも、行方不明者が続出していて、見つかっても、意識不明、または死体で発見されている、とネットニュースに取り上げられてた。

 僕らの高校も、長崎県の中では栄えてる場所だ。ニュース等でも、取り上げられやすい。以前、サッカー部が全国大会に出場し、テレビに出ていた。

 そして、遥斗も。遥斗はやけにテレビ慣れしているように見えて、本当に中学で友達がいなかったのか、疑ってしまうレベルだ。

「探してくれるんだったら、探してくれ。親御さんも、心配しているから」

 行方不明になったら、大体家出かなんかだろと、僕は考えていた。もちろん、警察もそうだった。だが、この考え方が甘かった。

 翌日、十七時のニュースにて、

「本日、十五時、行方不明だった緒方涼さんが、隅田川にて、水死体で発見されました。暴行を受けた痕跡はなく、自殺だと思われます」自殺か。

 誰だって、一度は死んだ方がマシだと思ったことが、あると思う。多分、その気持ちが強くなりすぎて、人は自殺するのだと思う。

 現在の十代の死因の約五十パーセントは自殺。その要因は、いじめや家庭内暴力などによる精神的ストレスというもの。

 だが、緒方がいじめや家庭内暴力を受けているように、僕は見えなかった。自殺をするほどメンタルが弱くはなかったし、よく人の相談にも乗ってた。あんな奴が、自殺をする理由がわからない。

 まぁ、死んだことだ。事実は変わらない。

 僕が、特段あいつと仲が良かったわけじゃない。死んだやつの運が悪かっただけ。周りの環境に恵まれず、雑に育てられ、そもそも、人間に生まれてきたことが悪い。

 親を恨むことだな。でも、一年間一緒に過ごしてきたわけだ。黙ってはいられない。

 もしかしたら、他殺かもしれないし、死に追いやられていたのかもしれない。そう考えると、少しかわいそうに思えてくる。この事件が起こった、次の週の火曜日から、地獄が始まる。

 高校で、行方不明者が二人、死者一名出た。また、他の学校でも、行方不明者が続出して、長崎県警は今、非常に焦ってる状況だ。

 誘拐された痕跡もなければ、殺された痕跡もない。 原因不明の自殺。

 この事件が約一ヶ月間続き、長崎から、他の県へ移る人が続出し、ついには、人口が九州内で一番少なくなった。

 しかし、自殺したとされてるのは、全員十代後半の高校生のみ。明らかに、殺人としか、僕は思えなかった。でも、こんな僕や、卓也だって、一度は自殺したいと思ったことはある。

 中学三年の時、卓也から真剣な相談を受けた。どうやら、自分がどう生きたいのかが、分からなくなったらしい。人生相談といったところだろうか。当時、僕は相談を受けるようなタチじゃなかった。ただ、なんとなく生きてるだけ。卓也以外から見たら、ほぼ空気みたいなものだっただろう。

 でも、こんな僕を人として見てくれた卓也には、すごく感謝している。多分、あのまま生きていたら、今頃この世に存在してなかっただろう。

「ねぇ、もう長崎出ようぜ。俺も流石に怖いよ」翌日の帰りのバスで、震えた声で卓也が、僕と遥斗に言った。

「んー、引っ越すとしても、あの家買っちゃったし、土地も買ってるからどうしようもないんだよ」ここで遥斗が言った。

 僕は、そこまでして長崎にこだわることもないんじゃないかと思ったが。

「売ればいい」一言、それだけ言って、バスから出て、早歩きで駅へ入っていった。

「おい、お前のせいだろ。ずっと一緒に暮らしてるなら、あいつの性格くらい分かるだろ。とりあえず、家に帰ったら親と話して決めとけよ」遥斗が、僕に卓也の悪口をここで言われるのは嫌だったから、遥斗が口を開く前に、僕が言った。

 僕も家に帰りつき、部屋で小説を書いていたら、卓也からLINEが来た。

卓也:あのあとさ、父さんと話したんだけど、長崎は出ないことにしたわ

卓也:遥斗はどうしてもこの家を出たくないらしいからね

 結局、その方に親も転がったか。

卓也:父さん的にはもちろん命が一番だけど、ここで離れて遥斗が死んだ時、どうするんだ、ってなってね

佐野:なるほどね。まぁ、お前の家の大黒柱が決めたことだから、逆らわない方がいいな。

 卓也は、以外と真面目な方だ。なんなら、最近は遥斗の方がテストの点数は低い。漫画の方に力を入れ始めたのから知らないが、一つの作品が終わって、新しい作品を作らなきゃいけない。

 物語を考えるのは難しいからな。僕も、最近は小説の方に力を入れている。山とか、川とか、小説を書くのが、捗る場所に、自ら行ってるわけじゃないのだが。

 一人、家で黙々と書いている。卓也たちと一緒の方が、ネタは思いつくのだが、本文を書くとなると、一人の方が書きやすいし、書き慣れたところで書いた方が集中できる、気がする。

卓也:俺さー、西村さんに告白しようと思うんだけど、どう思う?

 さっき、連絡が来てから五分経ったあと、この文が送られてきた。まさか、この僕が、恋愛をしたことがある、もしくは、していると思って、僕に相談してきたわけではないだろうな。

佐野:おい、それ僕に聞くことか?僕が恋愛をしてないのは知ってるだろう?

卓也:うん、そんなことは承知の上で聞いてるんだよ。あと人とも、だいぶ打ち解けてきたしね。それに、全く恋愛したことない人に聞いたらどんな返事が来るんだろうって思ってね

 これは、遠回しに、バカにしてるんじゃないだろうか。なんだか、妙にむかっときた。

佐野:僕なら、あなたの杖にならせてください、とでも言うかな。というより、ネットで調べろよ。いくらでもあるだろ

卓也:ありがとう。参考にさせてもらうよ

 それだけ返ってきた。正直、僕の送った内容が自分でも、気持ち悪いと思ってしまった。

 とりあえず、天沢家のトラブルは解決していたので、朝はいつも通り、話しながら、駅へ入って行った。

「結局さ、お前卓也本当に告白するのかよ」そう言って、僕は、ちょうど電車に乗ってきた、西村を指差した。

「もちろん、あのLINEはお前を試すのと同時に、告白するのを宣言しただけ。金曜の放課後とかでいいかな」いや、なんだよだけって。

 別に、どうでもいい。あいつが付き合おうと。いや、あいつが本当に西村と付き合ってくれたら、恋愛小説も書きやすくなるではないか。これはぜひ協力しようではないか。僕は、二人のエピソードを小説に使える。Win-Winじゃないか。

 今日の心配だから僕も見に行こうかな。今ここで、口が軽い卓也に言ったら、もういいよとでも、大声で言いそうだから、言わないことにした。

 今週の金曜か、まだあと二日ある。何か手伝えることはないか。

 良いことを思いついた。西村に卓也のことをどう思っているのかを聞いてみる。もし、ここでダメだったのなら、諦めろと、本人に言うしかないのだが、多分、卓也のことだ。

 諦めずに告白するだろうな。とりあえず、僕が、西村に話がかけられるかが重要だ。

 こんなコミュ障に重要なことをしてやれるのかが自分で自分に対して、心配だが、やってみなきゃ分からない。

 僕も、卓也を見習い、やろうと決めたことをやってみる事にした。

 明日やったら、忘れてるかもしれない、と思い、その日の昼休み、西村を武道場に呼び出し、例のことを聞いてみた。

「西村さん、急に呼び出してごめんなさい。あのさー、正直、卓也のことどう思ってる?」我ながら、素晴らしい出来だと思う。だって、この僕が、家族以外の女と話したのだから。

「えっとー、ごめんなさい。卓也って誰ですか?」

「あー、神谷です。最初席が隣だったでしょう?」忘れてた。卓也と呼んでいるのは、僕と遥斗だけ。伝わるわけがなかった。

「んー、なんとういうか、神谷くんが私の事を好きっぽいんですよね」バレてたか。だが、この話的に、卓也の行動を見ていることはわかる

 それより、質問の答えがない事に、少しイラついたが、これは、僕が小説書きやすくするために、大事なことだ。我慢してでもやるしかない。

「西村さんは、卓也のことが好きなの?」ここで、少し睨んで、聞く。

「好きかと言われれば、好きですね。容姿で言ったら。性格はまだあまりわかりませんが、よく笑ってて、愛想が良いなとは思いますね」ということは、これは両思いなのか?とりあえずは、安心した。

 この事を、帰りの電車内で、卓也に告げた。

「えー、それマジかよ。ってことは両思いってわけだな」

 なんだか、卓也は僕が思ってたより、驚いてなかった。

「よかったな。あとな、お前の行動で、お前が西村のこと好きなのバレてたぞ」ここまで、しっかり伝えて、電車を降り、自転車置き場へ向かう。

「もう明日告白するわ。これなら心配することはないだろうし。ってのは嘘で、お前、今言ってたの全部嘘だろ」そう確信ついた声で僕に言った時、同時に、遥斗が漫画を描いてた手を止め、僕らの方を見る。

「いや、本当に聞いたよ。遥斗なら、僕が西村呼び出したの見てただろ」そう僕が遥斗に問うと、遥斗は首をコクリと動かした。

「本当なのかよ。じゃあ本当に自信持って告白できるじゃん。いやー、よかったわ」ここで、ちゃんと声をあげて喜んでた。

 卓也がこんな姿をしてくれるとは思ってなかったので、何故か、僕まで嬉しくなった。

 木曜の放課後、屋上で告白するからと、僕と遥斗は下の階段で、声だけ聞いててくれと頼まれた。

 僕らが、階段で待ってる時、廊下から、僕の目の前を、西村が、屋上へ続く階段を上って行った。

 こんな状況で、少し、楽しんでる自分がいる事に驚いてる。

 そして、微かだが、卓也の声が聞こえる。

 なんと言っているか聞こえず、僕らは、二人からは死角になってる、踊り場に行った。

「すみません、急に呼び出して。えーっと、壊れない、あなたの杖にならせてください」もう、最後の方は、ほとんど声が掠れて聞こえなくなっていたが、その姿が、すごく面白かった。

 緊張している姿を初めて見たから、それがあまりに面白くて、声が出そうになったが、バレたら面倒な事になりかねなかったので、息すらも殺して、見ていた。

 三十秒ほど静寂が続き、西村が返事をする。

「ありがとう、わたしも、神谷くんが、いつも笑ってるのを見て、元気をもらっています。ぜひ、よろしくお願いします」そう言って、卓也と西村は笑顔になり、卓也の方から抱きついた。

 頑張った甲斐があった。人を幸せにするのは意外と面白いものだな。

 それにしても、なんで、あんな告白で卓也が自分に告白しているとわかったのだろうか。それに、僕が送った台詞を卓也がほぼまるまる使ってるのも気になったが。

 卓也たちが降りてくる前に、僕らは玄関まで、足音を立てずに走った。

 自転車置き場で、何事もなかったかのように立ち、僕は卓也に伝わるかギリギリのアイコンタクトをとった。

「いやー、無事付き合えてよかったよ」西村が僕らが降りる一つ前の駅で、降りたあと、安堵した声で僕に言った。

 とりあえずは、一安心。なのだが、心配なのは、現在問題視されている、自殺だ。

 僕は、他殺と見ているが。この件に関して、警察も誘拐と見ているそうだ。

 まだ、僕らが住んでる地域は田舎だから、狙われることはそうそうないと思うが。

 卓也が西村と付き合い始めて、一ヶ月、調子はいいそうだ。

 どちらとも性格はいいし、相性も抜群に見える。

 もちろん、僕も卓也に協力したんだ。小説で使えそうな話は、聞かせてもらってる。

 だが、そんな幸せはそう長く続かなかった。

 二〇二二年六月十七日、僕と卓也の身に予想だにしていない出来事が起こった。

 久々に行った、部活の帰り道、いつもの三人で夜道を歩いていた。

 街灯もあり、足元と二メートル先の視線だけは少し明るかったが、急に目の前が暗くなった。

 首を絞められているのは気づいたが、気づいた時には遅かった。

 意識が薄れていくのがわかる。

「おーい。誰かいないのー」卓也の叫び声で目が覚めた。

「真っ暗じゃん」思わず口にしてしまった。

「あー、やっと起きたか。君たち眠りすぎ」冷たい声で喋る遥斗が、大きいスクリーン越しに映った。

 あの時の遥斗は、今までに見た事のない眼だった。

 まるで意味のない時間を過ごしているように、退屈そうで冷酷な眼だった。

「はい、じゃあ今から君たちを漫画のネタにしていくから。今日は、今までして来たのとはグレードアップしてるよ。一番苦しくて、痛くて、辛くて、惨めな最後を迎えるよう、僕も努力するよ」やけに煽り口調だった。

「お前何言ってんの?」鋭い目つきで卓也が言った。

 ここで、僕は嫌な予感がした。

 遥斗ならやりかねない。逃げ出すしかない、と思い、手足を拘束された縄をどうにかして解こうとするも、部屋が寒いにも関わらず、上半身裸になっているし、あまりにきつく絞めすぎられていて、びくともしない。

 僕と卓也は、棒越しに、背中を合わせている状況だ。

 二人で協力したら、自由になれるかもしれない。

 だが、そんな事を考えさせるほど時間はなかった。

「えーっと、とりあえず一人死んでもらいたいので、二人で殺し合いをしてもらいます」

 予想外だった。少し、暴力を振るったりだとか何かしらの命令を受けて、それをしなきゃいけないとかだと思っていた。

 しかも、遥斗の眼はすでに洗脳されているようだった。手遅れかもしれない。

「おい、冗談だろ?」

 卓也はかなり焦っている。あいつの焦りがひどくなり、暴走でもしたら、僕らがどうなるかわからない。

 だが、やらなきゃわからない。

 僕と卓也は、遥斗に拘束されている間、バレないように、口パクで話し、どうこの部屋を脱出するのかを考えた。

 だが、明らかに言動がおかしかったら、バレて殺されるかもしれない。

 僕ら二人の話が終わった頃には、僕の前には拳銃、卓也の前には包丁が置いてある。

 卓也は自分の目の前にある、包丁を見て絶句しているだろうが、僕は冷静に、遥斗が、部屋から出る瞬間を見ていた。

 どうすれば脱出できるか。手がかりがあれば、二人とも助かる。

 でも、先にこの拳銃が本物かどうか確認しなきゃいけない。

 先に拳銃を拾って、遥斗を撃ち殺してもよかったのだが、この拳銃が偽物だった場合、こっちが死ぬかもしれない。

「はいはい、早く殺し合ってよ。まぁ、話し合ってもいいけど。でも、この部屋から脱出することは不可能だよ」そう笑いながら言う遥斗が、僕には悪魔にしか見えなかった。

「おい、佐野、まさか殺すわけじゃないよな?」多分、僕が拳銃を持っているのから、そう思ってしまうのだろう。

「まさかね」そう言って、僕は、遥斗が映ってるスクリーンに向かって、引き金を引く。

 耳で塞いでいたのに、今まで聴いてきた音の中で、一番うるさかった。

 卓也も、僕が何かをすると察して、直前に耳を塞いでいたから、あまり影響を受けていなかった。

「おい、何してんだよ。危ないだろ」多分、僕のやろうとしている事を考えて、わざと、演技していた。

「早く、殺してよ。時間が勿体無いから、あと十分以内にどちらか一方が死ななかったら、僕がそっちに行って、両方殺すから」今まで、スクリーンに注目して見ていたが、天井からプロジェクターが出てきて、ただのスクリーンから、遥斗が映っていた。

 僕は、そのプロジェクターが出てきたタイミングで、天井を撃った。

「お前、鬱陶しい」次は、監視カメラだ。最低でも三つはあると仮定して、探す。

 一個目は天井の端に、二個目は、出入り口のドア、ここまではスムーズに行ったが、最後の一個が見つからない。

 でも、三つあると言うのも、ただの予測。二個だけかもしれない。

 ここまでで約三分が経過している。

 卓也がたまたま腕時計をつけていてよかった。

 だが、ここからが問題だった。自由にはなれたものの、どうやってこの部屋から脱出するか。

 ドアもだいぶセキュリティがかけられていた。

 とりあえず、拳銃で撃ってみる。何も起こらない。それに、弾が切れた。

 もう、ドアから出るのは不可能か。あと三分。

「なぁ、卓也。今この状況、絶体絶命だけど、一つだけ聞かせてくれ。賭け事って好きか?」『死』を待っているだけの卓也に聞いた。

「おい、俺が中学の時、テストの点数で賭け事して、生徒指導にめっちゃ怒られた事件は覚えてるよな?」

「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」そう言って、僕は卓也に耳打ちをした。

 あと二分、僕と卓也は諦めたように地面に座って、遥斗がくるのを待った。

「十分経過したから、来たけど、二人とも良くやったよ。監視カメラも全部壊したし、プロジェクターに搭載されてる爆発する機能も無効にして、一番惜しかったね」やっぱり、声が煽ってる。

 そんなに殺すのが楽しみか。

「卓也、行くよ」

 そう言い、僕は遥斗にしがみついた。

 遥斗からしても予想外だったのか、体制を崩し、僕が遥斗の上に乗っている状況、そのまま、僕は遥斗の体を押さえつけ、卓也には、話した通り、地下室の鍵を取ってもらった。

「佐野、取ったぞ、早く」僕は、何か言葉を返せるほど余裕はなかった。

 何とかして、遥斗の気を失わせたい。

 だが、僕にそんな能力はない。諦めて、卓也だけでも、逃がそうと思っていた時、僕がはいているズボンの後ろポケットから、バイブ音が鳴った。

 思い出した。スマホをブレザーじゃなく、後ろポケットに入れていたんだ。

 この事を、遥斗にはバレないように、卓也に伝える方法はないか。

 手話は出来るが、卓也には通じない。

 なら、もうあの手段しかない。

「卓也、包丁を取ってくれ」卓也はかなり動揺していたが、僕の右手に包丁を差し出した。

 その包丁を地面に置き、僕は右手人差し指を切った。

 さすが長年の一緒に過ごしてきただけある。卓也はあまり焦っていない。

 そして、地面に『尻ポケット』と書く。これだけで通じたのが良かった。

 卓也は咄嗟に、僕の後ろポケットに手を入れ、スマホを取り出した。

 卓也は、電源ボタンを五回連続で押し、緊急SOSに電話した。

 卓也は遥斗に見えないように電話する。その間、僕は出来るだけ遥斗を動かさないようにしてたのだがら僕の大量が限界を超え、遥斗を逃してしまった。

 直後、鳴り響く銃声、その矛先は卓也にあった。

 だが、拳銃の弾のスピードは秒速三四〇メートルを超えると言われている。

 音が聞こえてからじゃ、避けられるわけがない。

 卓也はスマホを右手に持ったまま、右脇腹に二発、左足に三発、胸に一発、弾丸が撃ち込まれていた。

 卓也が、倒れた後、拳銃は僕の方に向いていた。

 そのまま気を失った。

 それから、何日ほど経っただろうか。

 見えるのは、天井。体を動かそうとするも、各所が痛くて、動かせない。

 ここは、病院か。僕らは助かったんだ。

 六月二十二日、夕方のニュースにて、「六月十九日十六時ごろ、長崎県佐世保市Tアパート周辺で、行方不明だった天山高校二年生佐野傑流さんと、神谷卓也さんが、同級生の天沢遥斗容疑者の自宅の地下室で、重症を負った状態で発見されました。

 天沢容疑者は、『漫画のネタになるかと思って、皆に認知して貰えるような漫画を描けると思って、やってしまった。あの二人以外にも、何十人と誘拐して殺してきた。長崎県内で多発していた、自殺と思われたものも、全部僕がやったんだ。だからあの漫画が描けたんだ。』と、語っており、一ヶ月以内には、裁判が行われる予定です」ニュースで僕らの事件が報道された。

「危なかったわねー。もしかしたら貴方達も殺されてたかもしれないんだから。卓也くんが私に連絡をくれなかったらどうなってたことやら」お見舞いに来てくれた母には感謝しているが、今はそれどころじゃない。

 神谷の意識が戻らない。僕より重症で最初に発見された時は、生きるか死ぬか、生死の狭間を行き来してたらしい。

 ともかく、どっちも生きていて良かった。

 今後何もなければ良いが。

 三日後、卓也の意識が復活し、何があったか、全て話した。

「あのさ、すごく良いずらいんだけど、卓也、当分の間は車椅子になりそうだ。リアビリすれば大丈夫になるから、心配しなくて良いよ」医者は、自分の力不足なのに、それを自分の口から言いたくはないらしい。

「なんだ、そんなことかよ。全然大丈夫だよ。生きてりゃどうにでもなる。これも運命だからな」

 それにしても、あの怪我で、よく一日も警察から逃げ切ることができたな。母が、僕のスマホにGPSアプリを入れてなかったら、本当に死んでただろうな。

 まぁ、こんなことはどうでも良い。

 あんだけ、高校生を殺したわけだ。多分、遥斗は死刑になるだろうな。

 そもそも、卓也にとって遥斗がトラウマになってないかが怖い。

 トラウマになってたら、顔を見るのも嫌だろうからな。 

 卓也なら、多分、大丈夫だろうが。

「なぁ、そう言えば、西村さんがお前のお見舞いに来てたよ。その時意識なかったから、号泣してたね」僕自体は話してないが、学校が終わってから、毎日来ている。

 今日も来るだろうな。

 午後十八時、西村が来た。この部屋には、僕と卓也しかいない。

 西村は一直線に卓也に向かって走り、抱きつこうとしたのを、僕が止めに入ろうと思ったが、ここで入ったら、二人の雰囲気をぶち壊してしまいそうだったからやめた。

「生きてて良かった」西村が放ったその言葉の中には、涙自体は見えなかったものの、少し涙ぐんだ声も混ざっているように聞こえた。

 僕は後一週間あれば退院できるそうだが、卓也はあと三週間は掛かるそうだ。

 僕の退院日、母が迎えに来てくれた。卓也は後二週間で退院する予定だが、この調子だと、退院できなさそうだ。

 完全に右脚の神経が切れてると、卓也担当の医者が言ってた。

 久々に家に帰り、深呼吸をする。やっぱり、家が一番心が落ち着くな。

 結局、卓也が退院できるまで一ヶ月かかった。

 僕は何事もなく、学校に通えているのだが、卓也は車椅子で、バスと電車に乗らなきゃいけない。

 車椅子の人を世話するのはかなり大変だった。

 僕らは、遥斗の裁判に出なければいけなく、面倒くさかったが、裁判所についた後、傍聴席に座った。

 なんか、書類の渡し合いをするだけなのかと思っていたのだが、見ている限り、裁判長からの質問攻め。

 遥斗は、少年法が効いていたが、あまりに殺した人数が多すぎる。

 日本内で、戦後における連続殺人TOP10に入っているほど殺している。

 しかも、違法ドラッグをヤっていたわけでもない。

 故意的な殺人、遺族からしたら、学校で虐められていた、という心配もあったのに、自殺ではなく、他殺と分かったなら、はらわたが煮えくり返っているだろうな。

 僕だって、あんなやつ許したくない。早く死んでほしい。

 でも、僕はあいつと出会ってから、人生が百八十度変わったんだ。

 でも多分、この調子だったら確実に死刑だろう。

 第一審として開かれた最高裁でも、死刑という罰が下された。

 卓也は、この結果を聞いて、泣いてはなかった。なんなら、清々しい顔だった。

「遥斗、まだ十代なのに、いきなり死刑なんだよ。この罰に対して、君はどう思う」学校の十分休み、次の教室へ向かうため、車椅子を押しながら、卓也に聞いた。

「んー、なんて言うんだろうな。俺はさ、あいつに殺されてないからわからないけど、あいつに殺された人は、予告も無しに死んでるんだ。しかも、大量に。

 なのに、あいつは苦しみもせず、一回の『死』だけで済まされるんだよ。絶対釣り合ってないだろ。俺は遥斗がいち早く死んでほしいと思ってるよ。でも、死刑が確定されてから、死刑されるまで、四年くらい掛かるんだろ?あいつは、牢獄の中にいても、何かしてきそうだ。確証はないけど。多分、俺の父さんも、二人の母さんもね。あんな化け物を育てたはずはないんだ」

 あんな化け物を助けようと立ち上がった弁護士も、評判があまり良くない人を雇った。

「できればで良い、今度、相談に行ってみないか?」

「なんの相談を?」

「僕らが、遺族を代表して、死刑を執行するんだ。死んだ人々の気持ちを担って、僕らが、殺すんだ。あの化け物を」それは困った。卓也が、言ったことで、実行不可能だったものは限りなく少ない。しかし、それはほぼ確実に不可能だったから。

 平均的な死刑執行は四年。

 ギリギリ、間に合うか。もし、間に合えなかった時のために、一応、卓也も連れて、相談しにいくか。

 とりあえず、福岡まで行かないことには、始まらない。

 土曜日、遥斗の面会も兼ねて、福岡へ飛んだ。

 福岡に着き、タクシーを使って、留置所へ行く。特に、差し入れは買ってない。歯ブラシとタオルだけ。

 案内に立っている人に、面会の仕方は教えてもらい、相談をして良いかも、聞いた。

 十五分後、面会室へ案内され、約二週間振りに遥斗と目を合わせた。

 遥斗は、やけに元気だった。

 卓也と僕は、鋭い視線で遥斗を睨みつけながら話した。

「お前、なんか俺らに言うことないのかよ。散々痛めつけておいて、裁判の時も、何も言わずに出て行き上がってよ」久しぶりに、卓也の怒声を聞いた。

「ごめん、だけどさ」あの時と同じように、ニヤニヤしながら煽ったような声で僕らに言った。

 これには流石の僕の頭にも血がのぼった。

 でも、僕が喋るよりも先に、卓也が喋り出した。

「だけどさじゃないよ。何言い訳しようとしてんだよ。お前さ、どうせテレビとか取り調べの時にも漫画のネタになるからだとか言ったんだろ。それを今も言おうとしてたろ。もう聞き飽きたよ。

 言い訳するならもうちょっとレパートリー増やせよ」文字だけ見たら、怒ってるように見えないが、聞いたらあの冷静な圧のある声で、『怒』の感情がわかる。

「お前、そんなに僕らがおかしく見えるか?ずっとニヤニヤしやがってよ」

 ここで、やっと僕の口が裂けた。面談後、あの時の佐野般若そっくりだった、時卓也に言われたが。

 こんな感じで、一方的に、僕ら二人が怒って、遥斗はニヤニヤしながら、どうせ思ってもない言い訳が出るだけ。

 面談時間、約十分が終わり、受付にはあらかじめ話しておいた、福岡県警の一番上の人を呼んでもらって、あの相談を話した。

「すみません、お忙しい中、福島さん」

「全然大丈夫だよ。でも、できるだけ手短に終わらせてくれないか」

「十五分ほどで終わると思いますので」卓也に話を任せたら、いらないことまで話しそうな心配があり、僕が説明すると、耳打ちで卓也に言った。

「えーっと、単刀直入に言わせていただきます。現在、死刑囚として扱われている、天沢遥斗の死刑執行を僕らにさせていただけないでしょうか」僕は、ダメ元でお願いした。

「おー、これはすごく難しいお願い事だね」やはり、駄目か。

 すると、卓也が口を開く。

「福島さん、お願いします。僕らじゃないといけないんです。遥斗の被害にあった人はみんな死んだ。生き残りは、俺とこいつだけ。だからこそ、僕らじゃないと、彼は真の意味で、死んだことにならないんです」こんな本気の卓也を、僕は見たことがなかった。

 卓也の目が、真っ直ぐだった。

「言ってることはよくわからなかったけど、分かったよ。君の情熱に負けた。考えとく。とりあえず、君たち、長崎の人だろ?早く帰りなさい」

「はい、お願いします。ありがとうございました」卓也は、かなり納得したような声で、言った。 

「卓也、結構押したな」

「うん、あれでできたら良いんだけど」

 長崎に無事帰りつき、この一ヶ月で、いろいろな事があったせいか、気がついたら夏休みに入っていた。

「この夏休み、何する?」何する、と言われても、去年も遥斗が事故を起こし、予定していた佐賀にも行けなかった。

「どっか行こうと、思ったけど、お前僕より良い相手居るじゃん」卓也には、西村がいる。

「いやいや、それは決まってるんだけど、お前はどう過ごすのって事。別に俺がお前とどっか行こうとか、一言も言ってないぞ」なんか、言い方にすごくイラついたが、卓也は間違ったことを言ってない。

 僕も、めちゃくちゃ短気な訳じゃない。ここは我慢できる。

「とりあえず、死なないように遊べよ」

「分かってるよ」そう言われて、僕は卓也の家の前に車椅子を止め、自分の家に帰った。

 去年は、まだ遥斗がいたから、暇では無かったが、今年は一人だ。

 何もすることなんかない。

 することといえば、小説を書き、一週間に一回遥斗に会いにいく。

 だが、一週間に一回千五百円使う。高校生が簡単に払える額じゃない。一ヶ月も続かなかった。

 でも、遥斗に会う時、特に話す訳じゃないが、あいつといたら、なぜか安心できる。そこがあいつの魅力だったのか。

 だが、それに気づくのが遅すぎた。もう少し早ければ、こんなことにはならなかったはず。

 でも、もうなってしまったことだ。現実は変えられない。

 駄目だ。どうしても過去を見てしまう。過去や未来を見るのが、成長する過程で一番邪魔なのに。

 もう、今までの自分は全部切り捨てよう。

 楽しく生きよう。読んで面白いと思われるような小説を書こう。

 そう思って、生きてみた。何かが変わると思って。

 結局、死にたいと思ってしまうようになった。これを予防するための作戦だったのに。

 でも、人生これから何があるかわからない。

 とりあえず生きてみるか。

 遥斗がいなくなってからと言うもの、僕は小説を書けなくなってしまった。物語を考えても、消しゴムで消して丸めて捨てる。

 遥斗がいないと、なぜ僕が生きているのか。ここに生きていて、意味があるのか、そう思うようになる。

 一日中、遥斗のことを考え続けること、約二ヶ月、寝る前にネットニュースを見ていた時だった。

 ある一つの報道が目に止まる。

「十代にして、死刑宣告され、福岡留置所にて収監されていた天沢遥斗脱獄。

 十月五日、午後十六時ごろ、見回りに行った看守が、焦った表情で見回りから帰ってきた。天沢死刑囚が居ないと上部に連絡し、現在も警察が捜索している」と書かれていた。

 なぜか、少しホッとしてしまった。

 高校生にして、五十人以上は殺している、化け物に対して。

 そう思っている、自分にも、恐怖を抱いている。もう遅いのかもしれない。

 違法ドラッグのように、彼に惹かれて、僕は洗脳されていた。

 あの時、僕は遥斗に彼女ができたと聞いた時、いないと嘘を言っていた。

 僕の予想が合っていれば、遥斗はその女も殺している。毎回、噂に出ていた女の名前が違っていた。

 多分、遥斗はそいつら全員殺している。自分の魅力を上手く見出せ、洗脳状態にし、自殺に追い込む。

 それに、緒方も。

 他の高校でも、自殺が流行していたのは、全部、遥斗が仕掛けたものであり、自殺に追い込んでいたのかもしれない。

 でも、こんなのはただの予想だ。会っているわけがない。

 卓也にこんなこと言ったら、考えすぎだろ、と笑われるだろうな。

 今はそんなこと考えている場合はない。あいつが、もっと犠牲者を出す前に、捕まえなければいけない。

 最初に狙われるのは、僕らだろうが、先に動かれたら負けだ。

 この件を卓也が知っているなら、真剣に話さないといけない。明日、卓也に相談してみるか。

「ねぇ、例の件どうすれば良いと思う?」

「あー、遥斗のやつね。俺らが狙われやすいけど、他の高校も心配だな。それに、あいつは逃げたんだ。他国へ逃げ出すかもしれないし、あのまま見つからずに、世界中が危機に襲われる可能性がある。あいつならやりかねないからな」卓也も、僕と同じ考えだったらしい。

「でもさー、俺遥斗が逮捕されてから気づいたんだけど、俺あいつに洗脳かなんかされてるみたいだったんだ。お前が遥斗と出会って小説を頻繁に書くようになったのも、自分では気づいていなかっただけで、俺らはあいつに惚れてたんだ」これも自分で気づいていたっぽい。

 卓也が遥斗とずっと一緒に過ごすようになって、自分が徐々におかしくなっているのに気づいたらしい。

 ここで、僕らが気づかないかったら、多分、殺人の協力を頼まれても、何事もないかのように手伝っていただろうな。

 だが、卓也から遥斗を探すことを協力しよう、などと言った話は一切してこなかった。

「えー、皆さんご存知かと思いますが、同学年であり、死刑囚の天沢遥斗が脱獄しました。正直言って、あなたたちがいつ殺されるかわかりません。今も狙われているかもしれないんです。校長の判断により、これから一ヶ月、臨時休業とさせていただきます。課題は黒板に書いてある四つのみです。

 不要不急の外出はしないように。あなた達全員と、一ヶ月後、また会えるのを祈って、さようなら」

 またか、臨時休業が多い。遥斗が逮捕されてからも二週間臨時休業になり、今回は一ヶ月。

 後日、福島さんから連絡があった。「天沢くんの件、何か情報があったら、連絡お願いします。既に、全国指名手配に認定してるから、すぐ見つかると思うけど、用心はしておくように。」と送られた。

 分かってるけど、遥斗がそう簡単に見つかると思わない。あいつは、こう言う時に、頭が回る。

 何らかの手を使って、他国に逃げ出すだろう。いや、灯台下暗しで福岡に身柄を隠すか。

 読めない。あいつの行動が。

 僕らは、あんなに通じ合っていたのに。どうして、なぜこんな事に。

 臨時休業は遥斗を探す時間を与えてくれたと、僕らは思っていた。

 探さなければ、犠牲者が増えるだけ。その分、遥斗が再度捕まった時、死刑が執行されるスピードが早くなるだけ。

 どちらにせよ、死刑は確定しているのだが、遅くなればなるほど、被害は増えていく。僕らが何とかして見つけ出すしかない。

 とりあえず、思い当たる場所には全て行ってみた。当然、遥斗はいなかった。

 行けるところまでは行ってみて、探し出せずに金の無駄になるだけの生活を続けて一ヶ月、臨時休業が終わった。

 久々の学校が終わり、心配が残ったまま、家のポストを開けると、大量の手紙が入っていた。何一つとして、切手は貼られていない。

 手紙を恐る恐る開けると、内容は全て同じで「僕を今年中に見つけられなかったら、日本は地獄になるだろうな」と言うもの。

 何があっても、見つけられなからったら、自分の大切なものが全て消える気がして、僕はある程度、リュックの中を整理して、卓也にLINEを送った後、外を出た。

 今年はあと二ヶ月。間に合うか。

 最悪、僕は命を捨てる覚悟でいる。その覚悟があいつにもあるかどうかで、どっちが勝つかが決まってくる。

 祖母がまだ死ぬ前、会うたび僕に言ってきた言葉がある。「何か、守りたいものを作りなさい」と、昔はこんな言葉の意味が理解できず、守りたいものが見つかったかと聞かれたら、当時から好きだった、小説と答えた。

 その答えに対して、祖母は「守れるものがあれば負けることはないよ」と言われる。

 昔この意味がわからず、ただ鬱陶しいとだけ思っていた。

 だが、今は違う。

 僕は、小説を書いている時以外にも、生き甲斐を感じられるようになった。リアリティを強くするために、いろんな体験をしなければならない。

 それを体験すること自体が、楽しく思えてきた。前までは、小説を書くことだけが楽しくて生きてきた。

 今は守れるものが増えている。守りたいものが多くなり、それを失いたくないから、僕と卓也は、あの時遥斗に勝利したのだろうか。

 思えば、遥斗と出会ってから気づかなかっただけで、僕には仲間も、『生』を感じられる喜びも得られることができた。

 だが、僕が死んだら、守れるものがある事の幸せを感じられなくなる。けど、僕は守れるものが、僕が死んでも、僕が生きていた世界に残っていれば、それで良い。

 だから、例えあいつに負けようとも、守れるものは、命を捨ててでも守り抜く。

 それが、祖母の言いたかった事なのだろう。性格は変わらない。

 『運命』とか『遺伝子』って避けることができないものだと思っていた。もちろん、卓也も。

 だが、遥斗に勝つには、そんなものは超えなければいけない。

「卓也、気合い入れるぞ。次は命がないと思ったほうがいい」僕は卓也に再確認する。

「もちろん。お前のお婆ちゃんが残してくれたこと、俺の心にも響いたよ。あんなやつに負けるわけがない」

 一緒に行動しておかないと、どちらかが消えたとき、どこで被害に遭ったのかが分からなくなる。

 別々で行動した方が、効率は良いのだろうが、二人がかりじゃないと、あいつは止められない。

 常に拳銃を所持しているかもしれない。僕らも、ホームセンターで太い縄を購入し、片方が襲われても、もう一方が遥斗の背後に周り、首に縄を通す。

 まぁ、僕も卓也もそんな技術は持っていない。まだ運動神経の良い卓也なら、どうにかなりそうたが、僕がこんな大仕事をやれるわけがない。

 こうなったら、どうやら僕が囮になるしかないようだ。

 遥斗を探すも、そう簡単には見つからない。

 九州は出たし、卓也の父親から金をもらって、近くの韓国までは行ったが、手がかりは何もなし。

「遥斗は逃げると思う?それとも、あいつからしたら邪魔な存在な俺らを消しに来るか」

「俺が遥斗の立場なら、俺らを殺しに行くね」遥斗が僕らから逃げるとは、思えなかった。

「おいおい、ちょっと待てよ。お前昨日まで一人称僕だったのに、急に俺とか言い出して、どうしたのよ」

「あの、あんな化け物と一人称が同じだと、嫌なことが起きそうな気がしてさ。変かな?」必死に、脳内からも遥斗という存在を出しなくなかった。

 僕と言ったら、遥斗の一人称も僕だったな、と思いついてしまうから、できるだけあいつと口調が似ている部分も直そうと努力しようと、昨晩思いついた。

「変だよ。お前はお前、あいつはあいつだから。そこまで気にすることじゃないと思う」この状況でこんな言葉でさえも嬉しかった。

 卓也は遥斗に対して恐怖心が無いのか、と聞きたかったが、僕からみたら、恐怖心という言葉には似合わないほど、常に笑顔で、僕を笑わせようとしてくれた。

 少しも笑わなかったが。

「卓也は遥斗が恐ろしく思わないのか?」答えなど分かりきってはいたが、一応、聞いてみた。

「怖いよ。本当に怖い。正直、お前から遥斗を探し出そうと誘われなかったら、行動はしなかっただろうな。警察に全部任せてた。でも、お前に気付かされたんだ。感謝してるよ。ありがとう」意外だった。まさか卓也も怖かったとは。

 でも、僕が遥斗を捕まえたい気持ちは、誰よりも強かったと思う。

 差し違えても、あの化け物を捕まえて、殺してやると、神に誓った。

 神など存在しないと思っていたが、こんな運命を下したのも神だと、僕は信じたかった。

 神があの化け物を産んだのだと。

 だが、今はこんなことを考えてる時間はない。

 あと一ヶ月半。探しきれなかったら、日本は闇に堕ちる。

 探して、探して、ある事に気づいた。

 この状況、遥斗の一作目『百回目のサヨナラ』の状況に類似している。

 そうなると、ターゲットである遥斗は、日本にいる。

 日本の何処かは覚えてないが、これで国外に逃げた可能性はほぼゼロになる。

「なぁ、遥斗の映画のターゲットって、どこに逃げたんだっけ?」僕は卓也に、覚えていないかを確認した。

「確か、京都だったと思う」流石卓也だ。要らないことだけ覚えている。

 金は親に借りれば良い。京都くらいなら、飛べる金はある。

 翌日、早速京都まで新幹線と夜行バスを駆使し、遥斗を探しに行った。

 京都でいなかったら、次は鹿児島、最後は確か、福岡だった気がする。

 京都を探して一週間、遥斗なら最初から福岡に逃げているのではないか、と思い、鹿児島は抜いて、福岡へ向かった。

 映画で、最後のシーンでモデルとして使われた場所、福岡タワーに行ってみた。

 僕の予想は的中し、ずっと電柱に寄りかかっている。結局、灯台下暗しかと思っていたが、多分、僕らはもう少し早くあの映画と同じ状況にあると、気づいていると思っていたのだろう。

 だいぶ退屈しているように見えた。

 僕らが、遥斗に近づき、あと十メートル程になって、僕らの存在に気づいた。

「お前ら遅すぎな。もう少し早く気付けよ」そう言って、薄気味悪く笑う遥斗の顔面に鉛玉一つぶち込んでやりたくなったが、あいにく拳銃など殺傷能力の高い武器は何一つ持っていない。

 だが、その衝動を抑えきれなかった卓也が鬼の形相で走る。

 追いつけそうになかったが、止めなきゃ注目されて警察を呼ばれるかもしれない。

 その目的があり、僕は卓也の襟を引っ張った。少し睨まれたが、我に帰ったのか、黙って遥斗に向かって歩き出した。

 一歩ずつ確実に遥斗に近づき、卓也が問う。

「お前、どうやって逃げた?」まぁ、まずはそこからだろうとは思ったが、ど直球に聞くとは思ってなかった。

「それは言えないな。だって、もし君たちが捕まった時にこの作戦を使われたら困るんだもん」相変わらず、口調は変わらない。

 僕らは、周りの人に迷惑のかからないよう、最大限の注意を払って遥斗を捕まえようとした。

 作戦を実行し、僕は囮になり、卓也が後ろから回り込んで縄で首を絞める予定だったのだが、こんな理想が叶うはずがなかった。

 金で人を雇っていたのか、あの時みたいに洗脳していたのか分からないが、あらゆる方向から、明らかに堅気ではないであろう人間が出てきた。

 僕らはあっさり捕まり、強引に車に乗せられた。そこまでは記憶があるのだが、それ以降、記憶がない。

 二十分くらい経っただろうか、目が覚め、上裸姿の卓也を起こした。以前のように、最初から縄で括り付けられてはいなかったが、僕らの他に老若男女問わず、十五人ほどが冷たい床で寝ている人がいる。

 そして、スクリーンに遥斗が映る。

「皆さん、起きてくださーい」そう言った直後、五メートル上から熱湯が降ってきた。

「熱っ」その声が全方向から聞こえる。

 見上げてみると、僕らを攫ったであろう、馬鹿どもが高い置物の上に立っている。

「じゃあ、今回は本当に死んでもらいたいので、今から落とす武器で殺し合ってもらいます。殺し合わなかったら、僕が直接そっちに行って、手榴弾を投げさせてもらうので、死にたくなかったら、最後の一人になってください」僕は、夢なのではないかと確認するように、頬をつねってみた。

 もちろん、夢なわけがない。

 直後、耳元で銃声が鳴り響いた。鼓膜が破れたかと思ったが、卓也が撃つ前に射撃専用のヘッドホンをつけてくれていたおかげで、少しの間耳鳴りがしただけだった。

「佐野、これは殺し合いではない。人間ではない何かを撃ち殺すゲームだ。現実だと思うなよ。VRか何かだと思って撃て。そうでもしないと、精神が崩壊しそうだ」そう言い、卓也は、精神がまだ安定している人に僕へ言ったことを復唱して言った。

 僕と卓也以外、拳銃などを持たなかったが、運良く、洗脳されてる人数は少ない。これくらいの人数なら、中学時代の夏休み、暇すぎて一日中ゾンビを撃ち殺すゲームをやっていた僕にかかれば一瞬で終わる。

 洗脳されている人間の残骸を見て、生き残った人は皆、嘔吐していた。多分、僕と卓也は遥斗のリアルすぎる漫画で、耐性がついていたから、気持ち悪くならなかったのだが、現実で見ると、思っていたよりグロい。

「うんうん、まぁ、よくやった方じゃないかな?でも、僕は君たちを逃すわけにはいかないんだよ。せっかくの優秀な人材達が、死んでいく姿を僕は早く見てみたいよ」僕は、遥斗が喋っているのをそっちのけに、脱出できそうな出口を探していた。

「卓也、出られそうな穴はなかったか?多分だけど、もうそろそろ遥斗が、殺しに来る気がする」ただの直感なのだが、僕は遥斗の脳を読めると言っても等しいほど、あいつを知り尽くしていた。

「あー、そういえば言うの忘れてたけど、出口なんかないよ。僕が出られそうな穴は全て塞いだから」そう遥斗は言ったが、僕は出られそうな穴を既に見つけていた。

「なぁ、さっきの馬鹿達はあの後、どうやってここから逃げたと思う?」

 熱湯を僕らにかけ、武器を落とした後、横に出て行ったのを、僕は見逃していなかった。

 どうにかして、あそこへ登れたら逃げれそうだが、そんなジャンプ力はないし、運動神経も良くない。

「俺に良い案がある」そう言って、卓也は遥斗が常時映っているスクリーンに、拳銃で穴を開け、フリークライミングのように、軽々と、五メートルはある置物の上に乗っかった。

 卓也が、僕含め、生き残っている四人に向かって「俺が今やったみたいに上に登ってきてください」と言った。

 だが、中には五〇歳を超えた男もいる。簡単に行けるわけがないと思ったが、卓也が急に僕の隣にいた二十代後半の女を撃ち殺した。

 どうやら、こいつも遥斗に洗脳されたらしい。登れそうにない、女や中年の男の下半身を押し、強引に上に登らせ、僕が最後に登ろうとしたところを銃で、僕の足を撃った。

 振り返ると、片手に手榴弾を持った遥斗が不気味な笑みを浮かべながら立っていた。力が入らなくなり、僕は三メートルほどの高さから落ちた。

 一体どこから入ってきたのかと疑問に思い、遥斗が立っている後ろをみると、地面に穴が空いている。ここから入ってきたのか。

「ごめん、僕高所恐怖症で上には登れないんだよね。そして、もういいよ。君たちは逃がしてあげる。でも佐野、お前だけはここで確実に殺す」そう言った遥斗の顔は何故か悲しげに見えた。

 でも、これも洗脳されかけているのだと、思わざるを得なかった。

「いや、死ぬのは佐野だけじゃない。ここで俺ら三人は死ぬんだ」五メートルの高さから、卓也は降りてきた。

「俺は佐野と約束したんだ。守れるものがあるなら、命ごとき欲しくないって。だから、ここでお前はその手榴弾のピンを抜き、手に持ったまま爆発する。どうだ?最高だろ」そう言う卓也には、何か策があるようだった。

 どうにかして聞こうと思ったが、変に怪しまれたら、僕らだけ死ぬ可能性もある。

 上を見上げると、誰もいない。既に上まで登っていた人達は外へ出ていっていたらしい。

「いや、今からこれを投げて僕が出て行ってもいいんだぞ?そんな死にたいなら、今すぐにでもやってあげてもいいよ」遥斗は余裕そうな表情を見せながらそう言った。

「佐野、俺が手榴弾をどうにかするから、お前はあいつを取り押さえてくれ」卓也が全速力で遥斗に向かって走り、僕の横を通り過ぎる瞬間に早口で言った。

 卓也は僕のことを信用しているのだろう。そうでもなかったら、一人でどうにかしているだろうから。

「お前調子乗り上がって」遥斗はそう言って、手榴弾のピンを抜き、卓也に投げた。

 だが、卓也はそれをキャッチし、誰もいない場所に向かって豪速球で投げ、爆発による被害は抑えたが、この倉庫はそんなに広くない。爆風によって、僕ら三人は吹き飛ばされた。

 遥斗が持っていた武器は、今投げた手榴弾一個と、ナイフ、拳銃一丁だけらしい。

 卓也はすぐに立ち上がり、遥斗に馬乗りになり、首を絞め、失神させた。結局、僕は遥斗の身柄を抑えるのに、何も協力できなかったが、遥斗のポケットに入っていたスマホで警察を呼ぶ。場所はわからなかったが、即座にマップを開き、現在地を調べ、ここの住所を伝えた。

 十五分後、警察が僕らが逃げ出そうとした出口から、七人ほどで一斉に入ってきた。

 遥斗はまだ意識が戻らず、逮捕はすんなり行った。僕らは安全に保護され、事情聴取を受けて、無事家に帰り着くことになったのだが、遥斗が結局どうなったのかは、教えてくれなかった。

 遥斗が捕まり、僕らは遥斗に面会するわけもなく、翌年を迎えた。

 二〇二三年一月五日、福島さんから連絡があり、遥斗の死刑は次の年の二月ごろに執行されるらしい。それに、上の人と相談したところ、僕らが死刑の執行をすることを許可してくれた。

 でも、僕らは精神が安定せず、何故今生きているのか、生きていて意味はあるのかを考えるようになった。

 死んだ魚の目をしながら学校に行って、今後ほとんど使わないであろう、よくわからない単語を聞いて、家に着いたら寝る。このほぼニートみたいな暮らしをしていた。

 どうやら、卓也の母と父もこんな状況らしい。そりゃそうだろう。だって、自分の息子が人殺しをした上、もう一人の息子でさえも殺しかけているのだから。

 僕は、こんな絶望的な状況でも、一つの光がかすかに見えてきた。かつて、祖母が僕に言い聞かせていた「守れるものがある人は負けない」と言う言葉。

 守れるものがあるなら、自分は強いのだと、思って探してみたのだが、これも一日で限界を迎えた。そもそも、僕らが遥斗に襲われて生き残ったのもただ運が良かっただけ。

 何かしらポジティブに考えようとしても、結局こんな結論に行き着いてしまうのだ。

 これが『鬱』と言うものなのだろうか。死にたいわけでもないし、生きたいわけでもない。

 全く勉強できず、進級できるか心配だったが、何とか進級することができ、安心していた。卓也も心配だったが、ギリギリ進級できた。あと一教科単位を落としていたら、留年だったらしい。

 まぁ、この一年いろいろトラブルもあり、常に心臓が止まっていると言ってもいい状態だったから、仕方がない、としか言いようがない。

 学校に行っても楽しくないし、勉強したところで、将来こんな単語使うと言ったら、ほとんど使わないと思う。

 三年になったと同時に、ずっと金と時間の無駄だと思っていた、部活もやめた。どっちにせよ、あと三ヶ月で引退だったのだが、その金を払うのが勿体無いし、顧問にわざわざ休みの連絡を言いに行く時間と労力がもったいなかった。

 卓也はまだ西村と交際は続いているらしいが、鬱な卓也を西村は、会うたび慰めることしかできないみたいだ。卓也はもう僕と西村以外、あまり喋らなくなってしまった。

 僕は小説を一日中一文かけて良い方になってしまい、多分、これが人生においてどん底にいた時だっただろう。

 一体、いつになったら人生の最長点は来るのだろうか。既にその時は迎えているかもしれない。いや、まだこれからだ、とはならなかった。

 この三ヶ月で何回、無意識に深い川の前に立っただろう。生きたくなかったのは自分でも分かっているが、死にたいと思ったことがないのも事実。

 何故本能的に死のうとしているのかが分からなかったが、もしかしたら、こんなことでさえ考えるのが嫌になり、いっそのこと死のうとしていたのかもしれない、と言う答えが出た。

 でも、こんな答え、信じなくはなかった。

 全部、全部遥斗のせいにしてやりたかった。

 運命とか、自分のせいとかにはしたくなかった。

 本当なら、こんな現実、受け止めたくなかった。大人しく、一度遥斗に捕まった時点で、死んでおけばよかった。

 馬鹿だった。遥斗より遥かに。

 とりあえず、今は遥斗が死刑になるのを待つしかない。それまで、精神が安定しなくとも、生きておけば何とかなると思う。そう信じたかった。

 遥斗がいなくなったからと言って、学校に行かなくなったわけじゃない。学校が少し面白くなくなり、卓也と話す頻度が少し減っただけ。

 体育祭も、文化祭も、遥斗がいた時とは違って、無事に行われたし、何事もなく、二〇二四年を迎えられそうだ。今年は誰も死ななかった。

 安心できることなのだが、これがないから、遥斗がいないことが、より一層実感させられる。

「そういえばだけどさー、俺が福島さんに遥斗の死刑執行をお願いした時、その情熱に負けた、とか言ってたけど、つまりは俺の言ってる意味がわからなかったけど、とりあえずうるさいから考えとくって意味だろ?俺ってそんなに話し方下手かな?」昼休み、風や虫の音しか聞こえないベランダで、二人外を見ながら、卓也が唐突に行ってきた。

「んー、何だろうな。例えばだけどさ、僕が今急に話題振ってよ、とか言われてすぐ出る?」

「すぐには出ないよね。それに、振られたらそれなりにいいやつを出さなきゃだしね」卓也は人とコミュニケーションをとる時、大体自分から話を振っている。だから友人が多い。

「そうだよね。でも、話自体が面白くても、話し方によっては面白く感じなくはなるから、大切なのは話し方なんだよ。その逆で、話は面白く無くても、話し方が面白かったら面白く感じてしますだろ?だから、話し方が上手かったら続きを聴きたくなるし、そいつの話し方に聞き惚れる」僕は特に誰の話し方を真似しているとかはないが、話し方や小説を書くときの会話以外の部分は最善の注意を払って、話したり書いている。

「話し始めの掴みの部分は、結論から言うこと。期待させたばかりじゃ飽きちゃうからね。まずは二文聞いてもらって、次の二文を期待してもらうように考えて言う。そしたら、次の二文、次の二文って繰り返されるからね。掴みが終わったら徐々に山場に行く。山場を続かせて、自然な感じでオチまで運ぶ。こんな感じで僕は話し方を工夫しているかな」

「へぇー、ありがとう」それだけ言って、卓也は教室に戻って行った。

 遥斗の死刑まであと二ヶ月くらいだろうか。なんか、少しだけ気が楽になった。

 卓也もそうだった。

 やっとあの化け物を殺せる喜びなのか。あの化け物がまだこの世にいることの、恐怖心からもう少しで逃げられることが嬉しいのか。自分では何故楽になったかは分からないが、このままあいつの死刑までこの調子だったら、殺した実感もほぼ無いだろう。

 楽になったのは良いものの、調子に乗ってしまった僕らは、遥斗の面会に行くことになった。元は卓也が僕に誘ったのだが。

 遥斗に会うのも、約一年ぶりだろうか。

 冬休みに入り、僕らは遥斗に会いに行った。まだ、解決されていない事件もある。それが遥斗の仕業なのかも調べなきゃいけない。どっちにしろ、死刑は確定だろうが、最期くらい全て吐き出してほしい。

「おぅ、久々だな」面会時間は一五分、少ない時間なのに、五分沈黙状態だったが、卓也がやっと口を開いた。

「どうだ?ここでの生活は」卓也の声色には、特に感情がないように聞こえた。怒りもなければ、悲しみも、嬉しさもない。

「苦では無いよ。いつ死刑が執行されるか、楽しみだよ。でも、君たちが来たってことは、もう後少しってことだよね」遥斗は、まだ僕らと親友であり、優しい声で話した。

 この話し方も、洗脳し殺害する上で活用した、語り方なのだろう。

「お前、まだ隠してることあるだろ?全部言えよ」僕は、少し口調を強くしたが、声に怒りの感情は入れてなかった。

「隠してること?別に無いと思うけど。なんかあったっけ?」そう言っている遥斗の口元を僕は見た。窄んではいない。

 これが心当たりがないのか。分かってはいるが、限界まで嘘をついているのを隠そうとしているのかは、僕にはわからなかった。

「一年の文化祭で火事が起こっただろ?あれ、お前の仕業だろ」僕は核心をついた感じで聞いた。

 これには、後ろでメモをとっている刑事も、僕に顔を向け少し睨んだ。

「あー、あれね。僕、人を殺しすぎてそんなこと忘れたよ。うん、そうだね。あれも僕だよ。それと、福岡で行方不明になってる一五歳も、僕が君たちが来るのを待ってる間暇すぎて殺しちゃった」そう言った時の遥斗の口調は、あの煽っているようなものだった。人格が違うのか、と疑ってしまうくらい、人が違った。

 心なしか、顔も違うように見える。

 後ろにいる刑事はメモ帳に、遥斗自ら話した殺人を手を走らせて書いていた。

 一方、卓也はと言うと、顔が真っ赤に染められ、今にも遥斗を握り潰しそうな怒りの表情を見せていた。卓也は遥斗がまだこんなに殺人を犯していたとは、思いもしなかったから、この一瞬ではらわたが煮えくり帰っただろう。

「まぁ、五十件が五一件になったところで、死刑なのは変わらないけどね」遥斗はそう言って、刑事に手錠をかけられ、部屋から出て行った。

 僕らも留置所から出て、卓也はタクシーを呼んであるところまで、早歩きで行った。僕も少し走ってタクシーに乗り、卓也と話した。

「俺、少し調子乗っちゃったかも。あんなやつのところに行かなきゃ、こんな気分にならなかったのにな。行動が馬鹿すぎたわ」卓也も僕と同じ気持ちだった。

「うん、僕もあんなこと聞かなきゃ、こんな気分にならなかったのにな」僕は、卓也が言った台詞に穴をつくり、それを埋めただけの言葉を言った。

 遥斗の死刑は必ず執行される。しかも、僕らが執行するわけだ。その事実は変わらない。

 だが、僕はこの現実から逃げ出したかった。どうにかして、執行することを逃れる方法はないか、と考えてみたが、死ぬか、ドタキャンするかしかない。

 でも、それは人としてどうかと思う。一度言ったことくらいやらなきゃ、僕はなった行かない。

 それに、あの時卓也が言っていた、遥斗は僕らが殺さないと死んだことにならない、みたいな事が本当に起こるのではないかと、心配になる。

 被害妄想が過ぎるのは、自分でも分かっている。僕も、人を殺したくなんかない。

 こんな心情だが、結局何も行動に移せないのが現実。

 ただ生きているだけの日々を繰り返し、遥斗の死刑まであと一ヶ月になったある日、卓也が話しかけてきた。

「なぁ、俺たち本当に遥斗を殺さなきゃいけないのかな。今思うと、俺たちが見てきた遥斗は別人だったんじゃないかって思うようになって」卓也も気持ちが落ち着かないらしい。

 緊張とかではない、何かが僕らを襲っている。

「いっそのこと、遥斗の死刑が執行される日、遥斗ごと逃げてみるか?」僕は少しでも空気が明るくなるように、笑いながらこう言った。

「でも、どうやって逃げるんだよ」卓也は割と真剣な目を僕に見せて言った。

「嘘だよ。あいつじゃ無くても、人殺しは死ぬべきだ」僕は卓也を説得させるような声で、落ち着かせながら言う。

 卓也は理解して、家に入って行った。

 卓也と僕は、それから何度か、遥斗に会いに行った。特に話すことはない。ただ、元気かだけを見に行くだけ。

 僕は遥斗の姿を見るだけで、不思議と元気になったが、卓也は、遥斗を見ても死んだ魚の目をしたままだった。

 でも、そんな空気感の中で、遥斗が僕にお願いをしてきた。

「あのさー、僕が死んだら今までの話で小説を書いてくれないか?自分で言うのも何だけどさ、こんな人生そこら辺の凡人でもそんななだろ。お願い。どうかこんなクソみたいな世界を世界中に知らしめてくれ」

 僕はこの話に対して、首を縦に振ることしかできなかった。

 翌日の夕方、遥斗の死刑執行日の知らせを福島さんの連絡で知らされた。

 二〇二四年、二月二九日だと言う。閏日か。

 四年に一度、一年の日数のずれを調整する日とさる。二月二九日が、その閏年として、追加される日だ。

「佐野、確か遥斗の誕生日って二月二八日だった気がするんだけどさ、もしかして本当の誕生日は二九日だったりするのかな?」

「いや、それはないね。僕らの生まれた年が二〇〇五年、でも遥斗は早生まれだから二〇〇六年、一番近い閏年は二〇〇四年か二〇〇八年だから、あり得ない」

「あーね。そういえばそうだわ」そう言うと、卓也は納得したように首を縦に振ると、どっかへ歩いて行った。

 その後は特に遥斗と接することもなく、死刑執行前日、僕は一日中飼い犬みたいな時間を過ごした。

 何も言われなければ動かず、眠たかったら寝る。起きたらぼーっとどこかを見ながら、能面みたいな顔で座っている。

 こんな一日を卓也も同じように過ごした。

 昼間から寝ていたせいか、その日は眠らなかたった。

 そして迎えた、二〇二四年二月二九日、大雪の中、傘を差しながら、待ち合わせしていた一本の白樺の木の下で卓也と合流した後、どちらとも喋らないまま、駅のホームへ向かう途中、押し倒されて揉めている中年の男たちを横目に、人混みをはけながら、切符を通してホームへ入った。

 通勤、通学時間で学生やサラリーマンも多い中、僕らだけ、は通夜みたいな目立つ服装で満員電車に乗っていた。

 まだ高校生なのに、今からすることが、夢かどうかもわからなかった。

 今から、生きていく上でほとんどの人が経験しないであろう事を僕たちはするのだ。

 人に押し潰されながらも感じられる、この揺れ、その電車の中には酔っ払った60代ほどの男が隣にいる若い女と肩を組み、女子高生はスマートフォンでインスタグラムのストーリーを投稿しながら話している。

 僕と卓也は今向かっている駅に着くまで、一言も喋る事なく、約30分間ほど、電車内での静寂を過ごした。

「次は、武雄温泉駅です。」

「よし、乗り換えるか。」何故かずっと沈黙状態だったのを破ったのは卓也だった。

「うん、そうだね。つぎは5分後にくる新幹線だね。」その後も僕ら二人は、口を開かないまま新幹線に乗った。ここでは人が少なく、二人とも椅子に座ることができるほど余裕があった。

 その後は、一時間ほど新幹線に揺られ、まだ朝の七時という事もあり、卓也は白目を剥いていたが、僕は緊張のあまり、昨晩寝れなかったのにも関わらず、睡眠欲が全くなかった。それに加えて食欲もない。

 なんだか、自分が今なにをしたくて、何をしたくないのかが分からなくなってきた。

 既に頭がおかしくなっていたのだろうが、自分では、それに気づかず、側から見たら、完全に薬物をヤっている目になっていたと、その場で卓也が言ってくれた。

 多分、卓也が喋りかけくれなければ、僕はここで失神していたかもしれない。

「次は、博多駅です。」ホームに降りて、武雄温泉駅のホームで呼んでいたタクシーが、駐車場にわかりやすく止まっていた。

「お客さん、本日はどちらまで?」おそらく還暦を迎えているであろう男性ドライバーが僕らに、どこか懐かしい声で聞いた。

「えっとー、福岡留置所までお願いします。」どちらとも口に出したくはなかった。このドライバーに何を思われるかがわからないからだ。

「福岡留置所ですね。」そう言いながら、車の中にあるカーナビのモニターで福岡留置所と調べていた。

「シートベルトの方よろしくお願いします。」そう発した直後に、タクシーは動いていた。

 本当は、福岡に知人がいれば、車で行きたかったのだが、あいにく、そんな都合よく世界は成り立ってない。

「ところでお客さん、なんで本日はこんな朝早く、留置所へ?」

「僕ら、今か」

「おい、いえなんでもないです。留置所の近くにあるご飯屋さんに行きたくて。」危なかった。ここで卓也を止めなかったら、どうなっていたことやら。

「あー、そうなんですね。でも、今日は平日ですけど、学校は大丈夫なんでしょうかね?私から見たら、高校生に見えますので。」卓也に答えさせたら、また僕が止める羽目になりそうだった。だから、僕は卓也よりも早く質問に答えた。

「今日、僕らの学校、休みになったんですよ。ほら、昨日全国的に大雪になったでしょう?校長が今日は学校を閉鎖するって言ったんですよ。」咄嗟に出た嘘が、結構質の良い回答だったので、自分でも少しすごいと思ってしまった。

「へー、そうなんですね。」そんな、僕らが今から何をするか分かるかもしれない、ぎりぎりの質問攻めをしてくるドライバーと30分間話していてる途中、

「はい、着きましたよ。えー、ご料金の方が、千と九十円ですね。」

「はい。」そう言って僕の財布からピッタリ千九十円を払って、ありがとうございましたの一言も言わずに僕らはタクシーを降り、目の前にある留置所へ入っていった。

「本日はどんな御用件で。」受付の女性が、僕らに聞いた。なんか今日はやけに質問が多い。

「あのー、福岡警視庁の福島さんに会いにきたんですけど。」

「あー、かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」それから5分ほど待っただろうか。その時間は永遠に感じられた。

「佐野くんと神谷くんで合ってるかな?」その見た目とは裏腹に、声はすごく優しそうで、いつでも寄り添ってくれそうな口調だった。

「はい、そうです。」

 時刻は九時、僕と卓也は長い廊下を歩いたその先に天沢の姿があった。

「とうとう時間がやってきたな。」その声にはまるで、恐怖心がなかった。今から『生』というものがなくなると言うのに。

「そんじゃ、卓也、佐野、よろしくね。今までありがとう。楽しかったよ。」その声を聞いた瞬間、僕の肩から感触がなくなっていく。今なら、右腕を切断されても気づかないくらい。

 そして、僕はボタンを押した。この感覚は人生で初めて経験したような感じだった。

 何故か、自分が押した感覚はないのに、押した瞬間に全てが戻るように、少し重たく、数年使っていなかったのだろうか、すごく冷たかった。

 指先から手首へ、手首から肘へ、肘から肩へ、肩から因数分解されたかのように、全身へ伝わるこの感覚はなんとも言えなかった。

 僕ら以外、同じ空間にいる人間はガラス越しに見える警察だけだ。その状況下、卓也が抑えて、僕と卓也だけが泣かずに、死刑を執行した。

 遥斗の死刑が執行された。

 僕は、一人の人間を殺害したのだ。

 意識が薄れていく。ただ、すぐに目が覚めてしまう。これが繰り返され、気がついたら、倒れてしまった。

 誰かが駆けつけ、僕を抱え上げる。僕は必死に話そうとする。上手く喋ることはできないが、せめて口の動きで伝わるのなら、と抱えてくれている警察に向かって、伝えようとする。

 遥斗は死んだのか、と。

 多分、警察は僕が言おうとしていることを理解していない。

 一方卓也も、僕と同じ状況だった。

 必死に伝えようとするが、体力が限界を迎え、僕は眠ってしまう。死にそうになったわけじゃないが、一時的に仮死状態みたいだったと、医師は言っている。

 卓也も起き上がり、僕らはそばにいる福島さんに遥斗の死刑はどうなったか、と聞く。

「大丈夫だよ。しっかり死刑は執行された。ご苦労だった」それだけ言って、福島さんは部屋から出て行った。

 僕らはその後タクシーに乗り、駅に着いたら、電車で自宅の最寄り駅まで着き、それからは各自で帰った。

 まだ、現実を受け止めきれなかった。自分の手で人を殺した事を。

 ただのボタンひとつで簡単に人を殺した自分を殺したくなった。

 何をやったのだと。自分の中では、遥斗は無実だと、思いたかった。というか、思っていた。

 でも、遥斗は自分で人を殺めたことは認めている。それだけは確実だ。

 遥斗の死刑が執行されてから一週間が経った頃、僕は何故か清々しい気分だった。ずっと邪魔だと思っていたものが消えてくれた時みたいに。

 こんなことが一週間おきにあった。精神が安定せず、急に不安なったりしたが、卓也も同じ状態にあり、仲間がいたことに安心し、少しだけ心に余裕ができた。

 そしてやってきた卒業式。進学先は決まらず、テキトーに就職できそうなところを担任が見つけてくれたお陰で、今後困ることはなさそうだった。

 ある日、僕は遥斗がまだ死ぬ前、遥斗にお願いをされている事を思い出した。今までの出来事を小説にして書いてくれ、と言われていた事を。

 僕は、気分だけで小説を書いた。

 小説を書き始めて思い出した、この感覚。気分が落ち込まない。常に楽しい。小説のことを考えている時だけ、感じられるこの感情。

 僕は、一日で五千文字は書けるようになり、人生のどん底にいたこの前までとは別人になったように、小説が書けた。

 最後の最後まで来て、僕は突然手が止まってしまった。どうやっても、ハッピーエンドにならない。

 僕のポリシーとして、バッドエンドだけは許せない。どうにかしてハッピーエンドにしなければいけない。

 僕は一日中考えた。この考えている時間も全くもって苦痛じゃなかった。だが、思いつかない。

 考えて、考えて、リアリティは無くなってしまうが、ある一つのオチを思いついた。

 小説に書いてくれ、と頼まれた小説が現実になってしまう。現実になれば、その先の出来事はわかる。自分で運命を左右できる。

 それに、どうにかすれば、遥斗を助け出すことだってできる。こんな話で本当に良いのかと、自分に聞いたが、当然返事なんか返ってこない。

 誰かに聞けないかと考えた末、まだ元気のない卓也に聞くことにして、この話をすると、急に元気になり、それいいじゃん、と目を大きく開け僕の肩を揺らした。

「ちょっ、痛いよ」僕は少し静かに言った。

「あっ、ごめん」卓也はすぐ謝り、僕の肩を軽く叩いた。

 卓也は、それから僕が小説の話をすると、気分も良くなり、二人とも、前までの精神状態まで治った。

 そして、僕はこの調子のまま小説を書き続け、勢いに任せて応募もした。正直、手応えはなかったが、これが本当に僕が書きたかった小説だ、と審査員に見せつけたかった。

 元々は、承認欲求のためだけに小説を書いていた。でも、僕は今知らされた。小説は、誰かに読まれるためにあるのだと。大事なのはリアリティなんかじゃない。

 当然のことを言っているのだと思われるのかもしれないが、小説は人を変えるためにあるのだと、僕は今この瞬間感じた。これと同じで遥斗も人を変えるために、漫画を描いていたのだと。

 僕は入社した直後に会社を辞め、小説家を再度目指した。

 応募したのは四月、結果は十月、僕は結果発表までの時間が待ち遠しかった。

 その時が来るまでは、話が思いつかず、小説なんかちっとも書けなかったが、こんなにも楽しい待ち時間は人生で初めて体験した。卓也にも読ませてみた。

「おいおい、すごいじゃないか。俺がみたかったのは、こんな小説だよ」卓也は下に親がいるのにも関わらず、大声で僕に向かって言った。

 その顔は、今までにみたことがないくらい、笑顔だった。

 そして十月になり、自分の家で、ドキドキしながらサイトを開く。受賞者を、下から見てみる。

 銀賞 土井 拓人 『この海が枯れるまで』

 金賞 中野 杏奈 『あなたの笑顔』

 大賞 佐野 傑流 『百回目のサヨナラ』

 僕の名前が、あった。何度見ても信じられず、ページを再読み込みする。

 名前がある。僕は泣いた。

 遥斗が死んだ時は泣かなかった、この僕が泣いた。泣いている自分も信じられない。夢かもしれない。

 頬を殴る。痛みはある。夢なんかじゃなかった。

 小説本来の有り様をやっと理解したのにも関わらず、受賞してほしくなかった自分もいた。でも、この小説が世に出回るとなると、嬉しかった。僕は叫んだ。外に聞こえても良かった。

 そんなことよりも、嬉しい、という感情だけが残っていた。

 僕は急いで支度して、卓也の家まで走った。

 家に着き、チャイムを鳴らして中に入る。卓也の部屋まで一直線で走って行った。

「おい、結果見たか?」息が切れていたが、声を出せるだけ出して、卓也に言った。

「うん、見たよ。大賞だろ?すげーじゃん」卓也はやけに落ち着いていた。

「何でそんなに落ち着いているんだ?才能のかけらもなかったこの僕が受賞したんだよ?しかも一番大きい賞に」

「いや、大体分かってたよ。これなら受賞するかもってね。自分で言うのもなんだけど、俺勘鋭いからさ」卓也は、僕が卓也を慰めていた時と同じトーンで僕に言った。

 一週間後、東京へ出た。もちろん卓也も連れて、人生二度目の東京に行った。

 メールで送られた、会場までタクシーで向かい、「スタッフ」と書かれているネックストラップを掛けてある人に、案内してもらった。

「君、名前は?受賞されてる方だよね?」

「佐野傑流です」

「あー、あの大賞の方ね。では、お隣にいらっしゃる人は?」

「僕の相方です」卓也のことを何て言おうと迷ったが、出てきた単語が相方か、連れしかなく、相方の方がしっくり来ると思い、勢いに任せて相方と言ってしまった。

「申し訳ないんですけど、中に入れるのは関係者のみでして。二人では入れないんですよ」想定外だった。まさか、受賞者しか入らないとは思ってもいなかった。

「いや、卓也は僕の関係者なので、どうかお願いです。スタッフ側でも良いので、いさせてください」

「そんなに言うんだったら、良いよ。あまりバレないように、これ付けときなよ」そう言って、自分がつけているネックストラップを卓也に渡した。

「すみません。ありがとうございます」僕と卓也はスタッフに礼を言った。

「俺から他の人には言っとくから」それだけ言って、スタッフは受賞者控え室に入って行った。

 僕と卓也は、授賞式がある部屋に入り、自分の名前が書かれている椅子に腰をかけ、五分待ったら、他の受賞者や、スタッフ、今回審査した審査員が入ってきた。

 それからは、各作品の好評だったり、賞状の贈呈があり、最後に受賞者一人一人の感想を言わなければいけなかった。銀賞から言っていき、最後に僕の番が回ってきた。

「まず、審査員の方々、今回の私の受賞に携わっていただきありがとうございました。そして、私がこの作品を書いたきっかけとしましては、亡くなった友人が、今までの人生を書いてくれ、と頼まれたからです。その友人は、皆さんご存知であると思われる、天沢遥斗です」僕がその名を出したら、眠りかけてたスタッフや他の受賞者も一斉に振り向いた。

 だが、僕はまだまだ続ける。

「あいつは、人として、やってはいけないことを犯してしまいました。だけど、僕はそんなあいつと関わってて、幸せでした。本当の幸福はここにあると、初めて思いました。そして、書いていくに連れて、気づいたことがあります。それは、小説の存在意義です。小説は、その作品を書いた人が有名になるための道具ではない。小説は、人を変えるためにある。僕はそう思います」僕はそう言った後、審査員の顔を見てみると、涙してた。

 僕が話終わった後、授賞式は終了し、僕らはさっき卓也を会場に入れてくれたスタッフに挨拶をして、家まで帰ろうとしたが、一人の審査員に止められた。

「君、来年で二十歳だろ?すごいな。君はうちの会社で今後小説家として活動していくけど、今日言ってくれた話を忘れないで小説を書いてくれ」そう言われ、僕ははい、としか言えなかったが、言いたいことはわかった。

 十日後、卓也から電話があった。

「おい、華奈が自殺した」僕は最初、華奈が誰のことなのかわからなかった。

「華奈って誰のこと?」僕は少しキレ気味に聞いた。

「西村だよ。俺の彼女の」卓也は電話越しに泣いていた。

「ちょっとまて、今からそっち行くから」僕は焦り気味にそう言って、電話を切ろうとしたが、卓也が何か言っている。

「ごめん、ありがとう。本当に」そう聞こえて、もう一度スマホを耳にかけるが、にも聞こえない。

 急いで外を出て、裸足で自転車を漕ぎ、卓也の家に着いてチャイムを鳴らさずに中に入った。走って卓也の部屋に入り、ドアを開けた。

 遅かった。

 卓也が首に縄をかけて死んでいる。つまり、卓也は電話越しに死んだ。

 僕は通話を切り、119をかける。

「火事ですか?救急ですか?」

「首を吊って死んでいる男性を発見しました。住所は……」

 そこから先のことはよく覚えていない。

 気がついたら病院の椅子で寝ていた。卓也の父親に起こされ、卓也を見に行った。

 死んでいた。僕が発見していた時点ですでに死んでいたのだそうだ。

 僕はまた鬱になった。いや、なりかけた。僕には、生きる意味を自分で見出せるようになり、そう簡単に落ち込むことは限りなく無くなった。

だけど、悲しいことには悲しい。幼馴染が死んだわけだ。しかも、電話越しに。

 精神的にもかなりやられている。

 卓也の葬式中、一瞬だけ、自分もいっそのこと死んでみようかと考えたが、卓也は彼女が死んだから一緒になりたくて死んだのかもしれない。つまり、僕に死ぬなよ、と伝えてくれたのではないかと思った。

 僕はそこからも生きる希望を見つけ出せた。

 だからこそ今は、小説なんかに構っている暇はない。西村は何かしらの原因があって自殺をした。

 唐突な彼女の死を受け止めきれず、卓也も自殺。卓也が自殺をしたのは確実だが、西村が必ずしも自殺をしたとは限らない。

 何かしら原因を突き止めなければ、卓也もあの世でゆっくりできないだろう。

 僕は、人見知りだったが、友人のためならと、いろんなところを回って西村についての調査をした。そして、分かったことが一つある。

 西村と卓也はスマホ同士でGPSアプリを入れ、卓也が急に福岡留置所に行った理由を考えようと、自分も実際に留置所に行ったらしい。受付の女性に卓也が来なかったかを聞き、何をしていたのかを調べて、遥斗の面会に行っていたことが発覚。

 西村としても、特に良く無いことが起きたわけでも無い。

 だが、ただの興味本位で、それまでほとんど関わったことのなかった遥斗の面会に立ち会った。それは遥斗の死刑執行前日。

 ここからは僕の予想だが、今まで何十人と洗脳してきたように、鏡越しであっても西村を洗脳し、自殺に追い込んだ。ただの予想だが、一つだけこの予想と一致しないところがある。

 それは、遥斗が死んでから西村が自殺するまで期間が空きすぎていること。遥斗がまだ僕の心の中に生きているように、西村の中にも、遥斗が残っていたのかもしれない。

 僕はそう思った。

 心の底から遥斗をもう一度殺してやりたいと思った。

 つまり、遥斗に洗脳された西村が時間をあけて自殺。卓也は何かに追われていることに気づいてあげられずに殺してしまった、と被害妄想がひどくなり、最後、僕に電話をかけて、一通り話が終わった後に自殺。

 そして、僕は今、この状況が飲み込みきれずに、固まっている。

 でも、こんなのはただの予測だ。僕が知りたいのは真実。真実を知れればこのモヤモヤなんて、一瞬で消えるだろう。

 多分、この一連の流れの中で一番の被害者は、僕か西村だろう。だって、西村はただ遥斗と話してみたくて面会に行っただけなのに、洗脳されて、自殺に追い込まれた。

 そして、僕は二人が死んだことにより、一人になった。多分、あの時生きる希望が見えなかったら、すんなり死んでただろう。

 ある意味、遥斗には感謝している。

 僕の作品が世に出回り、かなり流行った。Twitterのトレンドにも乗り、少し嬉しかった。

 ハッシュタグをつけて、作品名を打ち、確定を押す。ツイートの中には、もちろん面白かった、続編が欲しい、と言うような声もあったが、六割ほどは批判的なものだった。

 例えば、表現がリアルすぎて見る気にならない、なぜこんな作品で他の作品よりも優れているように見えたのか、などと僕じゃなく、審査員に矛先が向いているものもあった。

 僕はその日、よく眠れた。

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