第16話 極めし者たち

 第一王子ジーノスは、セイラルと化生が闘っている間に、弟のアティリスとアティリスの騎士を救出した。


 セイラルに加勢したいと思う。

 だが力量が違い過ぎる。

 己の腕では、足手まといにしかならないだろうと、ジーノスは冷静に分析する。


「ゴフッ」


 小さく咳き込んで、ジーノスの傍らに寝かせていたアティリスの意識が戻った。


「あ、兄上! 俺はいったい……」


 ジーノスはアティリスの肩を抱える。

 アティリスの首には、どす黒い痣が残っている。

 フィーマの姿をした化け物の、亀裂のような笑顔を想い出し、アティリスはブルっとする。


「助かったのだ、アティリス。今は、何も出来ない。今の、俺たちでは」


 炎の結界が所々途切れ、隙間から対峙する両名が見える。


 華奢な身体のセイラルが、騎士の扱う重い剣を構えて飛ぶ。


 アティリスの咽喉がゴクリと動く。


「……綺麗だ」


 およそその場に似つかわしくない、アティリスの言葉であった。

 だが。

 ジーノスも心の中で同意した。


 次の瞬間だった。


 セイラルの口から赤い花弁がこぼれ出た。

 化生の腕が、セイラルの左胸に突き刺さっている。


 二人の王子は、駆け出す。

 セイラルを、助けなければ!


「「セイラル!!」」


 我知らず叫んでいた。

 炎の中に飛び込もうとした。

 

 それなのに。


 足がぴたり、動かなくなる。

 畏怖からではない。

 どんなに前に進もうとしても、足底が地面に貼りついて、離れないのだ。


 このままでは。

 セイラルが!!


 兄上!!

 アティリス!!

 

二人とも、何かに縛られていた。



 シャラアアアン!

 シャラアアアン!


 ジーノスとアティリスの耳に、聞いたこともないような、澄み切った金属音が響いた。

 仰ぎ見ると上空には、三角と四角を合わせたような不可思議な図形が浮かび、その中心部から誰かが、ゆっくりと降りてきていた。


 老人である。

 手には長い棒を持ち、白い髭を垂らしている。


 老人は化生に向かって、何か言っている。


「わが弟子」


 その言葉だけ、聞き取れた。


 弟子、だと?

 弟子とは、セイラルのことか?

 セイラルは、どこかで何かの修行でもしていたのか!



 さて。


 そのご老人、小角は、錫杖を振る。

 胸から血を流すセイラルの体は浮き上がり、小角に抱きかかえられた。

 セイラルは目を閉じ、口の端から糸のような血を流している。


 顔色は白い。


「頼むぞ、天公てんこう殿!」


 上空の七芒星から光が増す。

 たいそうまばゆい。


「何い! 天公だと!」


 化生の顔が険しくなる。


 射す光とともに、大きな御手みてが現れ、そっとセイラルを包んだ。

 セイラルは目を開ける。


「あ、あな、あなた様は……」


 セイラルは小角の髭に触れる。

 セイラルの口元に、ふわりと笑みが浮かぶ。


「待たせたな、ひよし。いや、聖なる巫女セイラルよ。あとは、任せなさい」


 セイラルを包んだ御手は、セイラルの回復を見届けると、そのまま化生の腹を掴む。

 化生は顔を歪め、その口からは黒い霧状のものが立ち昇る。


「くそっ! なんで、ここに天公などが!」


 身動きを封じられた化生が、忌々しそうに歯ぎしりをする。


「お主、八大仙人の結界から逃げたものであったな。となれば、仙界の最高神に、お出ましいただくしかなかろう」


 化生の顔貌が変わる。

 先ほどまでは、フィーマの面影を顔形に残していたが、完全に男の表情になった。


 その男、口を真一文字に結び、赤い瞳から涙を流す。


「まだだ! 俺は、そこの女に、まだ復讐していない!」


 男は怨念をこめて、セイラルを見つめる。

 小角はセイラルを抱きながら、男に言い放つ。


「お主が、我が弟子に復讐せなばならぬ、いわれなどない!」


 男は天公の御手を振りほどき、じりじりと小角に近づく。


「俺は騙された。その女と女の一族に。

おかげで、仙界への道は絶たれ、命を奪われたのだ!

その女を魔界に落とすことが、我が復讐だ。


前回、女の母の身体を乗っ取り、女を不幸に突き落とそうとしたが、返り討ちにあった。

今回こそ。

今回こそは!!」


 男は血まみれの手を小角に伸ばす。


 パシャッ!


 男の手に、水がかけられた。


「それはお前の未熟さが招いたこと。誰でもない、己自身の咎。一度零こぼれた水は、二度と入れ物には戻らぬ」


 男の目の前に、いつの間にか誰かが立っていた。

 遠い遠い昔。交わした言葉。聞いていた声。

 その姿を見た男の目が揺らぐ。


「呂、呂尚りょしょう! なぜ、ここにお前が!」


 水を入れた器を投げ捨てた呂尚は、男を見つめる。

 微かに、哀しみを湛えて。


 呂尚。


 太公望の名でも、知られている。

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