第15話 鮮血

 青緑色の竜を見た化生フィーマの瞳が、すうっと細くなる。


「木竜、だな。先ほどの雷光、発したのはこやつか。……ならば」


 青緑竜は全長は、成人男性二人分ほどだ。

 その竜はセイラルを護るように、彼女の頭上を漂う。

 化生フィーマは瞳を赤くして、するすると両の腕を再生する。


 化生はそのまま手を空にかざす。

 掌からは銀色に光る、槍の先が生まれる。

 化生フィーマは逡巡なく、木竜へと光る槍を放つ。


 シュンッ!!


 木竜は胴体が真っ二つに切断される。


「木気の竜ならば、金気に剋される。今我が手を離れたものは、金の気をまとう、白金だ」


 満足そうに化生が笑う……


 だが、その笑いは途中で凍り付く。

 分断されたはずの木竜は、くるりとセイラルの頭上を廻り、再び元の姿へと融合したのだ。


「なぜだ!」


 木竜は己の胴体を貫いたはずの尖った白金を咥えると、そのまま嚥下する。

 青緑色の竜体は、たちまち輝くばかりの白色に変わる。


「ま、まさか。セイラル、その竜は……」


「ええ、この地より遥か彼方の、桃源郷より生まれたもの。

あなたの単なる五行の知識が、通用することは、ない!」


 驚愕の表情を浮かべる化生に、再度雷光が落とされる。

 化生は両手で印を結ぶ。

 すると化生の背から。翼のような炎が燃え上がる。


 木竜が放った雷光は、揺らめく焔に吸収された。


 さらに、化生の体から生じた炎は結界の如く、セイラルとフィーマを取り囲む。


「もう、誰にも邪魔はさせんよ」


 化生が地面に手をつくと、地面は割れ、中からは岩石が溶けたような、泥流があふれる。

 あふれた泥流の表面は、銅のような色をしている。

 同時に、立ち昇る大量の水蒸気。


 炎にあおられ、地下熱が沸き上がり、セイラルの額にも汗が浮かぶ。


「あれは……」


 セイラルの脳裏に、霊峰富士の火口の極彩が蘇る。

 その中心は、焼けた鉄よりもなお赤く、大蛇のようにうごめいていた。


 溶けた岩であるぞ。

 そう小角は言った。


「さあ、この泥流を止めてみよ、セイラル。動き始めたら、草木も石段も飲み込むぞ。

ましてや人間など、一瞬で消え去る」


 化生の言うとおりである。

 高温で動き始めた泥流は、すぐにセイラルの足元まで来た。

 触れてもいないのに、セイラルの靴が溶けた。


 水の神よ!


 国を護りしユーニアーよ!


 何卒、守り給え!!


 セイラルの頭上、二体の竜が彼女の祈りに応える。


 水気の竜は黒色竜となり、泥流に氷結をぶつける。

 泥流は次々に、白く蒼く固まっていく。

 木気の竜は、地中の金属を固めて堤に変え、泥流が広がるのを防ぐ。


 セイラルは全身に、ユーニアーの清浄な水を受けた。

 これでやられることはない。

 熱気はもちろん。

 邪気にも、だ。


 セイラルは、アティリスに駆け寄った騎士が落とした剣を拾う。

 切っ先を天にかざし、水の神に祈る。

 剣は青白く光り、水の加護を持つ。

 水気の竜は、セイラルの身体に吸い込まれ、セイラルと一体化する。


「今

ここで終わらせる!」


 セイラルは剣を持ち、炎と熱風をものともせず、姉フィーマの身体に巣食う化生に向かって走る。

 化生は、泥流を浮かせ、土塊と変え、石礫いしつぶてのようにセイラルに投げつける。

 いくつもの石礫が当たったセイラルは、頬や脚の皮膚が裂ける。


 セイラルは跳躍する。

 化生の頭頂部から斜めに、一気に剣を振り下ろす。

 果物を切りさくように、化生の体は二つに割れる。


 だが。


 化生の切創は、互いに粘液を送り出し、すぐにぴたり、元の姿に戻る。


「ほお。思ったより腕が上がっているな。地底の熱も冷めてしまった」


 化生は、自分の手で、歪んだ顔かたちを整えると、そのまま指先を伸ばし、セイラルの心臓に突き立てた。


「ぐはああっ!!」


 セイラルの口から鮮血が散る。


「終わるのは、そなたの方だったな、セイラル」


 ずぶりと音を立て、化生がセイラルの心臓を掴み取ろうとしたその時だった。



 シャラアアアン!

 シャラアアアン!


 錫杖の音が、庭園に居る者全員に聞こえた。


 その音で、化生の顔色が変わる。

 セイラルの胸から手を引き抜き、自分の両耳を押さえる。

 化生は思いきり頭を振り、子どものように嫌がり始めた。


「やっ、やめろ! やめろやめろ! 音を止めろ!」


「そこまでじゃ。お主。空をみよ。目の前のセイラルに気を取られ、気付いておらなんだか」


 錫杖を持つ、高下駄を履いた老人が天を指す。

 つられて空を仰いだ化生の瞳孔が開く。


「ま、まさか。七、芒星ぼうせい!」


「我が弟子を、よくも傷つけてくれたな。お主の逃げ場所など、ないと知れ!」

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