第12話 血煙

ラステック・ヴィステラが国王に向けた反逆の刃を、真っ先に止めたのは第一王子であった。

 王と王妃は、近衛兵が退避させる。


「血迷ったか、ヴィステラ侯!」


 互いの剣を斬り結びながら、ジーノスが叫ぶ。


「血迷ってなどおらぬよ、王太子殿下。二十年かけ、ようやく得た機会なのだから」


 ジーノスがラステックの刃を弾く。

 火花が散る中、ラステックは笑う。


「さすが師団長を務めた腕だな、殿下。だが、まだ青い」


 いったん下がったラステックは、剣を片手に持ち、左手をジーノスに向ける。

 ラステックのてのひらから、いきなり伸びる何本もの触手。

 硬質の、枝のようだ。


 見たこともないラステックの技に、ジーノスは戸惑いながらも、片端から枝を切り落とす。

 切り落とされた枝は、黒煙を上げ消えていく。

 二人の斬り合いの近くにいたフィーマは、割れたグラスの破片をジーノスに投げつけた。


 ジーノスの頬に、朱の線が走る。

 一瞬の隙をついて、ラステックの太い触手がジーノスの首に向かう。

 さすがのジーノスも、反応が遅れた。


 これまでか!


 ジーノスの額から、汗が一滴落ちた。


 その時。


 藍色の花びらが、くるくると舞う。


 ジーノスの首を貫く直前、ラステックの太い触手は止まった。

 触手には、藍色の細長い紐が巻き付いている。

 紐の端を握っているのは、ラステックの二女、セイラルだった。


「もう、おやめください、父上!」



 同時刻。


 会場内ではエイサーたちが、残った招待客を庭園の外へと誘導していた。

 エイサーが給仕役として、セイラルとジーノスのテーブルに来た時に、ジーノスは彼に掌を見せた。

 掌にはこう書いてあった。


『俺が陛下の元に行ったら、速やかにお客らを退出させよ』


 招待客の半数以上は、ジーノスとセイラルの婚約を祝った後、給仕姿の騎士の誘導によって、既に退出していた。

 残っていた者は、王家直属の上位貴族と王国の騎士団の者たちである。


 ジーノスはこの一ヶ月、東の大国の情報を集めていた。

 いつぞやの遠征討伐でケガを負った時のことが、彼の頭には残っていた。


 あの時。


 意識が混迷していくジーノスの耳に、かすかに聞こえてきたのは、東の国の言葉であった。


 の国が、今もユーバニアを狙っているのは明白である。

 そのために、第二王子を傀儡かいらいとし、大国の属国にしようと画策しているのだ。

 第二王子の即位を後押ししているのは、ヴィステラ侯と数名の上位貴族である。


 それはなにゆえか、ヴィステラ侯。

 ヴィステラ侯の長女フィーマは、東の国の血を引く者だからか。


 そのため。

 どんなにフィーマから粉かけられても、ジーノスは彼女に振り向かなかった。

 同じヴィステラ家からめとるのであれば、密かにセイラルをとジーノスは望んでいた。


 だが、弟であるアティリスは、国家間の駆け引きや軍事情勢に疎い。

 セイラルとのせっかくの婚約を破棄したばかりか、フィーマを堂々と王宮に連れ込む弟の神経が、ジーノスにはどうにも分からなかった。


 ともあれ、第二王子の立太子に伴い、東の大国が何か仕掛けてくるだろうとジーノスはふんでいた。

 最悪、王宮占拠や上位貴族を人質に取られることをも想定し、人員配置を行ったのである。

 そして、ラステック・ヴィステラは、最重要の注意人物であった。



「もう、おやめください、父上!」


 キリキリと藍色の紐を引くセイラルは叫んだ。

 紐は、彼女が母から貰った、髪に付けていたリボンである。


「引け、セイラル! これは果たさねばならぬ、約定やくじょうだ!」


「いいえ、引くのは父上、あなたです! この藍色はイオニカで染められ、神殿の加護を受けている。あなたの体内に植えつけられた毒を、無効にするのです!」


 藍色のイオニカは、神聖な花である。

 その花や、花を使って染めたものを口にすれば、毒を消すことができる。

 

 セイラルの言葉通り、ラステックの手から伸びた触手は木の枝が枯れるように萎びて、軽い音を立て地に落ちた。

 その途端、ラステックは口から大量の血を吐く。

 彼は呻きながらその場に倒れた。


「父上!」


 セイラルが駆け寄るより早く、誰かがラステックを抱きしめた。


「ラステック様! ラステック様! あなた――!」


 それは退出を誘導されていた、セイラルの母グレーベンであった。


「いいのだ……グレーベン。我が妻よ。これで……呪いが、解除、された……」


 駆け寄ろうとするセイラルの前に、フィーマが立ちふさがる。


「おどきください! 姉上」


「いいえ、どかないわ。だって、あなたの相手は、わたくしよ、セイラル!」


 フィーマは髪の毛を逆立てて、唇に指を挟み、息を吐く。

 フィーマの口からは、笛の音のような音が続く。

 いつしか空は真っ黒になり、雷鳴は、そう遠くない場所で轟く。


 何かが。


 雲を背負って、何かが飛んで来る。

 地上に大きな影を落としながら。

 遠目にも、はっきりと分かるその姿。


「りゅ、竜! 竜だ! 竜が来るぞ!」


 赤い胴体と翼を見せつけるように、竜はゆっくりと空中を旋回した。

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