◇14 セピア

 私、セピア・ルアニストは焦っていた。


 周りの者達から出てくるダンテの話は、私が全く知らないものばかりだったから。


 自分で確認してくるとしても、私とダンテは元婚約者。ダンテのいるパーティーに私を招待する事はほぼ無い。それはよっぽどの変わり者以外だったらね。


 でも、私は、見つけた。



「ダンテ!」



 皆が言っていた通り、私の知っているダンテではなかった。何よ、毎日黒の服装をしていたのに、髪も長かったのに。どうして私と一緒にいた時とは違ってそんなに生き生きしてるのよ。


 私が彼の名前を呼んでも、まるで聞いていないかのように無視されて他の女に話しかけて。待ってよ、どういう事よ。私が一番この中で貴方の事をよく知ってるのに。



「ご令嬢、貴方に名前を呼ばれる筋合いはないのですが」


「だっだって……婚約者だったじゃない」


「そうです、婚約者です。ですから呼び方を改める事は当然でしょう。そんな事も分からないのですか。正直迷惑です、分を弁えて頂きたい」


「なッ……」



 確かに、私に話す様子は変わってる。前は、死んだ目で言ってきたけど、今はそんなんじゃない。変わった、皆が言っているように。


 でも、どうしてそんな事言うのよ。


 お願いだから話をさせて、そう思っていたのに彼は聞く耳を持ってくれなかった。


 そして、最後に。



「帰れ」



 以前見た事のある、ダンテが一番怒った時に向ける目でそう言った。



 このままじゃダメだ、そう思い次の日屋敷に向かった。けど、入れなかった。今まで普通に入れていたのに、どうして。門番に問いただしたら、ダンテの命令だって言い出した。しかも、書類付き。絶対嘘よ、ダンテは私にそんなこと絶対しないもの!!


 それから何度も通ったけど入れてもらえなかった。手紙を送っても読んでもらえずそのまま送り返されてしまった。


 おかしい、明らかにおかしい。だって、私今までそんな事された事なかったのに。



 急いで、私はダンテの事業で作ってるクロール生地のドレスを仕立てに行った。勿論新しいデザインのドレス。ウチの事業を潰した相手のドレスを仕立てるんだから、お父様にはバレないよう気を付けて。


 これを着てダンテに会いに行ったら、見てくれるんじゃないかって。そう思ったからだ。


 でも……



「ねぇ、どうして今すぐじゃないのよ」


「他にもご予約された方々がいらっしゃいますので、ご令嬢のドレスは4ヶ月後になってしまいます」


「私を誰だか知らないの?」


「いえ、ですが……」


「このクロール生地、私の元婚約者の作ってるものでしょ。だったら私のを先に作るのが筋じゃなくて?」


「それでは困ります、ご令嬢」


「さっさと作りなさいよ!!」



 何よ、私は元婚約者の作った生地のドレスを着ちゃいけない訳? 私は高位貴族の令嬢でもあるのよ? だったら一番優先して作るのが普通でしょ。


 何よ、周りの令嬢達のあの目。ライバルのドレスを着ちゃいけない訳? でもダンテは私の元婚約者なのよ? 別にいいじゃない。


 でも結局、このブティックではドレスが出来上がるのは4ヶ月後としか言ってもらえなかった。脅しまでかけてきたのよ、この私に。


 どいつもこいつも、そんな事してどうなってもいいわけ?


 日に日に減らされていく私のお小遣い。お父様に聞こうとしても、毎日毎日イライラしていて話しかけられない。だから、私の怒りは日に日に蓄積されていった。



「御機嫌よう、ラミアン嬢、ミレイ嬢」



 丁度、あのパーティーの際ダンテに気安く話しかけていた女どもがお茶会をしに集まると聞きつけ、その一人、ヴィオラ嬢を捕まえた。私も一緒に登場した事に、二人は顔を強張らせていて。でも、私の視線は令嬢達のとある物に向けていた。


 そう、ダンテの事業で作られたその商品たちだ。


 怒りを爆発させるかのように、ラミアン嬢の髪を掴んだ。



「キャッ!?」


「アンタさぁ、何ダンテと仲良く話してるのよ。このネックレスだって、アンタみたいな小娘が付けていいもんじゃないのよ。身の程を知りなさい」


「ルアニスト嬢!!」


「気安く呼ばないでよッ!!」



 私の肩に触れようとしていた女を押した。尻もちをついていて、もう一人の女に助けられていたけれど、私はそんな事何も気にしなかった。むしろいいざまねって思った。



「そ、その手を離してあげてください!!」


「はぁ? 誰に命令してるわけ?」



「離せ」



 聞いた事のある声。その声の主は、女の髪を掴んでいた手の手首を掴んできた。その人物は……今愛してやまない人。



「ダンテ!」



 ぱっと離してからダンテに抱き着こうとしたのに……避けられてしまった。


 ねぇ、どうして? どうしてその女の方に行くの?



「大丈夫ですか、ラミアン嬢」


「は、はい……」


「どういう事ですか、これは」


「迎えに、来てくれたの?」


「聞いていますか、これはどういう事ですか、と聞いたのですが」


「ねぇダンテ、私の為に来てくれたのよね?」



 触れようとした私の手を、彼は弾いた。


 え……?


 連れてきていたらしい、騎士の男達に捕まれて、その部屋から出された。手を伸ばして、ダンテの名を呼んでも、振り向いてはくれなかった。


 ねぇ、どうして?


 私、貴方の元婚約者だよね?


 私が一番、貴方の事を知ってるのよ?


 私が一番の、貴方の理解者なのよ?


 ねぇ、どうして?


 どうして、私にだけそんな怖い顔を見せてくるの……?


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