◇13 元婚約者

 今日もまた、とある人物のパーティーに出席している。主催者は、レスリス公爵。同じ公爵位の者なので断れなかったし交流は深めておくに越した事はないから出席したのだ。今までダンテはほぼ交流を断っていたからな。早く親交を深めておかなければ後で不利になったりもする。



「公爵は実業家として素晴らしい能力をお持ちだ。次も考えているのかな?」


「レスリス公爵に比べれば私はまだまだ未熟者です。でも、そうですね……今の事業が落ち着いてきましたからそれも悪くないと思います」


「もしや、今目を付けているのは真珠かな?」


「それも面白そうな話ですね、検討してみる価値がありそうです」


「はっはっはっはっ、公爵様は容赦ないな!」



 実は、あのルアニスト侯爵は新しい事業を始めたそうだ。俺が収入源を潰したのだからそうなるのは自然だ。今度は真珠を扱うようだが、まぁ実を言うとそのつもりで準備は整っている。レスリス公爵も鋭いな。それも分かっててそう言ったのだろう。


 今、ルアニスト侯爵は事業を始める際資金として借金をした。これを潰されたとあっては、借金を抱えて生活していかなければならなくなる。借金の額は、きっと相当なものだろう。事業を始める為にはお金が大量にかかるのだから仕方のない事ではあるが、果たしてどうやって返していくのだろうか。今後が楽しみだ。



「ご安心ください、貿易業に手を出す程の馬鹿ではありませんから」


「ははっ、公爵殿は敵に回したくはないな」


「私もですよ、今後ともよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、公爵殿」



 レスリス公爵の行っている貿易業は、今やこの大陸一といえるほど。多数の大国と契約を結んでいるのだ。こんな業界を牛耳る大物と対立してみろ、ひとたまりもない。仲良くしておくのが妥当だ。子供でも分かる。



「ほら、ご令嬢達が心待ちにしているようだ。私が独占してしまって申し訳ないな、ははっ」


「そんな事はございませんよ」



 うげぇ、ご令嬢達の視線がぐっさぐっさ刺さってきてるんですけど。この話が終わってしまうと雪崩のように来るって事だよな。恐ろしいな。イケメンも楽じゃないな。


 ではまた、と離れていってしまった。勿論それを待っていたご令嬢達が俺の所にやって来…



「ブルフォード公爵」



 …たところで使用人に声をかけられた。小さな声で耳打ちされて。



「高貴な方がお呼びです」



 と。高貴な方、ねぇ。となると、この人に付いていく一択しか用意されてないって事だろ。俺に向かって『高貴な方』という言葉を使ったんだ。もう簡単だ。


 仕方なく、その使用人に付いていく事にした。まぁ、令嬢達の餌食になるつもりはなかったしな。


 会場から出て、長い廊下を進む。ここです、と客間だろうか、部屋に通された。



「あら、早かったじゃない」



「……お久しぶりでございます、皇女殿下・・・・



 そう、この部屋で待ち構えていた人、俺を呼んだ人はこの人だ。俺より上って事は皇族しかいないって事だ。


 ここに来ることが出来ると言ったら皇太子、第二皇子、第一皇女のみ。と言っても第二皇子は色々あって俺と接触する事はまぁないだろうと思っていた。アイツが何かしでかさない限りな。アイツって? そりゃ一人しかいないだろ。


 さ、隣に座って。と言われたので向かいに座った。隣っちゃないだろ。貴方皇族だぞ。


 だが、座り直してきた。俺の隣に、皇女殿下が。なぁるほど、こういう人か。今までこの人とはあいさつ程度くらいしかしてこなかったからよく分からなかった。



「あらあら、いつの間にこんなハンサムになった訳? 素敵じゃな~い!」


「……お褒めいただき光栄です」


「あら、笑えたのね貴方」


「今までは笑わなかっただけですよ」


「あははっ、確かにそうかもね」



 今まで、とは以前婚約破棄した元婚約者と一緒だった時。アイツがいなくなったから笑えるようになった、という事だ。



「それで、今日はこんな所で夜遊びですか?」


「そうね~、こんなにカッコいい人見つけちゃったから、ちょっと火遊びしてもいいかな~?」


「婚約者は如何しました?」


「あは、嘘よ嘘よ」



 そう、この人には婚約者がいる。隣国の皇太子だ。今は婚約式を終えてそろそろ隣国に嫁ぐことになる。と言っても1年後くらいか?



「婚約者はもっと大切にしたほうがいいですよ」


「貴方が言っていいの? それ」


「私に問題があると?」


「あはは、それもそうね」



 俺とあの元婚約者が婚約破棄となった原因は、きっと二人の性格だ。だってそれ以上何もないだろ?



「それで、ちょ~っと公爵とお話したいなぁ~って思ってね。ほら、貴方の元婚約者。私の弟の婚約者になった女がいるじゃない?」


「あぁ」



 女、と言ったな。第一皇女殿下にはそう思われているという事か。



「公爵位の中での未婚の令嬢はいないし、侯爵位の中で一番由緒ある家はその女の家。だから弟も彼女を選んだのだと思うんだけど……どうも私は気に入らなくてね」


「気に入らない?」


「そ。今、あのブルフォード公爵との婚約を破棄して乗り移った第二皇子の次期夫人って周りの国から見られているのよ」


「まぁ、確かにそうでしょうね」



 この国の皇室に入る事、すなわちこの国の代表の内の一人となる事だ。


 だから、皇室に入る者は経歴に問題があってはならないのだ。


 今回は、まぁギリギリと言ったところか。彼女の家は由緒ある、皇室に長年貢献してきた家だからな。



「あの子は、第二皇子とあってあまりいい立場じゃないわ。兄上が皇帝となれば弟は大公という立場になるけれど、後ろ盾がないから危うい立ち位置となってしまう。だからこそ一番立場が上のあの女を選んだんだと思うんだけど……もうちょっと考えて決めればよかったのに。

 これもまだ経験が足りないから仕方ないわね。私に言ってくれればいいのに」


「嫁ぐ事になる皇女殿下に頼りたくなかった、という事なのではありませんか?」


「まぁ、分からなくはないわ。でも、あの女ねぇ……嫌な予感しかしないのよ」


「そこまでですか」


「貴方が一番分かってるんじゃないの?」


「まぁ、そうですね」



 今までだって、元婚約者の行動はあまりいいものではなかったようだ。俺はすぐに帰っていってしまうから社交界での彼女がどんな様子なのかは分からないけれど、俺に対してあんな感じなのだから大体想像できる。



「それで、どうして私にそんな話を? 始末しろとでもいうのですか?」


「しようとしているのはどこのどなた?」


「一体何の事でしょうか?」


「しらばっくれないでよ、分かってるんだから。今、皇族派の者達が彼女をふさわしくないと言い出し始まっているのよ。そして、中立を取る者達は貴方が何とかしてくれるのではないかと聞き耳を立てている」



 だから、俺が今している行動に文句をつける者達がいないということか。


 何故侯爵家を支持している者達が黙っているのだろうかと思ってはいたが、その人達は侯爵家を見限ったということか。


 娘が第二皇子の婚約者になったというのに、相当だな。まぁ、俺があそこまでしたため侯爵家は今危ない状況だからな。だから黙っているのだろう。


 きっと、仲の良かった貴族達に助けを求めたのだろうが……助けてもらえなかった事だろう。


 侯爵に一度手を貸したやつは俺がコテンパンにしたから巻き込まれたくない、が本音か。貴族の者達は本当に正直だ。


「それで? 皇女様も期待されているのですか?」


「そりゃそうよ。だからよろしくね」


「……はぁ、そうですか」



 よろしくね、って軽く言ってくれますね。まぁ別にいいけど。


 ではそろそろ行きますね、そう会場に戻ろうとしていた時、彼女はちょっと待ってと俺を止めた。



「今日、気を付けなさいよ」


「え?」


「レスリス公爵がどんな人なのか、貴方も知ってるでしょ?」



 そう言われつつその部屋を後にした。一体何を言っているのだろうか、そう考えつつ会場に戻った。


 けれど、ふと、視界に入った。


 というか、目が合った。


 とある人物・・・・・と。



 あぁ、こういう事か。と、理解してしまった。確かに、公爵は悪ふざけが過ぎるな。これはやりすぎではないのか?


 アイツは、ダンテの素顔を知ってる。髪の毛であまり顔が見えなかったから周りには自己紹介をしないと誰だか分らなかったが、アイツは一度見たら認識出来ただろう。


 ほら、俺を見たあの顔。こんな距離にいても、俺の事が分かったみたいで相当驚いているようだ。


 だが、他の令嬢が俺に声をかけてきた。俺がいなくなっていたから探していたのだろう。だがアイツもツカツカヒールを鳴らしてこちらにやってきた。



「ちょっと!」



 手を伸ばしてきたが、掴もうとしていた腕を引いた。



「ダンテッ!」



 その声に、俺はガン無視。視線もそちらに向けなかった。だってそうするしかないだろ。



「お久しぶりですね、ラミアン嬢、ミレイ嬢、ヴィオラ嬢」


「お久しぶりです! あのお茶会以来ですね!」


「お元気そうで何よりです!」


「この前招待状お送りしましたのに、残念でしたわ」


「申し訳ありません、少々立て込んでいましたのでね」


「新しい事業を立ち上げたと聞きました、とっても素敵な装飾品でしたので、すぐ購入してしまいましたわ」



 ほら! と全員が今日身に付けてきたらしいネックレスやらイヤリングやら髪飾りやらを俺に見せてきた。だが、そのご令嬢達を横に押しやって、あの女が俺の前に来た。



「ダンテッ!」


「……」


「このパーティーに参加していたなんて知らなかったわ、今日会え…」



 だが俺は、話しかける事は無かった。ガン無視である。その態度に痺れを切らしたのか腕を掴もうとしていたが、俺はその手を払った。


 あんな事をしたのに何馴れ馴れしく話しかけてくるんだよ。ちょっと考えれば分かる事だろ。



「ご令嬢、貴方に名前を呼ばれる筋合いはないのですが」


「だっだって……婚約者だったじゃない」


「そうです、婚約者です。ですから呼び方を改める事は当然でしょう。そんな事も分からないのですか。正直迷惑です、分を弁えて頂きたい」


「なッ……」



 俺達が対面し俺がピリピリした空気を作ってしまったことで周りの視線が俺達に集まりガヤガヤしてきた。それもそうだ、俺達の関係をよく知っているから。


 では、と彼女から去ろうとしていたのに、手を掴まれてしまった。話をしましょう、と言っていたがもう一度手を払いその場を後にした。


 俺を心配してくれたのか、他の令嬢達が俺に声をかけてきたが……50%の笑顔で返した。勿論皆メロメロだ。そんなスキルは全く使っていないがさすがイケメンである。



「……レスリス公爵」


「何かな?」



 ようやく見つけたレスリス公爵。俺が言いたい事が分かってるみたいだ。



「悪ふざけが過ぎるのでは?」


「おや、何の事だろうか?」



 おいおい、勘弁してくれよこの狸爺。そのニコニコ顔、絶対面白がってんなこいつ。



「分かっててやったのではないですか」


「はっはっはっ」



 もうここには用はない、ではこれで失礼します、と一言残し会場を後にした。



「ダンテッ!!」



 あーほら来ちゃったよ。元婚約者が。でももうそんな気力全く残ってないからガン無視で馬車に向かった。当然ついてきたわけだが、一緒に乗ろうとしていた彼女に一言残して帰った。



「帰れ」



 もう眼光ギラギラで睨んでやった。




 やぁッと帰れたのでさっさと風呂入って寝よう。


 ダンテも、勿論俺もあの女の性格はよく知ってる。だからこれで終わらないのは分かっている。だが対策は明日にしよう。それで間に合う。



 予想通り、次の日元婚約者が来た。勿論許可はしていない為入口で押さえられている。




「ちょっと!! ダンテに会わせなさいよっ!!」


「公爵様が許可していませんのでお通しする事は出来ません」


「何よ、使用人の分際で。私が誰だか分かって言ってるの?」


「公爵様のご命令です」


「はぁ? ダンテがそんなことする訳ないじゃない」


「こちらを」



 そうやって使用人が見せたのはとある書類。書かれている内容は、【セピア・ルアニスト侯爵令嬢の来訪を禁ずる】、だ。



「偽物よ!!」


「この印がお分かりになりませんか」


「ッ……」




 そんな使用人と元婚約者との一部始終を執務室の窓から見ていた。あの書類を作っておいて本当に良かった。


 だが、まだそれだけじゃ引き下がらないだろう。これからいくつかパーティーやお茶会に参加しないといけないし、これからある第二皇子殿下の成人式とパーティーで100%鉢合わせする事になる。さて、どうしたものか。


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