◇12 縁談話
数日後、またまたお客人がやってきた。ここの所ご令嬢からの手紙がわんさか届く。全部読むのに結構苦労してるんだよな。
今日もまた、可愛らしいご令嬢がいらっしゃった。心なしかしょぼーんとしたメイドが紅茶を淹れてくれたが、まぁそういう事だろう。
「それで、どういったご用件でしょう」
「あ、の……」
やっぱりこのご令嬢ももじもじしている。あぁ、なんか悟ったような気がするんだけど。間違いであってほしいんだが。
「わ、私に、チャンスをくださいっ!!」
「……チャンス、ですか」
「その、私、公爵様のお噂は聞き及んでおります。ですが、それは、元婚約者の方が問題だったのではと思っているのです。ですから、私にチャンスをください!!」
あぁ、デジャヴだったな。予測的中。でも、この前来た令嬢も言っていたが、元婚約者の方が問題だと考えているんだな。まぁ婚約破棄してから劇的に変わったし。タイミングを見れば、そう思う者も少なくないという事か。
「お断りします。あの噂はデタラメですから、ご令嬢が気にしなくてもいい事ですよ」
「で、でも……」
「この話はなかった事にしましょう」
さぁ、お帰り下さい。そう言ったのだが……今度は泣かれてしまった。え、泣く事か? これ。俺が泣かしたって事だよな、これ。そんなにチャンスが欲しかったのか?
とりあえずハンカチを渡して、泣き止んでもらった。
「も、申し訳ありません。取り乱してしまいまして……」
「構いませんよ、落ち着きましたか」
「は、はい。ありがとうございます。……実は、公爵様の元に来たのには、もう一つ理由があったのです」
おう、一体これはどんな展開なんだ?
「……私には婚約者がいたんです。でも、いきなり婚約破棄を言ってきて……そしたら、次は妹と婚約を結んでしまったんです」
あれれ、なんか聞いた事ある話だぞ。どっかの誰かさんが婚約破棄を言ってきて今度はどっかの国の皇子と婚約したって話。何々、同情されてる感じ?
「……昔から、妹に私のものを取られてしまう事が当たり前だったんです。でも両親は、私がお姉ちゃんなんだから譲りなさいって何時も言ってきて……でも、今回で決心したんです。もう、妹には自分の物は取られたくないって。だから、今までの事を、仕返しをしたくて……
私の事情に公爵様を利用しようとしたことは、謝ります。申し訳ありません」
「あ、いえ、お気になさらず」
どこかで聞いたような、マンガでありそうな展開だな、これ。あるあるってやつだ。
それで、その……とまたもじもじして。これを聞いてしまったらそのまま帰すことが出来なくなってしまったではないか。
仕方なく、ご令嬢の元婚約者の名前を聞いた。周りに興味がなかったダンテだったが、最近社交界に出るようになって大体は貴族の名前を出されても分かるようになった。その伯爵子息は確か、剣術が優秀だと聞いた事がある。
「でしたら、ちょうどいい人物がいます。すぐ連絡を入れますから、それまでお待ちいただけませんか」
「え”っ」
「どうしました?」
「いえ、でも、公爵様では、ないのですか……」
「えぇ、私は結婚するつもりはありませんから。その人物も剣術に長けた人物です。公爵家の子息ですからその元婚約者よりも高い地位にいる人物ですし、最近婚約者を探していると耳にしました」
「で、でも、公爵様だって、婚約者を探すのは、大変では……」
「私の事はお気になさらず」
「あ、あの、利用しようとしてしまった事は謝ります、ですから……」
「それは気にしないでください、気にしていませんから」
「でも……」
「私でないといけない理由は?」
「ッ……」
見え見えだな、考えが。そんなに結婚したいか、俺と。普通に縁談話を持ってきても断られるだろうから、自分の今の現状を利用して結婚しようだなんて。
いや、もしかしたらその家の状況だって本当なのかどうなのか分からないな。
話は終わりです、とお帰り頂いた。
これで終わりだと思っていたのに、また、ご令嬢がやってきた。今度は何を言われたって? こうだよ。
「結婚話などで今大変でしょう、1年間でいいので契約結婚なんて如何でしょう?」
「その後離婚してから貴方はどうするつもりですか? 社交界じゃいい目で見られないでしょう」
「その後の事はお気になさらないでください、考えがありますので」
「そう言われてしまっては困るのですが」
口ごもる令嬢。いや、それ聞かなきゃ答えられないんだって。それで普通に交渉成立できると思ったのか? いやいやいや、そんな簡単にすんなりいける訳ないじゃん。ちょっと考えれば分かる事よ?
「……私は、早く実家を出たいんです」
「……」
「私の実家は、はっきり言って地獄です。父の命令は絶対、そんなルールが出来てしまっているのです。私は、そんな父から解放されたいんです」
「だから私を選んだ、という事ですね」
「はい」
はぁぁぁぁ、完全に利用されてんじゃん俺。でもさ、その顔。心の声丸出しだろおい。
「契約後はこの社交界から消えますのでお気になさらないでください」
いや、それどういう事よ。何、家出してどこか遠くでひっそりとスローライフでも送る気ですって言う気ですか?
「残念ながら、私は結婚する気はありません。そういったものは今は考えていませんので、了承出来ません」
「ですが……」
「私の知り合いに婚約者を探している人物がいます。この国に影響力を持っている人物の子息です。もう既に後継者として社交界に出ている人物です。私が縁談の場を作って差し上げますから、それまでお待ちください」
「でっでもっ」
「でも、なんでしょう。貴方の父、伯爵も絶対にNOとは言わないと思いますよ」
「わ、たしは……公爵様と……」
「私は結婚する気はありません、先程も申し上げたでしょう」
さ、お帰り下さい。と半ば強引に帰らせた。
はぁ、これで仕事がまた増えてしまった。後で手紙を書いて公爵達に連絡をしないと。はぁぁ、ただでさえ忙しいというのに。やってくれるな、全く。
「領地、帰るか。カーチェス」
「これから第二皇子殿下の成人式があるというのにですか」
「……はぁぁぁぁぁぁぁ」
こりゃどうしたものか。とりあえず、面会謝絶にしておこうか。無理だ、本当に。表に出ないといけないもの以外は外出を控えよう。
と、思っていたのに。
「会いたかったですわ、公爵様」
これは一体どういう事だ。
カーチェスから、いきなりあのメドアス夫人が訪ねてきたと報告を受けた。おいおい、今日来るって聞いてないぞ。どういう事だ、と思い招いた客間に向かった。
……ら、何故か俺は今ソファーに押し倒されてしまっている。相手は女性だから俺は手が出せないからって、何てことしてくれてるんだ。
連れてきたカーチェスには重要な話をするから人払いをしてと言っていたみたいだけど、こういう事だったのか。まぁ想定範囲内か。
「あの日から、ずぅーっと公爵様に会いたくて会いたくて仕方なかったんです。公爵様の事しか考えられなくって。私、とっても寂しかったんですよ?」
「……」
おいおい、これどうしたらいいんだよ。俺は寂しくもなんとも思ってなかったよ。取り敢えず上からどいてくれ。と、思っていたらネクタイを取られて腕を縛られたではありませんか。え、この人ってそういう趣味だった?
「どういう事です?」
「私、知ってるんですよ? 今社交界で公爵様がどう言われているのか。でも、思ったんです。あんな小娘ごときに貴方を満足させられるわけないじゃない、って。大丈夫、公爵様は心配しなくても、私が手取り足取り教えて差し上げますから」
いやだから、何を教えるつもりですか。要らない世話な気がするんですけど、ちょっと。あっ、ボタン外さないで!?
どうするどうするって思っていたら、コンコンッとこの部屋のドアがノックされた。カーチェスの声がして、失礼しますと俺達の声を聞かずに入ってきた。
ちょっと、と機嫌を悪くした夫人だが、カーチェスと一緒に入ってきた人物を見て顔が青ざめてしまった。
「……どういう事です、公爵」
「貴方の奥方、何とかしてくださいませんか」
「あっ……」
「これはどういう状況で?」
「いきなり訪問してきて襲ってきた、といった所でしょうか」
「ちがっ」
違う、そうじゃない。なぁんて夫人は言ってるけど、これはもう言い訳が効かない所まで来てしまっている。ほら、俺の手縛られてるからもうこれは俺が襲ったんじゃなくて襲われたという事は見て分かるわけだし。悪いのは俺じゃなくてこいつだ。
よっこいせ、と夫人の下から脱出した俺はカーチェスに腕を解いてもらうよう頼み、旦那であるメドアス伯爵にこう言った。
「この客間使って構いませんから、どうぞお話ください」
そう一言残して部屋を出た。
こりゃ何かあるな、と思いカーチェスにお願いしておいてよかった。この近くにある伯爵家で行われるお茶会に参加するという事を聞いていてよかった。時間稼ぎは出来たけど、危うくズボンを脱がされるところだった。タイミングばっちり、流石俺の執事だ。
「こっ公爵様……」
「あ……」
心配して来てくれたらしいメイド達は、俺を見た瞬間全員失神してしまって。おいおい、使用人達も何顔赤くしてるんだよ。……あ、俺今服はだけてたんだっけ。やべぇな、これは早急に直さねば。死者が出かねない。
後日、あのメドアス伯爵とメドアス夫人が離婚したというニュースが社交界で飛び交った。ま、当たり前か。そもそも、どうして伯爵は今まで目をつぶってきたんだか。まぁ仕事で大変だったのだろうし。色々と事情があったというところもあるのだろうな。
実は夫人の実家、子爵家には莫大な借金があったらしく、伯爵が結婚するという条件で肩代わりしてくれたらしい。
伯爵の方は、色々事情があって婚約者を探していたし、ワイン事業で財産はたんまりあったからこの結婚が成立したのだとか。
だが今回離婚し、その肩代わりした借金を今度は子爵家が伯爵に返していかないといけなくなる。
お金大好きでも有名なあの夫人、恐らく子爵家の人達もあんなに借金作ったのだから同じ様な性格なのだろうから、果たしてすぐに返せるだろうか。
ま、俺には知ったこっちゃない。あ、でも慰謝料請求はしたけどな。襲われたんだから当たり前だろ、キッチリ払ってもらうつもりだ。
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