◇10 セピア
私、セピア・ルアニストと当時ブルフォード公爵家の一人息子で後継者だったダンテ・ブルフォードと婚約したのは今から5年前。私は14歳、彼は20歳だった。
今は亡きダンテの母、そして同じく亡くなった私のお母様が仲良しだったためこの縁談が持ち出されて成立した。
私は勝ったと思った。
女社会にとって、家の爵位は勿論だけど、令嬢達より地位の高い夫人達の中では旦那のスペックで立場が確立する。
それに、ダンテは後継者、公爵家の中でもダントツ上の立場にいるブルフォード公爵家の夫人となれるのだから社交界では皇族以外で私より上にいるものはいないからだ。
だけど、5年経っても結婚をしなかった理由がある。それは、ダンテのご両親がいきなり亡くなってしまったからだ。突然家督を継ぐことになってしまったダンテは爵位継承やら何やらで大変になってしまった。
お父様が、もう家族も同然だし、まだそんな歳なんだから手伝わせてくれと言っていたのに、ダンテは断固として頭を縦に振らなかった。
最初からそうだったけれど、ダンテは全く私達に無関心だった。これから家族になるというのに、放ったらかしだった。
会いに行っても、全く会話をしてくれない。私が話しかけても一言二言で終わってしまう。視線なんて手元にある資料や本などに向けているばかり。
だから、痺れを切らした私はこの作戦に出た。婚約破棄だ。
皇太子殿下はもう婚約者がいたから、仕方なく第二皇子を選んだ。彼にはまだ婚約者はいない。私は侯爵家の令嬢だからきっと上手くいく。そう思って本人に謁見した。時間はかかったけどなんとか会うことができて。
「どうでしょうか」
「……」
渋ってはいたけれど、ウチは昔からある由緒正しい歴史のある家。だから頭を縦に振ってくれた。
これなら流石のダンテも驚くだろう。
そう、思っていたのに……
「いいだろう」
ダンテは顔色すら変えず、あっさり婚約破棄を了承してしまった。
別にいいじゃない。ダンテより地位が上の人が婚約者になったんだから。
でも、そうはいかなかった。5年間、あんなに頑張っても振り向いてくれなかったダンテ。悔しくて悔しくて。だから、こう言ってやった。
「ッ~~~~この不能男ッッ!!」
それからも、ある事ない事言いふらした。私をそんな扱いをしたからだ、ざまぁみろ、と言ってやりたい。そんな気持ちで。
でも、上手くはいかなかった。
「あれから、何度も何度も屋敷に来ては考え直してくれとせがんでくるのですよ」
「まぁ、それだけ公爵様はご令嬢の事を想っていたのですね」
「えぇ、昨日もいきなり来て困ってしまったのです。一体どう言えば分かってくれるのかしら」
「あら? 昨日? 確か3日前に、明日から領地に向かうと仰っていたと思うのですが……」
「……間違ってしまったみたいね、4日前だったかしら」
「その日はわたくしのお父様が開いたパーティーにご出席してくださったのですが……」
「……その前の日だったかしら」
「その日は、王宮で見かけましたわ。何かご用があったみたいで、お茶会を終えた頃もまた見かけましたの」
「……」
今まで、ダンテは必要最低限しか外出をしなかった。だけど、婚約破棄をした途端にイメージを変えたり、外出が増えたりといきなり人が変わってしまった。さらには、全く興味のなかった事業まで始めてしまったと聞いた。
そもそも、どうして彼女達がこんなにダンテの事を知っているのよ。一番よく知ってるのは私のはずじゃない。
「そういえば、やっとクロール生地のドレスが完成いたしましたの」
「今4ヶ月待ちだと聞きました。羨ましいですわ」
「ふふ、今度の第二皇子殿下の成人パーティーに取っておこうと思ってるんです」
「私も注文しているのですけど、それまでに間に合うといいのですが……セピア嬢はクロール生地のドレスはお持ちですか?」
「公爵様にプレゼントされた、とか?」
「……えぇ、頂いたわ。でも、着ようか迷ってて」
「勿体ない! でも、これだと考えてしまいますわよね」
「えぇ……」
そんなもの、貰ってる訳ないじゃない。
ダンテの事を一番よく知っているのは自分だ。
でも、最近の彼は私の知るダンテじゃない。じゃあ、彼女達の口から出てくるその人物は? 全く分からない。
私は、焦りを精一杯隠すしか出来なかった。
今まで、自分に見向きもしてくれなかった。勿論、周りの令嬢にだって同じような接し方だった。そのはずだったのに、彼女達から聞いた話で動揺を隠せずにいた。
とてもお優しく、やわらかい態度で接してくれるですって? この前もやんわりとお茶会の誘いを断ったとも。おかしい、明らかに何かがおかしい。
私の家、ルアニスト侯爵家の事業は絹糸
それも不思議でならなかった。
令嬢達とのお茶会の帰り道、屋敷に帰った私はお父様の執務室に向かっていた。でも、入れなかった。大きな声が聞こえてきたからだ。お父様の、怒鳴り声が。
「一体どういう事だッ!!」
こんな声を荒げるお父様を見るのは初めて。一体どういう事? と声を潜めて静かに中にいるお父様達の話を聞いた。
「ここまで売り上げが激減しているではないか!! 何があったのだ!!」
「そ、それは……ブルフォード公爵が立ち上げた装飾品製造業が原因です。急激に人気を出してしまい、こちらの商品をお買い上げいただいていた常連客までそちらに……」
「何だとッ!! またもやあの若造かッ!!」
え……ダンテが? これを聞くと、ウチの事業のどちらも邪魔されたって事よね。
いきなり始めた事業、そしてそのどちらもウチの事業と同じもの。ずっと続いていたにもかかわらず売り上げを下げられてしまった。
「あんなに良くしてやったというのに、アイツ等も裏切りやがったッ!! 私を裏切ってどうなるか分からなかったのかッ!!」
ねぇ、どういう事?
……わざと?
ねぇ、ダンテ。これ、わざとしたの?
その理由は?
もしかして……私?
いや、そんなはずない。そんなことする人じゃない。
でも、よく考えてみて。
婚約破棄をした途端、ダンテの様子ががらりと変わった。あれから会ってないから直接見てはいないけれど、でも話を聞く限り人が変わったみたいだった。
もし、そうだったとしたら……
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