◇7 ドレス

 紡績ぼうせき業のクロールの生地は大盛況。だがしかし、流石今まで業界を牛耳っていただけありルアニスト侯爵は手を打ってきた。そう、とある人物と手を組んできたのだ。


 彼は、革製品卸売業を事業として展開している。まぁ貴族達が革製品を買うとなったら大体はそこになるだろう。それだけ有名だという事だ。


 それに何より、彼の作る絹織物での洋服は今貴族達全員が一着以上持っているという現状、しかも皇室の方々も持っている。それだけ長年紡績業界を仕切っていたという事だ。


 だが、それは想定内。



「これを、ですか……」


「えぇ、毎回見ていて思っていたんです。重いし窮屈だし、馬車を下りるのも困難、パーティー中に疲れても椅子にだって座るのも一苦労でしょう」


「そ、それはそうですが……私達女性にとってこれが当たり前の事ですし……」



 俺と契約をしたセレナ夫人の元へ訪れ、俺はこんな提案をした。


 ドレスを膨らませているクリノリンを外したドレスを作れ、と言ったのだ。


 この国の女性は、クリノリンという頑丈な針金のようなものをドーム状に骨組みにしたものを装着しドレスを着るのだ。それがまた重くてね。よくこんなの付けてんなって思ったよ。これじゃあ足に筋肉付きまくりじゃん。


 まだ成人してもいない小さい令嬢達だって、こんなものを着せられて偶に転んでしまう事だってあると聞いた。ここでは女性の履く靴はヒールが当たり前。そんな歩きづらい靴を履いてこんなものを着せられてしまうなんて、可哀想じゃないか。だったらいっその事取っちまえと思いこんな提案をしたわけだ。


 あ、これは貴族出身のメイドから聞いた事だ。何かドレスを着る上で不憫な事はないだろうかと聞いたらクリノリンの事を教えてくれた。



「私は男性ですから当然着た事はありません。ですが、女性の方々が大変だという事は知っています。ですので、そんな女性達の苦労を少しでも減らしてあげたいと思ったのです」


「公爵様……」


「まぁ、当たり前の事をやめるという事はやはり難しいですよね」



 そう、当たり前の事をやめることが一筋縄ではいかない事は当たり前。画期的なものを着る事には抵抗があるだろう。だがな、だからこそこれを選んだんだ。


 夫人も渋ってはいるが、ここはどうしても引き下がることはできないのでな、だからこの手を使う事にした。くらえ! 30%スマイル!!



「……え、あ、その、公爵様のお心遣い、素晴らしいと思います。私も、パーティーに行くたびに苦労はしていましたから。分かりました、公爵様のご期待に沿えるよう全力で取り組ませてください!!」


「その言葉が聞けて良かった。よろしくお願いします」



 と、いう事になったのだ。え、ずるい? 使えるものはとことん使うのが普通だろ、勿体ない事は俺はしない主義だ。



 あともう一人、革製品を作っている男爵家に声をかけた。彼らはあまりお金がなく、業界でひっそりと製品を売り食べていっている状況であった。



「えっ……そ、その……そ、そんな、公爵様たる方が、我々が作った革製品を使って下さっていただなんて……」


「しっかりしていてとても繊細なデザイン、こんな技術は他では真似出来ませんよ」


「そ、そんな、公爵様にそこまで言っていただけるようなものでは……」


「自信を持ってください、貴方方の作った製品はとても素晴らしいものばかりなのですから」


「そ、そこまで……こ、光栄です……!」



 あぁ、泣いちゃった。家にいる皆にすぐに伝えます! きっと喜びます! と言ってるけど……男爵早く泣き止んでくれません?



「それで提案なのですが、これほど素晴らしいものが他の物に埋もれてしまうのはとても残念に思うのです。なので、私に支援させてください」


「……」


「男爵?」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」



 と、いう事になった。


 男爵には紳士服を依頼し、セレナ夫人の店に置いてもらう事になった。思った通り、一気に人気が出た。彼らの技術は本物、しかも一つ一つが一点物だ。世界に一つしかないもの、当然貴族なら欲しくなるだろ?


 と、いう事で侯爵が手を組んだやつの顔も潰したわけだ。


 後で革靴を頼もうと思っているから、これでこの業界を轟かせてくれる事だろう。勿論無理のない範囲で、だ。



 そして、夫人の方も大体完成したとの報告を貰いすぐに屋敷に来てくれた。デザイン画と、完成したドレスを持ってだ。


 流石、この国で一番と呼ばれただけあって俺の期待に十分すぎるほど答えてくれた。こじんまりとしているけれど、それでもドレスの美しさは損なっていない。むしろとてもよく纏まっている。そして何より軽そうで着やすそうだ。



「生地をふんだんに使いふんわりとした形を作り出してみました。如何でしょうか」


「えぇ、期待以上です。さすがセレナ夫人ですね。貴方に頼んで良かった」


「公爵様にそう言っていただけて光栄です! ありがとうございます!」



 試してみたところ、今までのドレスよりも大体三分の一の時間で着ることが出来たそうだ。その点に関しても改善されたようで良かった。


 ではこれでいきましょう、とセレナ夫人に頼む事にした。勿論、生地はクロール生地だ。



 時間はあまりかからなかった為すぐにブティックに並べることが出来た。結果は意外な事に大成功。抵抗があるだろうから時間がかかると思い作戦をいくつか立てていたのだけれど、必要なくなってしまった。


 まぁ、世の中の貴族女性がそれだけ困っていたという事だ。お疲れ様です。


 だが、思ってもみなかった事が起こった。ある日を境に、クロール生地と新しいドレスがいきなり爆上がりをしてしまったのだ。どうしてか? それは……



「このドレス、いいわねぇ。おばあちゃんの私にはとても着やすくて助かるわぁ」


「ご冗談を、皇后陛下・・・・



 そう、皇后陛下にお買い求めいただいてしまったのである。いきなりセレナ夫人と城に呼ばれ、こんなに新しくて楽で素敵なドレス他にはないわ、と注文されてしまった。あぁ、因みに言うと皇后陛下は御年54歳。でも見た目は30代だ。どこがおばあちゃんなんだか聞きたい所だがやめておこう。


 そして、その後開催された皇室主催のパーティーでそのドレスを着た皇后が参加された。もう皆の視線の先はそのドレスである。


 この国一の地位にいらっしゃるこの方が着るドレスは、即ちこの国の流行。その為貴族の女性達はそのドレスを手に入れようと動いたのである。


 その為今セレナ夫人達はもう目が回るくらい忙しいらしい。人員を増やしたらしいが、それでもあそこまで忙しいのだからそれだけ人気が出ているという事だな。


 あぁ、勿論侯爵達の作戦は丸潰れだ。きっと以前よりも激減している事だろう。



「貴方がいきなり事業を始めたなんて、本当かしらと疑ってしまったわ。でも、とっても楽しそうじゃない」


「そうですか?」


「えぇ、そう見えるわよ。でも貴方、そんな顔が出来るのねぇ」


「いつも通りだと思いますが」


「ふふ、前より今の方がよっぽどいいわね」


「そうですか」



 このパーティーの参加者、周りにいる貴族の女性達。俺が提案してセレナ夫人が作ったドレスを着ている者達が多数いる。そのドレスではない人でも、クロール生地のドレスを着ている者が大勢。ここにいない侯爵がこれを見たら、一体何を思うだろうか?



 さてと、次は何をしようかな。まぁ、決まってるんだけどな。


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