3:修行 1~3週間目

「…想像以上だな…」


 中級ダンジョンの中で、遠くでモンスターと戦う少年の姿を見て劔 村雨はそう呟いた。


 忍者衣装をイメージした、和風の装備を着こなした劔。腰に差した刀は高難易度ダンジョンでドロップした自慢の一品だ。


 しかし、劔は見ているだけだ。自分と比べればまだヒヨコの冒険者の戦いを。


 体高50mはあろうかという巨大な鹿の足元を飛び回り、その巨大な蹄によるスタンプ攻撃をかいくぐって木の幹のように太い脚に斬撃を入れる。


 さらに、優れた機動力を持って周囲の樹を利用し上昇。首に風による不可視の斬撃を叩き込んで魔素を噴出させた。致命的な魔素の流出に、鹿のモンスターは耐え切れずに魔素へと帰っていった。


 劔は素直に感心した。これがレベル7になりたての冒険者の戦いとは到底思えなかったからだ。


 レベル7と言えば、中級ダンジョンにはパーティーを組んで挑むのが普通、程度の実力が平均的だ。中級モンスター相手には、後先考えずに消費を度外視すれば何とかソロで勝てる程度と言えばいいだろうか。


 しかし、目の前で戦う神野圭太という少年は、後先を考えたうえでソロで中級モンスターに連戦連勝している。


 当然経験者の劔から見れば粗削りな部分も多い。むしろレベル7に到達するまで平均的にかかると言われる半年と少しの間をダンジョンで戦ってきてこのレベルだと、動きは若干悪いと言わざるを得ない。


 しかし、それを圧倒的に帳消しにするほどの殺傷能力と機動力、そして決断力。


 特に決断力がずば抜けている。戦っている最中に何故か起こりまくるアクシデント(罠が発動したり、追加モンスターが突如出現したり)に対し、視認してから即座に優先順位を決めて動き出す。その視認から動き出す一連の流れに、ラグが少ない。時にはラグを一切感じさせずに即断即決する時もあるほどだ。


 これは注目すべき才能だ。普通人間は予想外の出来事に出くわせば多少は怯むもの。圭太にはそれが無いように思える。


 更に、太刀筋だ。これには見覚えがあった。SNSで最近話題の動画、ユーゴと一緒に戦っていた狐面。あれは彼だと劔は確信した。


 というか、ユーゴが彼を紹介してきた理由が今まで謎過ぎたのだ。実際、ユーゴから『会わせたい奴がいる』と言われた時からもしかしたら狐面が来るのではないかと劔は内心期待してはいたのである。


(兄弟子が気に入る訳だ。こいつは原石に違いない)


 劔は一人納得し、件の兄弟子に目を向けた。


「だからな?槍を使う強みってのは、使いやすさとかリーチの長さだけじゃねえ。攻撃が最速で敵に届くってのが、俺的には最も重要なポイントなのよ」

『なるほどナ。しかし、僕は盾で防ぎながらカウンターを狙う戦い方が得意ダ。速さを駆使した槍の使い方は、僕には難しいかもしれないネ』

「ばっか、発想を転換させるんだよ、鬼月。別にがらっと変えろって言ってるわけじゃねえ。ようはお前の戦い方の中に、最も速い一撃…これを一つ組み込むだけで、武器になるんじゃねえかって話だ」

『なるほどナ。それなら僕も練習次第でどうにかできそうダ』

「よし、そうと決まれば俺が教えてやるよ。最速の突きってやつをな…!」


 劔は兄弟子にジト目を向けた。どうやらこちらは完全に丸投げするつもりだ。


 ため息を飲み込んで、劔は少しだけ思案して決めた。彼を弟子に取ろうと。


 今は大会に向けて対人戦闘を教えるための一時的な師弟関係だが、その時の関係次第ではゆくゆくは冒険者としての技術も教えていいかもしれない。頭の中でそう考えた。


 地面に着地してこちらに向かってきた圭太に話しかけた。


「…神野圭太。認めよう、合格だ」

「本当ですか?」


 圭太は心底嬉しそうに笑顔を咲かせた。まだ幼さが抜けきれておらず、存外可愛らしい。


「刀の振るい方は基本ができている。剣術を学んだことがあるのか?」

「爺ちゃんが剣術を結構かじってて、基本だけ教えてもらいました。後はステータスによる思考力の強化で何とかモノにしました」

「そうか。基本以外は学んだのか?」

「いえ。モンスターが相手なら人斬りの技術は当てにならないかもしれない、って言われて、刀の振るい方だけ学びました」

「なるほど。君は良い祖父君に恵まれたな。祖父君の言う通り、普通の剣術はダンジョンでは役に立たない事が多い。その上、冒険者対冒険者の、対人戦闘においても、そもそも基本速度や取れる戦法の数が生身と違い過ぎて既存の技術が通用する場面は少なくなる。正しい判断だ」

「いやぁ、そうですか…」


 わがことのように嬉しそうにする圭太に微笑ましいものを感じつつ、劔は声を上げた。


「良し、大会までは一カ月も無いからな。今日から早速動くぞ!そうだ、学校はどうするつもりだ?」

「休学届は出してます。承認まで1,2週間かかるって言われてますが」

「ならば、後で推薦状を渡してやろう。1週間と言わず2,3日で承認されるはずだ」

「ありがとうございます」

「うむ。よし、ついてこい、神野…いや、圭太!私がお前に対人戦闘のいろはを叩き込んでやろう!」

「はい、よろしくお願いします!その…師匠?」

「んんっ…」

(師匠…!なんていい響きだ!一気に目の前の少年が世界で一番かわいく見えてきた!)


 元々劔は寂しがりやの性格だった。しかし質実剛健な性質が災いして、冒険者になってからこっち、常に仕事を恋人にして生きてきた。


 だからこそ、劔は弟子という存在に憧れるようになった。OLがペットを飼いたくなるのと同じ現象である。


 劔は緩みそうになる頬を叩いて何とか自制し、早速修行のプランを組み立てるのであった。





3:修行 1~3週間目





 さて、そういう訳で俺の劔師匠への弟子入りが認められ、更に時間がかかると言われていた休学届も推薦状のお陰ですんなりと終わり、早速修行を始めたのだが…俺は現在、死の危険を感じていた。


 もしかしたら明日か明後日あたりには死んでるかもしれない…そう思わせる程の修業内容なのである。


 弟子入りしてから2日間、俺は毎日師匠に連れられ冒険者協会が経営している冒険者専用のトレーニングルームを貸し切り、丸一日師匠と剣を交え続ける。


 トレーニングルームは特殊仕様であり、魔素を流してステータスを発動できる機能がついていた。最大でレベル7までの魔素濃度だ。


 そこで、俺は最初は生身の状態で師匠と木刀を使って実戦稽古をつける事になった。


 そこで俺は師匠と俺の技術の差を見せつけられることになった。俺が目の前の攻撃にしか反応出来ておらず、場当たり的な行動しかとれていないのに対して、師匠は常に一手二手先を予測しながら攻撃してくるのだ。


 お互い生身の状態なのに、俺の攻撃は当たらないで師匠の攻撃だけ当たりまくる。木刀なんて痛いに決まっているので、青あざが付きまくる。その上当たる度に飛んでくる刀よりも切れ味のある指摘に心が折れそうになる。


 しかも、怪我による中断は一切無い。用意されたポーションで俺は常に健康状態を維持させられ続け、延々と師匠と殴り合う日々を過ごした。


 しかし、流石に二日間殴られ続けると師匠が次に何をしてくるか程度は予測できるようになってくる。何とか攻撃を凌ぎ、逆に反撃できるようになってきた。


 成長を実感して一瞬喜んだ俺だったが、次に師匠は魔素を放出してレベル1までステータスが発動するようにした。


 すると、師匠の動きが生身の時と比べて別人のように変わった。師匠が取る戦術、選択肢が馬鹿みたいに増えたのだ。


 ステータスで学習能力も上がっているというのに、生身の時のように対応できるようになるまで、また2日かかった。


 師匠は当たり前のようにレベルを2に上げた。俺はまたボコボコにされるようになった。


 流石に絶望しつつ、俺は師匠に問いかけた。


『…これ、もしかしてレベル7になるまで続けるんですか?』

『その通りだが、それがどうした?』


 ということで、俺はレベルが上がるごとに動きが良くなっていく師匠にボコボコにされ、何とか対応できるようになったと思ったらさらにボコボコにされ、という地獄の日々を過ごすようになった。


 とは言えだ。流石に修行だけでこの数週間を過ごすわけではない。俺の周囲でも様々な変化があった。


 まず、鬼月だがユーゴさんに槍のイロハを教えてもらっているらしい。修行でダンジョンアタックが出来なくなるので、ちょっと申し訳なく思っていたのだが、鬼月は鬼月で成長の機会を掴んだようだ。


 更に、陽菜とリリアも、ユーゴさんの伝手でプロの魔法使いを紹介され修行を受けてるっぽいのだが…なんか、逆にリリアにその魔法使いが弟子入りしたとかなんとか、訳の分からない状況になっているようだ。若干気になる展開である。


 それから、修行の合間に陽菜とデートをした。俺から誘わせてもらい、近くにある水族館などを巡った。ここ最近ふわふわしていた関係が、お互いを少しずつ知ることで一歩前進したような気がしなくもない。


 特に陽菜が物凄く楽しんでくれたのが印象的だった。恋愛感情なんて生まれてこの方持ったことはないが、流石にあそこまで楽しんでもらえると、なんというか、非常に気恥ずかしくなる。


 俺も一緒にいて楽しかったし、また二人でどこかへ遊びに行きたいものだ。


 そして、最後に要さんだが、ちょっと不味い状況に陥っていた。


 なんと、要さんが俺達のパーティーと行動を共にしていた所を拡散されていたらしい。掲示板やSNSで話題になり、SNSでは『男入りパーティーへ加入』という文字が一瞬トレンド入りするなど小規模ではあるが炎上しているようだ。


 それに加えて、俺も色々言われているらしい。幸い拡散された画像はダンジョンの外のもので、更に遠くから撮ったものらしい。要さんが中心で俺は顔が映っていなかったのだが、一見女の子が多めのパーティーなので、そこに思う所のある不特定多数が色々言っているようだ。


 まあ、ソレに関しては俺は思う所は一つもない。顔の知らない奴らに何を言われても、ぶっちゃけどうでもいい。


 問題は要さんだ。流石に心配である。それに、要さんが現在所属しているパーティーでも、何か言われているかもしれない。


 現在潜っている中級ダンジョンの攻略配信でも、コメントが荒れるなど被害が出ているようだ。


 短い付き合いではあるが、こんな事で潰れるような人ではないはずだが…とはいえ、それと精神的な負荷は別問題だ。


 今の所応援しかできないのが歯がゆいが、帰ってきたら出来ることは何でもするつもりだ。


 と、割と周囲で色々あった日々だったが、何とか師匠とのレベル6の修行に対応できるようになり、順調に技術を学ばせてもらい、大会まで残り一週間を切ったある日。


 夜中になり、その日の疲れを取る為にベッドの上でゴロゴロしていたのだが、そんな俺のスマフォに、こんな連絡がきた。



坂本:おい、また神野の画像が投稿されてるぞ!

綾:絶対に許せない!もう怒った!

綾:圭太君、今大変な時期だと思うけど、直接話がしたいから時間があるときにお店まで来てくれないかな…?



 俺はそっとスマフォを閉じて、息を深く吐いたのだった。

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