第5話 青年、保健所でケルベロスの飼育申請をする。

 俺は、実家から送られてきた、昨夜まで柑橘がいっぱい入っていた空っぽのダンボール箱を見つめながら頭をかかえる。

 なんてこった。これだけ食糧があれば、一週間くらいはしのげるとおもったのに。


「ファアアア」

「ファアアア」


 俺の苦悩をよそに、ケルベロスのキューちゃんとナナちゃんは、大きなあくびをいてしゅるしゅると、身体のなかに収納されていく。


「ブヒブヒブヒ♪」


 1匹だけのこったハッちゃんは、ご機嫌で鼻を鳴らしながら後ろ足で「カッカッカ」と背中をかいている。

 そうか、ケルベロスは寝ないんだった。こいつら、かわりばんこに起きて、それぞれがダンボールから蜜柑をむしゃむしゃと食べたと言うわけか。


 それにしても、こんなちっちゃな身体のどこにそんな食欲を隠し持っているのか……。

 俺は、ハッちゃんをひょいと持ち上げると、ポッコリとふくらんだお腹をまじましと見つめた。


 っと、ぼけーっとしてる場合じゃない。今日中に絶対にやっておかなくてはならないことがある。

 俺はスマホで地図アプリを確認すると、ハッちゃんを自転車の前のカゴにのっけて、保健所へと向かっていった。


 ・

 ・

 ・


「123番の方ー」


 俺は、受付表を確認すると、ハッちゃんをかかえて、カウンター越しに手をあげているお姉さんの前に座る。

 お姉さんは、ハッちゃんをみるなり、ゆるんゆるんの笑顔になった。

 俺は、ハッちゃんをカウンターの上に置く。


「可愛い! フレンチブルドッグ♪ 飼育登録ですね?」

「はい。でも犬じゃなくって、〝幻獣種〟の飼育登録です」

「え? 〝幻獣種〟? この子が??」

「はい。こいつケルベロスなんです」


 そう言って俺は、ハッちゃんの首をやさしくなでなでする。すると、


「ファアアア」

「ファアアア」


 ナナちゃんとキューちゃんが大きなあくびをしながらひょっこりと顔をだした。


「うわああ! 可愛い! 撫でてみてもいいですか」

「はい。こいつら、頭を撫でられるの大好きなんで」


「ブヒブヒブヒ♪」

「ブフブフブフ♪」

「ブホブホブホ♪」


 ナナちゃんとハッちゃんとキューちゃんは、ごきげんに鼻を鳴らす。


「ああ、可愛い……あ、でも幻獣種でしたら、免許が必要になりますよ、国家資格の」

「はい」


 俺は財布から写真付きのカードを抜き出すと、カウンターに置く。


「あ! 幻獣飼育証明証をお持ちなんですね」

「はい。幻獣と暮らすのが小さい頃からの夢でしたから」

「でしたら問題ありません。こちらの書類にご記入をいただいて、お近くの動物病院でマイクロチップを埋め込んでいただければ」

「はい、わかりました」

「でも、珍しいですね、幻獣飼育証明証をお持ちだなんて」


 俺は書類に必要事項を書き込むと、書類を返しながらお姉さんに話しかける。


「本当は大学で幻獣種の研究をする予定でした。でも、あいにく助教授の席が空いてなくて……」


 お姉さんは、俺の記入した書類を確認しながら、眉をひそめる。


「そっかー。最近不景気ですもんね」

「それもあるんですが、そもそも幻獣の研究は、お金にならないんで。大学からろくに予算も降りないんです」

「そうなんですね」

「まあ、仕方がないです。支援してくれる企業もビジネスなんで……」

「…………」


 俺の返答に、お姉さんは気まずくなったのか、無言で書類の確認をする。


「はい、書類に不備はありません。大事に育ててあげてくださいね、じゃあね♪」

「ブヒブヒブヒ♪」

「ブフブフブフ♪」

「ブホブホブホ♪」


 お姉さんは、ナナちゃんとハッちゃんとキューちゃんを変わりがわりになでてくれると笑顔で、でもどこか事務的に見送ってくれた。


 俺は、ナナちゃんとハッちゃんとキューちゃんを抱くと、保健所を後にする。

 次は、動物病院だ。


 

 

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