第4話 青年、ケルベロスの食欲に愕然とする。

「ふー、いいお湯だった」

「ブヒブヒブヒ♪」

「ブフブフブフ♪」

「ブホブホブホ♪」


 俺は自分の身体を急いで拭いてパジャマ替わりのジャージを着込むと、ケルベロスをバスタオルでゴシゴシとふいて、ドライヤーをかける。


「グルルルウ!」


 どうやら、ドライヤーの風は苦手らしい、たちまち左側にいるナナちゃんと右側にいるキューちゃんは首をひっこめて、取り残されたハッちゃんは不機嫌そうにうなり声をあげながら熱風にあたっている。


 泥だらけで気が付かなかったけど、ケルベロスの毛並みは、フレンチブルドッグでいうところの『パイド』だ。


 『パイド』は、白地にところどころ黒い模様があるホルスタインみたいな柄だ。

 そして顔についているブチ模様で、ケルベロスの3匹を見分けることができる。


 顔に黒ブチがなく、真っ白な顔をしているのがハッちゃん。そして、


「ホラ、ナナちゃん顔を出して!」

「ブルルルウ!」


 渋々と顔を出して熱風に当たっているナナちゃんは、左目に黒ブチがある。


「キューちゃんも!」

「ゴルルルウ!」


 最後に顔を出したキューちゃんは、左右の目に黒ブチがある。


「ふーやれやれ」


 俺はなんとか3匹の頭にドライヤーをかけ終わると、食事の支度をする。

 俺の食事は至って簡単、お湯を沸かしてカップラーメンをすするだけだ。


 俺は、なんとも寂しい夕食をひとりさびしくすすっていると、両目にぶちのあるキーちゃんが、興味深そうにカップラーメンの匂いをかぎにくる。


「ブホブホブホ♪」

「これはダメだよ。塩分が多すぎる。お前たちにはもっといいいモノがあるから」


 俺は大急ぎでカップラーメンをすすると、実家から送られてきた段ボールに手を伸ばす。


「お前たちはこれな!」

「ブホブホブホ♪」


 瀬戸内の島にある実家から送られてきた柑橘類だ。

 早期退職をして専業農家をしている父は、いろんな柑橘類を栽培している。


 俺は、頭がぽっこりと出ている「デコポン」をとると、外の皮をむき、薄皮も丁寧にはがすと、手のひらの上に乗せて、顔を出しているキューちゃんの鼻先に差し出す。


 キューちゃんは、でこぽんを興味深そうに「クンクン」と匂いをかぐと、パクリとかじりついた。


「ブホブホブホ♪」

「お、うまいか? どんどん食べろ」


 俺はみかんの薄皮を剥いてると、キューちゃんは机に置いてあったデコポンに丸ごとかじりついた。


「あ、コラ!!」

「ブホブホブホ♪」


 キューちゃんは、夢中でデコポンにかじりつくと、あっという間に食べきって、


「くーん」


 と、さらにおかわりを求めてじっとこっちを見つめている。


「おいおい、デコポン丸ごとかよ! いくらなんでも食べ過ぎじゃあないのか?」

「くーん」

「やめてくれよ。そんな瞳でみるの……」

「くーん」

「だめだったらダメだ! これ以上食べるとお腹をこわすぞ!」

「くーん」


 俺は、物欲しそうにこちらも見ているキューちゃんにピシャリと言いつけると、ベットにもぐりこんだ。


 会社をクビになって、恐竜型モンスターに追いかけられて、幻獣のケルベロスを拾って、本当に色々なことがあってくたくただ。


 俺は、ベッドに入ると、あっと言う間に眠りに落ちた。

 

 ・

 ・

 ・


 ピピピピ……ピピピピ……ピピピピ……


 翌朝、俺はアラームの音で目を覚ます。

 しまった、アラームをセットしたままだった!

 今日から無職だというのに、俺はキッチリ朝7時に目を覚ます。


「ブヒブヒブヒ♪」

「ブフブフブフ♪」

「ブホブホブホ♪」


 目を覚ますと同時に、ケルベロスの3匹の頭が、俺の顔をなめてきた。


「ちょ、こら! くすぐったいって!」


 ああ、可愛い。会社はクビになったけど、この可愛い3匹と一緒なら頑張って生きていける。


「こら、やめろ、やめろって!」


 言葉とは裏腹に、俺は3匹とのスキンシップを存分に楽しむ。

 するとある違和感にきがついた。

 こいつら、随分と柑橘系の匂いを漂わせてるな……。


「まさか!」


 俺はベッドから飛び起きると、実家から届いたダンボールを見た。

 空っぽだ。


 こいつら、ダンボールにあった柑橘を、一晩で平らげたのか??


「ブヒブヒブヒ♪」

「ブフブフブフ♪」

「ブホブホブホ♪」


 なんて食欲だ。

 ケルベロスは暴食の化身と呼ばれるくらい食欲が旺盛な幻獣だ。

 それにしたって、まだ子供だぞ?


 これ、ひょっとしなくても食費がヤバいことになるんじゃないのか?

 俺、今日から無職なんですけど……。


 どうすりゃあいいんだ??

 

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