第2話 青年、ケルベロスを拾う。

 俺の職場だった場所はダンジョンだ。


 地球に突然ダンジョンが出現するようになって15年。

 なかでもダンジョンが多発した日本は、諸外国に国家の存亡を危ぶまれるほどだった。


 だが、とある財閥系企業の発表が状況を一変させる。


 モンスターがドロップする宝石のような物体『シェールストーン』。その中に閉じ込められてあるキラキラと光る『マナ』を抽出することで、エネルギー資源として活用できることが判明したからだ。


 俺は、そんなダンジョンを整備する仕事に就いていた。

 まあ、たった今、職を失ってしまったんだけれども。


 はぁ……とっとと家に帰ってもう寝よう。

 そう思ったときだった。


「クーン」


 なんだか切なそうな声が聞こえてくる。

 俺は、声をする方へふらふらと足を運ぶ。すると、


「え? フレンチブルドッグ??」


 ちいさなフレンチブルドッグが、ぶるぶると寒さでふるえていた。まだ子犬だ。


「まさか、捨て犬??」


 フレンチブルドッグは、暑さにも寒さにも弱い。しかもここはダンジョンだ。

 モンスターに見つかったら、とてもじゃないが生きていけないだろう。

 俺はフレンチブルドッグの子犬に手を差し出す。


「ブゴブゴ……」


 フレンチブルドッグは、鼻を鳴らしながら俺の手を興味深そうに匂っている。

 短頭種、鼻が短いフレンチブルドッグならではの仕草だ。

 俺が小さいころ、家でフレンチブルドッグを飼っていた。だからフレンチブルドッグについては詳しいし、今でも大好きだ。


「そうだ。これ食うか?」


 俺は、カバンからみかんを取り出すと、皮をむいてフレンチブルドッグの子犬に差し出した。


「ブゴブゴ……」


 フレンチブルドッグは、大喜びでみかんにかぶりつく。


「ふふふ、お前、うちに来るか? みかんならいくらでもあるぞ! 実家から箱で届いているし」

「ブゴブゴ!!」


 フレンチブルドッグの子犬は、ご機嫌で鼻を鳴らす。

 そのときだ。


「ギャオウウ!!」


 突然、モンスターが現れた。

 このエリアで群れをなす、全長2メートルの恐竜型だ。


 やばい! 備品で提供されていた武器はさっき逆村さかむらさんに返してしまっている。

 俺は、大急ぎでフレンチブルドッグの子犬を抱えると、恐竜型から逃げる。

 けれども、すばやい恐竜型は猛スピードで近寄ってきて、今にも強靭な顎で俺の頭にかじりつこうとしている。

 もうだめだ、そう思ったときだ。


「グルルルゥ!!」


 フレンチブルドッグの子犬は、俺の胸から飛び降りると、首の付け根がもりもりと膨らんで、たちまち頭が3つに増えた。


「え? ウソだろ!?」


 ダンジョンの最深部にいるといわれる幻獣種、ケルベロスだ。

 どうしてこんな低層にいるんだ??


「ガルルウルル!」

「ガルルウルル!」

「ガルルウルル!」


 フレンチブルドッグ、いやケルベロスがみっつの頭で唸り声をあげ、恐竜型に飛びかかり喉元を噛み切る。


「ギャオオオ!」


 思わぬ反撃に、恐竜型は大急ぎで逃げていく。

 すると、ケルベロスは、


「クーン」


 と可愛らしい鳴き声をあげて、短い尻尾をブンブンとふって、誉めてもらいたそうに俺を見つめてくる。


 俺は、ケルベロスの3つの頭を交互になでなですると、ふたつの頭は大きなあくびをしてしゅるしゅると消えていった。


 そういえば聞いたことがある。ケルベロスは、3つの頭が交互に眠るって。


 つまりだ。緊急事態が発生すると、3つの頭が全て目覚めるけど、それ以外の時は、1匹だけが目覚めてあとの頭は体内に収納されるらしい。


「クーン」


 頭が1つになったケルベロスは、どこからどうみてもフレンチブルドッグだ。

 かわいらしく、短い尻尾を振りながら、俺に擦り寄ってくる。

 完全に、俺になついてしまったらしい。


「クーン」


 頭が1つになったケルベロスは、訴えるような瞳で、俺をみてくる。

 とりあえず今日は連れて帰るとしよう。考えるのは、明日からだ。


 俺は、頭が1つになったケルベロスを抱いて、家に帰ることにした。

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