第23話
「ただいま戻りました」
私が使用人宿舎へ足を踏み入れた瞬間――
「「「「――エミリアさん!!」」」」
「――――っ!?」
まるで私の帰りを待ち構えていたかのように大勢の同僚達にもの凄い勢いで囲まれる。
――え? 何? 急にどうしたの?
この突然の状況に挙動不審に視線を揺らし、狼狽える。そんな私の事など知ったことかと言わんばかりに彼女達からの怒涛の尋問が開始される。
「旦那様とはいつからそんな関係だったの!?メイドとして働く前から!? そうよね!?絶対そうよね!? そうじゃなきゃ、たった一週間やそこらであの旦那様を落とした事になるわよね?――ない!!絶対にないっ!!あり得ない!!同じ女として、身分も同じ平民としてもそんな事は決してあり得ない!!ね?そうでしょ?!エミリアさん!」
「キぃーーっ!!悔しい!羨ましい!嫉ましい! こんな醜い嫉妬心に駆られた私を、エミリアさんのその御心で浄化してー!!」
「普段は私達メイドの事なんか全くの無関心で、ぶっきらぼうで無愛想で全く可愛げのない、それでいて超イケメンで世界的英雄で、名だたる貴族令嬢達がいくら言い寄ろうが、いくら口説こうが、全く揺れない、落ちない、撃ち抜けない鉄のハートを持つあの旦那様の御心を射止めたエミリアさんの殺し文句って一体どんなだったの!? 同じ女としてすごーく興味あるの!! ね?私にもソレ、教えて!教えて!」
「まさかあの旦那様があんな熱烈な事を恥ずかし気もなく大声で叫ぶなんてね。『エミリアは俺の女だ!!』って、アツアツ過ぎますよ!エミリアさん!!」
次から次へと、飛んでくる尋問。
そして皆が皆興奮冷め止まないといった様子で、故にその一つ一つの質問が長くて重くて、それでいて早口で……とにかく私は彼女達の圧に押され、あわわと、慌てる事しか出来ない。
とりあえず彼女達の言葉から掻い摘んでいくに、どうやら私は旦那様に言い寄り、そしてその心を射止めた事になっているらしい。
何故そうなったかまでは理解が及ばないが、私は彼女達の言うそれを全て否定する形の、旦那様が言った言葉を思い出す。
『その噂は全くのデタラメで、嘘だ。何かの間違いだ――』
……なるほどね。旦那様が言っていた『とある噂』ってコレの事か……。
「あぁ。それね……」
目を伏せ、低い声音でそう呟いた今の私の様子を見た同僚達は何かを察したのか、ざわつき始める。
「え?もしかしてもう別れた、とか?」
「え?どっちから別れを切り出したの?」
「バカ!聞かないの!そんなの決まってるじゃない……ねぇ?」
「いや、分からないわよ。『エミリアは俺の女だ!!』って、あの時の旦那様の顔!見たでしょ?」
「――えっ?うそ!? まさかエミリアさんから別れ話を!?」
「えー!?もったいない!!相手はあの世界的英雄よ!?」
今度は私と旦那様の破局説が飛び交う。しかしそれでも私へ羨望の眼差しを向ける者、或いは同僚同士で考察を重ねる者、中には嫉妬を目に宿す者も少なからずいるようだった。
私はそんな彼女達へ真実を伝えるべく口を開いた。
「それ、そもそも違うんだって。何かの間違い、なんだって」
「「「「――は?」」」」
一斉にこちらを向く彼女達は同じ様な顔をしていて、まるで私の言っている事の真意が全く伝わっていないといった様子。そんな彼女達へ私は続ける。
「そもそも、こんなおばさん相手に旦那様のような御方が想いを寄せるなんて――そんな事があるわけないじゃない……」
言いながら私の声は段々と小さくになっていた。
いつの間にか私の中の最奥に存在している自分でもよく分からない感情。
それが悲鳴を上げ、私の胸を強く締め付けたからだ。苦しい……
彼女達の中のひとり、ミリが口を開いた。
「エミリアさん。それ、誰から聞いたの?」
『それ』とは最初の方に私が彼女達へ言い放った、私と旦那様との恋仲説のそもそもを否定した事だろうと思う。その事を理解しつつ、私は答える。
「――それはもちろん、本人からよ」
「……それ、いつの話?」
「……え……?」
みんなからの怪訝な視線が一斉に私へ集まる。
――しまった。やってしまった……。
彼女達からの尋問の中で私が知り得た事に今回の噂の元となった出来事が、
確か、エミリアは俺の女だー!!、って叫んだってやつ?……自分で言ってて恥ずかしいけど。
その出来事があったというのがついさっき、夕刻時との事らしい。
そう。 仮に彼女達の言うその出来事が本当にあったとして、その時に私はこの屋敷には居ない。
そして、その出来事の直後に旦那様はおひとりで外出したとの事。――その時の行き先が、おそらくあの海だったのだろうと思う。
彼女達から見て、私が知り得ない『噂の是非』を私の口から『旦那様から聞いた』と発言した事は、つまり――
さっきまで外で旦那様と一緒に居たという事に他ならない。私は自らその事を明かしてしまったという事だ。
その事を理解した私は「あ……」と、口を半開きのまま硬直。額に冷や汗が滲んでいるのが感触的に分かった。
あんなに苦労して、旦那様におんぶまでさせて、門番の目を掻い潜ったというのに、その苦労を全て無駄にしてしまった。
どうしよう……旦那様に怒られそう……。
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