第12話 ※ウイリアム視点

 俺が『侯爵』を名乗るようになったのは今から8年前。当時王国を襲った最強最悪の魔物である黒龍を俺が率いる騎士団が討伐した事により、国を救った英雄として王から俺は『侯爵』を、他の団員達も『子爵』や『男爵』、『伯爵』などと言った爵位を授けられた。

 そして俺は王都に次ぐ第2の都ギルバードの領地を与えられた。


 ギルバード領に住む領民の数はおよそ1万人。世界的にも見ても屈指の規模を誇るが、そもそも規模の話などはどうでも良くて、大小関わらず人々の暮らしを貧しくするも、豊かにするも、領主の経営手腕にかかっている事、これが何よりも重要な事。

 与えられた領地に住む人々に明るい暮らしをさせてやる事、これが今の俺に課せられた責務だ。

 しかし、その肝心の領地経営があまり上手くいっていない。


 その原因となっているのが、領内全体へ行き届くはずの金が部分的にしか回っておらず、つまり富裕層の金は富裕層の中だけで回り、中間層、貧困層まで降りて来ないとうい事だ。

 

 とりあえずは中間層の者達は良いとして、問題は貧困層だ。

 彼等の生活は一日一日をなんとか生き抜いているといった状況で極めて過酷な生活を強いられている。


 この状況はギルバードを第2の都として国が治めていた頃からの長年の課題であって、俺が領主となった現状でもその状況は改善していない。

 富裕層だけが私腹を肥やし、貧困にあえぐ者達は全領民の半数を占める。因みに中間層は約4割程で、富裕層はたったの1割。このたった1割の狭い範囲だけでギルバードの経済(金)のほとんどが回っているのだからその貧富の格差ときたらそれはもう大きくかけ離れ、文字通り天と地ほどの差がある。

 つまり、富裕層に集中し過ぎている金を何とかしてギルバード領全体に行き渡らせたい。そうすれば貧困に苦しむ者も完全にいなくなる、とまではいかないにせよ少なくはなるはずである。


 俺はそんな思いを巡らせながら執務室でひとり、ここ最近の領内の金の動きが記された書類を睨んでいると、


 ――コンコン


「入れ」


 扉がノックされ、俺は視線を書類へやったまま入室を促した。


「お仕事中、誠に失礼致します旦那様。 紅茶をお待ち致しました」


 ん? 聞き慣れない声だ。

 視線を書類から外し、声の主の方へと視線を移す。


「あぁ、ありがとう。 そこへ置いててくれ」


 新しくメイドを雇ったのか。


 入室してきたのは見慣れないメイドだった。

 この屋敷の使用人の人事は全て執事であるクラインに任せてある為、俺が新しくメイドを雇った事を知るのはいつもこの時点だ。


「かしこまりました」


 新人メイドは俺の言葉に慎ましくも気品溢れるお辞儀をすると、手に持ったティーセットを執務机の前の低いテーブルの上へと置いて、少し身を屈めながらカップへ紅茶を注ぎ始めた。

 

 見たところ20代後半、俺と同年代といったところか。年相応の落ち着いた雰囲気を漂わせる彼女を、気が付くと俺は食い入るように見つめていた。


 落ち着きあるブラウンカラーの髪はメイドらしく後ろで纏められていて、髪色と同色の瞳に美しく整った顔立ち。そして、最初に一瞬だけ見せた柔らかな微笑み。


 美しい人だな。

 まず俺は彼女を見てそう思った。


 飾らない美しさ?とでも言おうか。

 元々持つ彼女の容姿の美しさとは別に、まるで清流のような清らかで澄み切った印象を彼女から受けた。

 見てるだけで疲れが癒えていくような、存在そのものが美しいと感じるこんな女性は初めてだ。

 

 紅茶を注ぎ終えた彼女はこちらへ向き直り、口を開いた。


「今日よりこちらで働かせて頂く事になりましたエミリアと申します。よろしくお願い致します」


 彼女――エミリアは再び綺麗なお辞儀をした。


「あぁ。ウイリアム・ギルバードだ。こちらこそよろしく頼む」


 顔を上げたエミリアは、にこっと柔らかな微笑みを作ると、


「では、失礼致します」


 そう言って最後にもう一度お辞儀をして退室して行った。その直後、


「失礼致します旦那様――」


 エミリアと入れ替わるように今度は執事のクラインがやって来た。


「ウルフグッド伯爵とウルフグッド伯爵令嬢がお見えになりました」


「あぁ、分かった」


 俺が領地経営の次に頭を悩ませてせいる事、それは世継ぎ問題だ。つまり、周りが俺に「結婚しろ」とうるさいわけだ。


 俺は溜息を一つ吐くと重い腰を上げ、クラインが仕組んだであろう縁談の場へと向かった。

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