第2章ギルバード侯爵邸
第11話
今日からいよいよ、ギルバード侯爵家でのメイドとしての生活が始まる。
正門を潜り、敷地内へと足を踏み入れると、遠巻きに白を基調とした壮麗な建物が見える。
敷地内へ入るのは採用試験以来2度目だが、屋敷を象徴するその優雅さと威厳にはやはり圧倒される。
美しく整備された庭園。
その脇にある遊歩道を歩いて進むと遠目からでは分からなかった屋敷の詳細が見て取れるようになってくる。
屋敷の正面には高いアーチ型の扉があり、その上にはギルバード家の剣をモチーフにした家紋の装飾。扉の両側には立派な柱が並び、そのそれぞれに繊細な彫刻が施されいる。
きっと屋敷内に豊かな光が差し込むだろうと、容易に想像できる程の大きな窓に、窓枠には白い石でできた装飾がほどこされ、その優雅な曲線が建物全体の美しさを引き立てている。
私は視線を散らしながら、緊張と期待に胸を膨らませ、高いアーチ型の扉の前まで辿りつくと、ふっ、と小さく深呼吸をし、ゆっくりと扉を開けた。
「エミリアです。今日からよろしくお願いします」
そう声を響かせたと同時に、私の視線に飛び込んできたのは、豪華なシャンデリアが煌びやかに照らす広々としたロビーだった。
高い天井には、精緻な装飾が施され、ロビーの中央には、大きな螺旋階段が上へと続き、手すりには細やかな彫刻が施されているようだ。
これまで見たことのないほどの豪華さに圧倒され、目を丸くしていると奥から正装を纏った白髪の初老の男性が歩み寄って来た。
「エミリア殿ですね。お待ちしておりました」
「はい。今日からお世話になります。よろしくお願い致します」
男性に遅れるかたちでもう1人メイドもやって来ると、初老の男性が口を開いた。
「まずはこのミリに付いてここでの生活について色々と教えてもらって下さい」
「ミリよ。よろしくね」
先輩メイドのミリ様。
クリーム色の髪に端正な顔つき。まだ20代前半だろう思う。
ミリ様に案内されてやって来たのは屋敷隣りに建つ別棟。
「ここが私達使用人の居住区よ。どうぞ、中へ入って」
ミリ様に促され、私は別棟の中へと足を踏み入れた。
「わぁ……」
屋敷の内装はともかくとも、使用人の別棟までとはと、予想を裏切るかたちに思わず感嘆が漏れ出た。
視界に飛び込んできたのは綺麗に整理された廊下と、丁寧に掃除された床。壁には温かみのある明るい色が塗られており、その空間にふわりと安堵感を覚える。
右手には共用のリビングスペースが広がっていて、その中には使用人たちがくつろげるようにと、ソファや椅子が配置され、暖炉のそばにはティーセットが整然と並んでいる。そして若いメイドが2人、ソファで談笑しているようだった。
私はこれからここで他の使用人たちと仲良くやっていけるのだろうかと、そんな不安と期待が胸の奥で交差する。
そしてミリ様は談笑していた2人のメイドへ、私の簡単な紹介をするのだった。
「今日から一緒に働くエミリアさんよ」
「エミリアです。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いしまーす」」
ニコっと笑みを浮かべた2人のメイドは私へ元気な声を返してくれた。
2人とも感じの良さそうな若い娘で、「大丈夫。仲良くやれそう」だと、心の中でホッと胸を撫で下ろす。
左手には、個々の使用人たちの寝室と思われる扉が並んでいて、その中のひとつをミリ様が開ける。
「ここがあなたの部屋よ。どうぞ」
私はペコリと頭を下げながら中へ踏み入れた。
「わぁ。すごい……」
またしても感嘆の声が漏れる。
そこには最低限の家具と、シンプルながらも居心地の良さそうなベッドが置いてあり、
これからここが自分の部屋だと思うと自然と胸が弾む。
「荷物を片付けたらこれに着替えて屋敷の方まで来て。ここでの仕事を順次教えていくから。ビシバシいくから覚悟しててね」
言葉とは裏腹ににっこりと笑顔を見せるミリ様。口数は少なそうだがその笑顔には彼女の優しさが滲み出ているようだった。
「はい!分かりました」
差し出されたメイド服を受け取り、私も彼女へ微笑みを返した。
ミリ様は部屋を出て行き、私はすぐに自分の荷物の片付けに取り掛かる。
窓の外には、美しい庭園が広がっており、太陽の光が部屋に差し込んでくる。
明るい気持ちで荷物を片付けながら、この新しい環境で私は前向きに頑張っていくのだ、と決意して一人にっこりと微笑んだのだった。
片付けを終え、真新しいメイド服に身を包んだ私はミリ様の言いつけ通り、屋敷へ来ていた。
「まずは旦那様へ自己紹介も兼ねて紅茶の給仕に行ってください。その後はミリの指示に従うように」
ここへ来た時に最初に応対してくれた白髪の初老の男性は執事のクライン様。
多分、この人がこの屋敷の使用人を束ねているとても偉い人なのだろうと思う。
「かしこまりました」
私はクライン様の指示のもとティーセットを乗せたトレーを両手に持ち執務室へと向かうのだった。
――コンコン
「入れ」
扉をノックし入室の許可を得た私は片手をトレーから離し、その手で扉を開き、部屋の中へと足を踏み入れる。
それからスッと体を翻し、扉を閉め、片手をドアノブからトレーへと持ち替えてから前を向く。
「お仕事中失礼致します旦那様。紅茶をお持ち致しました」
とても広い部屋だ。床にはワインレッドの絨毯が敷かれ、部屋の中心には少し低めのテーブルとソファが配置されている。壁際には幾つもの書棚が並んでいて、そして部屋の最奥で執務机に向かうひとりの青年の姿があった。
耳をかすめる程のさらさらとした銀髪に、エメラルドの瞳を孕んだ切れ長の目。美形で端正な顔立ちをしている。歳はまだ若い。多分20代だろう。『侯爵』を名乗るにはあまりに若い年齢だ。
その青年は何らやら書類に目を向けていた。
私が一番最初に受けた印象、それは『侯爵』の身分に似合わぬ若さでなければ目を引く整った顔立ちでもなかった。
何より印象的だったのは書類を睨むようにして見つめるその目。それはまるで殺意を宿したかのような冷たさを感じさせる目だった。
しかし次瞬間、その印象はガラリと変わる。
視線を書類から私へと移した青年は先程の印象とは真逆の温かみのある微笑みを浮かべていた。
「あぁ、ありがとう。 そこへ置いててくれ」
「かしこまりました」
私はテーブルの上にティーセットを置き、カップに紅茶を注いだ後再び青年の方を向いて背筋を伸ばした。
「今日よりこちらで働かせて頂く事になりましたエミリアと申します。よろしくお願い致します」
「なるほど、見ない顔だと思った。俺はウイリアム・ギルバードだ。こちらこそよろしく頼む」
青年ことウイリアム様、ひいてはこの屋敷の主であり、ここギルバード領の領主様の自己紹介に私は微笑みで返した。
「では、わたくしはこれで失礼致します」
そして最後に一礼をして、私は退室したのだった。
これが私と彼、ウイリアム・ギルバード侯爵様――旦那様との最初の出会いであった。
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