第13話 ※ウイリアム視点
応接間の扉を開けるとそこには2人の男女がソファに腰掛けていた。
俺はテーブルを挟んで向い側のソファに腰を下ろす。
「お待たせして申し訳ない、ウルフグッド伯爵卿」
「いえいえ、とんでもございませんギルバード侯爵様。此度は我が可愛い娘――」
「ミーアですわ! よろしくお願い致しますわ!」
伯爵の紹介を待たずして割り込んできた声。伯爵の隣りに座っていた伯爵令嬢、名前をミーアと言うらしい。
貴族の間で今流行の金髪巻き髪にくりっとした目が特徴的な如何にも『貴族!』といった風貌をしている。年の頃合いは20歳か、それよりも少し下といったところだろうか。
俺への強引な自己紹介の後、ミーアは嬉々とした表情で伯爵へ振り向いた。
「それにしてもイケメンですわね!お父様! わたくし、この侯爵様の事、誠に気に入りましたわ!」
そして、俺はこういう女が大の苦手だ。
「侯爵様! 我が娘ミーアを、何卒よろしくお願い致します!」
「…………」
頭を深々と下げる伯爵。俺は無言で眉を顰める。
「お父様、そんなにも頭を下げなくてもこのわたくしが拒まれるわけがございませんわ! ねぇ?侯爵様? 結婚式はいつに――」
「悪いが、この話は無かった事で頼む」
一体その自信はどこから来るのやら。繰り返すが、俺はこういう女が苦手……いや、嫌いだ。
俺はミーアの言葉を切って捨て、早々に席を立とうとすると、
「……え? なんで?」
唖然といった表情で固まるミーア。
その様子を見て俺は思い直す。
俺との縁談の為にここまで来て貰い、それを一方的に逃げるように立ち去るのはいくら相手が格下貴族とはいえあまりに傲慢な振る舞いで失礼にあたる。
せめて、彼女に対して思った事は正直に伝え、きっぱりと断るのが礼儀だろう。
俺は再び腰を落とし、しっかりと向き合ったかたちで口を開く。
「大変失礼な事を言うようだが、私は貴女と結婚したいとは思えそうもない。足労掛けさせた事、大変申し訳なく思うが、お引き取り願いたい。では、私はこれで失礼する」
「……え……」
容赦ない俺の言葉にミーアの固った表情が更に固まる。そして、その隣りで伯爵はガックリと項垂れている。
俺は今度こそ席を立った。
「ちょっと待って! 侯爵様――」
ミーアの声を振り切るように彼女へ背を向け、応接間から退室しようとした丁度その時、壁際で俺へ頭を下げるエミリアの姿が視界に入った。
「エミリア、すまないがあの2人を屋敷の外まで案内してやってくれ。見送りまで頼む」
そう言うと、エミリアは「かしこまりました」と綺麗なお辞儀をした後ミーアの方へと歩み寄って行った。
やれやれ、まったく……結婚、結婚と、囃し立てるのも勘弁してほしいものだ。
そう思いながら俺は大きく溜息を吐こうとした、その時だった。
「――ただの使用人の分際でこのわたくしに帰れと!?」
振り返ると、ミーアがエミリアへ向け怒鳴り声を上げていた。しかし、エミリアはそれに怯む事なく冷静に対処する。
「大変失礼致しましたミーア様。しかしながら、当家の使用人として主から『お客様を屋敷の外まで案内しろ』と申し付けられた以上、それに従う他ないのです。どうか御理解くださいませ」
「――何ですって!?」
ミーアは怒鳴り声と共にハンカチをエミリアへ投げつけた。
「そこまでです、ミーア嬢。これ以上の暴言は許しません。当家の使用人への暴言は当家へ対する冒涜と同義。これ以上当家の使用人を貶すならば当家は全力でウルフグッド伯爵家を潰しに掛かるがそれでもよろしいか?これも『侯爵家』としての威厳を保つ為だ。何卒ご理解を」
「な……」
俺の言葉に青ざめるウルフグッド伯爵。その横では怯む伯爵令嬢。
俺はミーアへ視線を移す。
「ミーア嬢。 使用人エミリアへ謝罪を」
「――っ!?」
俺の言葉に驚いたように眼を見開くミーア。
「使用人エミリアへ謝罪をしないのならば、先程の事を実行に移すまで」
俺はミーアの顔を、目を睨むように見つめた。
「ひっ」
ミーアのうわずった悲鳴が小さく響くと、咄嗟に俺から視線を逸らし下を向く。
「ミーア。 謝罪しろ」
伯爵がミーアへ小さく促す。ミーアは悔しそうに奥歯を噛み締めたように顔を歪め、ゆっくりとエミリアへ体を向けると、
「……ご、ご……ごめん、なさい……」
ミーアは怒りにも似たような表情、震えた声で謝罪を口にし、それにエミリアはお辞儀で返した。
貴族が平民へ頭をさげる。
貴族としてのプライドが特に高そうなミーアにとって、これ以上の屈辱は無いだろう。
「うむ。では、今日のところはこれでお引き取り願おう。そして、この縁談は無かった事で。足労だけかせさせてすまなかったな」
「いえ、こちらこそ娘が無礼を働いた事、深くお詫び致します」
「…………」
俺の言葉に深く頭を下げるウルフグッド伯爵。その横では無言で視線を落とすだけのミーア。
人格者として名高いウルフグッド伯爵の娘だからと、クラインがあまりにしつこかった為、仕方なく臨んだこの縁談だったが、俺とて結婚の必要性は感じている身、正直ウルフグッド伯爵の娘ならばと、少なからず期待感もあった。が、この有様。結局、貴族令嬢へ対する嫌悪を深めただけとなった。
傲慢で、横柄で、無神経で、わがままで、嫉妬深い……貴族令嬢とはこんなのしかいないのだろうか。
そう悲観した時、ふとエミリアの顔が浮かんだ。
ミーアに侮辱された彼女は気に病んでいないだろうか。俺はエミリアのいる使用人宿舎へと足を向けた。
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