第61話 ナギとアラシ
軍議の間。
豪華絢爛な造りで国の繁栄の象徴ともされる皇居、白蛇城において軍議の間がその名前通り使われることは滅多にない。小国や反乱分子、それこそ邪教との争い程度において大臣達を交えて会議をする事などこの数百年起きておらず、大抵は修練場にある会議室で軍務大臣と大将格が顔を揃えての話し合いで済んでいるからだ。
しかし、今回は違う。
相手は、かの青猿率いる青猿の国。
しかも、邪教と手を結んでいる。
これは国家規模の危機なのだ。
関白大政大臣を始め、軍務大臣、外務大臣、大神官が円卓を囲み、神妙な顔をしている。
末席に座るナギは、各々の大臣、同じ大将格の様子を視線だけ動かして確かめる。
「奴らの動きはどうだ?」
関白大政大臣は、ナギの隣に座る大将の一人に声をかける。
ナギよりも身体が大きく、筋肉・・いや贅肉に覆われたいかにも甘やかされて育ったという顔にはその表情は緊張に固まっている。
「はいっ父上!」
大将は、勢い良く立ち上がり、椅子を倒してしまう。
クスクスと言う小さな笑い声が起きるが本人は気づいていない。ナギも笑いはしないが呆れてしまう。
(これが姉様の兄とは・・・)
アケに注がれなかった愛情がこいつの贅肉になってしまったかと思うと怒りを通り越した憎しみが湧いてくる。
しかし、そんなことは表情に出さない。
「彼の国に今のところ動きはありません。青猿の姿も見られないそうです」
「・・・そうか。座ってよい」
「はっ!」
アケの兄は、頭を下げて触る。
誰かが椅子を直してくれていたので倒したことになんて気づいてもいない。
「邪教にも動きはないのか?」
「ございません」
大神官が短く答える。
「こちらも静かなものです」
「・・・何かを狙っているのでしょうか?」
外務大臣が身を振るわれせて言う。
「知るか」
軍務大臣が苛立ちながら言う。
関白大政大臣は、ナギに視線を向ける。
「近衛大将」
軍務大臣の言葉に全員の視線がナギに注がれる。
関白大政大臣とアケの兄である大将もナギを見る。
この場にいる誰もがナギを嫌い、そして恐れている。特にアケの兄は自分よりも10は下で何のコネもない若造が自分と同じ位置にいて、しかも朱の称号を持っていることが許せなかった。
朱のナギは、国にも関白大政大臣にも忠誠を誓っていないのは誰もが知っている。
彼が忠誠を誓っているのは誰もが畏怖し、嫌悪するジャノメ姫なのだから。
しかし、同時にこの場にいる誰もがナギを信頼している。
何故ならこの場において、いや、この国において白蛇抜いてナギに勝るものは存在しないのだから。
「貴殿はどうしたら良いと思う?」
「どうしたら・・・とは?」
ナギは、関白大政大臣が何を言いたいのか理解した上で敢えて聞き返した。有能であることをひけらかすことが良しと言うわけでないことは嫌と言うこと知らしめられていたから。
案の定、関白大政大臣は、苛立つこともなく、一度、目を閉じ、開いてからゆっくりと答える。
「青猿の国に攻め入るべきか否かだ?」
ナギは、態度に出さずに胸中で嘆息する。
予想通りの答えであると同時に一国の長がそんなことを若造である自分に問うと言うこと、しかもそれをさも自分が優れているかのように口に出すことに落胆を覚える。
ナギの脳裏に猫の額にいる黒狼の姿が浮かぶ。
あの王ならば瞬時に決断し、最良の方法を臣下に指示するはずだ。
同じ長でもまるで格が違う。いや、比べるのが間違っているのか。
ナギは、逡巡している振りをしてから答える。
「今、攻め入るのは得策でないかと思われます。奴らの、特に青猿の出方を待ってからの方がよろしいかと」
ナギの言葉に関白大政大臣は、満足げに頷き、他の大臣や大神官からも歓声が上がる。
ナギの意見に感銘を受けたのではない。
青猿の国に攻め入らない口実を朱のナギから得ることが出来たことに満足したのだ。
白蛇が眠りについている現在、5柱の王の1柱に戦いを挑むなんて無謀の中の無謀。負けること、死ぬことは必至だ。しかし、国の中核を担うものが逃げる事など決して許されない。だから、彼らは朱のナギに責任を取らせて戦わないと言う選択にしたかったのだ。
(別に構わないがな)
自分の責任一つで戦争が起きないならそれに越したことはない。別に大臣達が死のうが別に構わないがそれで悲しむ
しかし、そんなナギの思惑も関白大政大臣の思惑も読み取れない者がいた。
「何を言っている!」
アケの兄が興奮息巻いて立ち上がる。
再び椅子が後ろに倒れる。
「逃げるなど白蛇の国に許されるはずがないだろう!」
アケの兄は、思い切り円卓を叩いてナギを睨む。
関白大政大臣の顔が青ざめる。
「父上!」
アケの兄は、顔を紅潮させて
「今こそ彼の国に攻め入り、白蛇の国の強さを世界に知らしめるべきですぞ!正義は私達にあり!」
アケの兄は、意気揚々と演説する。
しかし・・・誰も、実の父ですらその意見に賛同しなかった。
ナギは、ふうっと小さく息を吐く。
さすがにそこまで馬鹿ではなかったかと安堵する。
アケの兄も空気を察して表情が青ざめる。
そしてそのまま攻め入らないと言う事でまとまろうとしていた時である。
軍議の間の扉が開く。
「さすがは兄上。英断でございます」
扉から入ってきたものにナギは、驚愕する。
「アラシ・・」
関白大政大臣も驚いた声を上げる。
入ってきたのはアケの弟であり、関白大政大臣の次男アラシであった。
アラシは、円卓に進み、ナギと兄の間に立って頭を下げる。
「父上、皆様、私も兄に賛同いたします」
アラシの言葉に場が騒然とする。
「アラシ様!」
ナギは、思わず声を荒げ、立ちあがろうとするが、アラシは、ナギの肩にポンっと手を置いてにこやかに微笑む。
その優しげな笑顔にナギは、背筋が冷たくなるのを感じた。
アラシは、関白大政大臣を見て小さく微笑む。
「私に策がございます」
その優しげな目は怪しく、暗く輝いた。
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