第60話 青猿(11)
「ダメ!」
ツキの腹に柔らかく、温かい感触が伝わる。
ツキの手が止まり、レーヴァテインの切先が青猿の臍に触れる寸前で止まった。
ツキが黄金の双眸を下に向けるとボロボロになったツキの長衣に細い手が回されていた。
アケだ。
ツキは、黄金の双眸を丸くする。
「ダメ・・ツキ・・・ダメ!」
アケは、ぎゅっと両腕に力を込めて、必死にツキを止めようとしている。
いつも黒い布で覆われている本来の目のある部分は、白く、分厚い霜に覆われていた。
オモチの仕業と分かり、その見事な術に感嘆しながらもそれが脆く、直ぐにでも破れてしまうものであることが分かる。
しかし、ツキは、アケを振り切って青猿に刃を下ろすことが出来なかった。
「おいっなんだ!お前!」
青猿の声にツキは、顔を上げる。
動けない青猿の上に小さな
アズキは、純朴な目で青猿の顔を覗き込む。
「おい、お前なんだ⁉︎危ないから・・」
しかし、青猿は、最後まで言葉に出すことは出来なかった。
アズキの身体が炎が起こる。
炎は、青猿の身体を包み込む。
ツキの表情に動揺が浮かぶ。
火の発生源であるアズキは、火に覆われて影すら見えない青猿の顔を見る。
火が消える。
アズキは、ぐうっと身体を伸ばす。
青猿は・・・。
「どうなってる?」
青猿は、呆然と呟く。
青猿の身体には火傷の跡はなかった。
それどころか痛みは消え、傷も消えていた。
青猿は、右手を上げる。
ツキのレーヴァテインで縦に裂けたはずの右腕もくっついて、何事もなかったかのように動く。
ツキも驚愕に目を見開く。
「おいっこれは・・・?」
しかし、言葉を発するより速く、アズキは、ジャンプしてツキの腰にしがみ付くと炎を起こし、ツキの身体を包み込む。
身体から痛みが消えていく。
傷が夜の花が花弁を閉じるように塞がっていく。
炎が消えると服こそボロボロで体力は戻っていないが痛みはなく、見た目も戦う前に戻っていた。
「癒しの炎・・・か」
ツキは、黄金の双眸をアズキに向ける。
ツキの腰から離れて地面に降り立ったアズキは、自慢げに鼻を鳴らす。
「凄いですよね!」
いつの間にか近くにいたウグイスが興奮したように言う。
「アケを連れて飛んでいる時に突然、炎を発して癒してくれたんですよ!まさか、ここまでひどい傷を治せるとは思いませんでしたけど・・・」
ツキは、左手を見て、自分の顔を摩る。
「・・・見事だ」
ツキは、小さく呟く。
「・・・どういうつもりだ」
青猿は、身体を重々しく起こす。
傷は癒えても体力は戻っていない。
しかし、その深緑の双眸の力は少しも衰えていない。
「知らん。俺の指示ではない」
そう言ってツキは、腰にしがみついたままのアケを見る。
青猿は、深緑の双眸をアケに向ける。
「どういうつもりだ幼妻?」
青猿は、アケをきっと睨む。
「あんたにゃ恨まれはしても助けられる謂れはないよ」
アケは、ツキの腰から手を離す。
そして真っ直ぐ背筋を伸ばして蛇の目を青猿に向ける。
「貴方は・・・いい人です」
アケから放たれたあまりにも予想外の馬鹿馬鹿しい言葉に青猿は、思わず口を丸く開ける。
「はっ?お前、あんな酷い目にあって何を⁉︎」
この娘は頭がおかしいのではないか?
アケもそんな青猿の気持ちを読み取ったが、引くことなく言葉を続ける。
「それは自分の子どもを助けたいからでしょう?」
アケの言葉に、青猿の表情が固まる。
「私は、両親と一緒に過ごしたことがありません。でも、カワセミやウグイスから聞いて親というのが本来はとても愛情に溢れた存在だと分かりました。何を犠牲にしても自分の子どもを守る・・・貴方もそうなんでしょう?」
アケの肩は、小さく震えていた。
両親の話しをするのはアケにとっては苦痛以外の何者でもない。
憎いからではない。
分からないからだ。
怖いからだ。
アケにとっての親とはそれほどに未知な存在であった。
それなのアケには青猿の気持ちが痛いほどに分かった。
視点こそ違うが自分もまた両親や兄妹を守りたいと思ったから。
どんなに怖くても、分からなくても守りたいと思ったから。
「そうだよ」
青猿は、あっさりと認めて立ち上がる。
「私は、あの子達を守りたい。救いたい。それを邪魔する奴は何があっても許さない。この拳で叩き潰す」
そう言ってアケを威嚇するように細く美しい拳を見せる。
ツキがアケの前に立って庇う。
ウグイスは、水色の魔法陣を展開する。
アズキもアケの足元で威嚇する。
しかし、青猿は引かない。
3人の間からアケを深緑の目で見る。
「それであんたは何が言いたいんだい?気持ちは分かるけど白蛇の国を攻撃するのはやめてくれって言いたいのかい?だったら・・」
それは無理な相談だ、と言おうとした青猿の言葉はアケが放った言葉にかき消される。
「貴方に協力したい!」
アケは、大声で言う。
空気が一瞬にして鎮まり、沈黙が流れる。
ツキとウグイス、アズキは、目を丸くしてアケを見る。
青猿は、何が起きたのか理解出来ず、唖然とする。
「・・・はっ?」
青猿は、自分でも間抜けと思う声を上げる。
アケは、ツキの前に立つ。
アケの本来の目を覆う霜が少しずつ剥がれていく。
ここまでの移動、今までの行動で殆ど耐久力が失われているのだ。
しかし、アケは、気にも止めず口を開く。
「戦争は嫌・・国を滅ぼされたくないし、両親も殺されたくない・・・でも貴方の子どもも助けたい!」
あまりにも矛盾のある台詞に青猿は怒り、奥歯を噛み締める。
「てめえ、何言ってやがる!そんなことどうやったって出来るわけねえだろうが!」
青猿は、吠える。
ウグイスは、アケを守ろうと前に出ようとするがツキがウグイスの肩を掴んで押さえる。
「はいっ・・私には出来ません」
アケは、あっさりと認めた。
「私は、自分の本来の目も失った何も出来ない娘です。主人やウグイスのように戦う力もなければ両親を説得することも出来ません」
青猿の褐色の顔が赤く染まる。
「てめえ、ふざけて・・・」
「でも、一緒に考えることは出来ます!」
アケは、蛇の目で真っ直ぐ青猿を見る。
「私は、1人じゃありません。主人がいます。友達がいます。一緒に考えてくれる仲間がいます。みんながいればきっと貴方の子ども達を助けることが出来るはずです!だから・・・」
アケは、ぎゅっと祈るように両手を握る。
「だから私たちを信じてください」
アケの蛇の目が真摯に青猿を見る。
青猿は、深緑の双眸を大きく見開く。
そして・・・大声で笑った。
天が裂けるのではないかと思うほどに大声で笑った。
アケの本来の目を覆う霜が剥がれていく。
アケは、思わず目を押さえる。
再び
ツキは、アケの肩を抱き、ウグイスとアズキが寄る。
アケの目から白い小さな手が伸びてこようとする。
その時だ。
いつの間にか近づいていた青猿がアケの頬を掴み、本来の目の部分を押さえる両手を退かせる。
白い手が幾重にも伸びてこようとする。
ツキの表情に怒りが浮かぶ。
しかし、青猿は、ツキを無視して自分の腹を拳で殴る。
その行動にウグイスは、驚く。
青猿の口から白い紐が垂れる。その先端には蛇の頭が付いていた。
白い紐は、青猿の口からするりと抜けるとアケの本来の目の部分飛び、その身体を縫い付けていく。
アケの瞼が白い紐にがっちりと縫われ閉じられる。
青猿は、アケの頬から手を離す。
アケは、膝から崩れ落ちる。
ウグイスが肩を抱き、アズキは、膝の上に飛び乗ってアケの顔を見る。
青猿は、アケを見下ろすと口を拳で拭う。
「汚いからきちんと洗いな」
そう言ってアケに背中を向ける。
「腹減ったな」
青猿は、無駄な肉の付いてない腹を摩る。
「飯にしよう。話しはそれからだ」
そう言って森の方に向かって歩き出す。
ツキの屋敷のある方向に。
ツキは、黄金の双眸を青猿の背中に向け、次にアケを見るとその場にじゃがみこんでアケの身体を抱きしめた。
突然のことにアケは頬を赤らめて動揺する。
ウグイスとアズキも驚く。
ツキは、アケの黒い髪を優しく撫でる。
「アケ・・・」
「はっはいい!」
アケは、思わず声を上擦らせる。
「お前は、大した妻だ」
ツキは、優しく、そして強くアケを抱きしめた。
アケは、一瞬、何を言われたか理解出来なかった。
しかし、それが心にゆっくりと染み込んでいくとアケは、泣きそうに微笑んでツキをぎゅっと抱きしめた。
「・・・イチャイチャだ」
ウグイスは、ぼそっと呟く。
アズキもうんうんっと頷く。
いつも間にか昇っていた月が優しく二人を照らした。
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