第43話 姉様(8)

 ナギは、孤児であった。

 物心付いた時には都の孤児を保護する寺で過ごしていた。

 出自は分からない。

 ただ、髪の色が同じように寺に保護された子どもや僧侶と違い金色の髪なのでどこかの異国の民だろうとだけは予想できた。

 この為に寺では僧侶からも同じ立場であるはずの子どもたちからも疎まれた。

 靴や物を隠されるのはしょっちゅうだったし、食事に虫を入れられる、トイレに入っていると水を掛けられる、ナギがいるのにも関わらず侮蔑の声を上げる。

 僧侶達もそんなナギの状況を知っていたが止めようとはしなかった。

 ナギは、そんなあまりにも酷い仕打ちに日々泣いていた・・・ことはなかった。

 ナギは、幼少期から強かった。

 少なくても僧侶達を打ち負かすくらいの強さを持っていた。悪口が聞こえれば悪口を言った者を殴り、食事に虫を入れている者を見つければ投げ飛ばし、逆に自分以外にもいじめられている者がいれば助け、いじめていた者にそれ以上の痛みを味合わせた。

 僧侶達もその暴れっぷりを止める事が出来ずに手を焼いた。

 気がつけば誰もナギに近寄ろうとする者は誰もおらず、腫れ物として扱われ、孤立していった。

 ナギが12歳になった時、皇居から寺に依頼が来た。

 ジャノメ姫の世話係を孤児の中から出してほしい、と。


 ジャノメ姫。


 その名を聞いた瞬間に僧侶達は震え上がった。

 そして悩んだ。

 必要以上に子ども達と関わろうとせず、放任している僧侶達ではあるが決して子ども達が可愛くない訳ではない。

 そんな子ども達をジャノメ姫の世話係・・生贄などに出来るはずがない、と。

 悩んでいる僧侶達にナギは「俺が行く」と名乗り出た。

 こんな窮屈なところにずっといるくらいなら化け物の世話をしている方がマシだ、と思ったから。

 僧侶達は驚き、止めながらも内心厄介払いができると喜んでいた。そして順調に手続きを終え、ナギは寺を出て、ジャノメ姫の住む都の外れの屋敷へと行った。

 ジャノメ姫の屋敷は鬱蒼とした森の中に隠されるように建てられていた。

 立派ではあるが簡素で静か・・というか薄気味悪い。

 化物屋敷か牢獄のような首筋を撫でられるような恐怖がナギを襲う。

 自分が今まで着ていた着物よりも上等な下働き用の紺色の着物に袖を通し、給仕と思われる年配の女性に案内される。

 静かだ。

 仮にも姫を冠する者が住む屋敷だと言うのに自分を案内する給仕以外に人がいない。

 屋敷の中もそうだ。

 装飾品の一つもなく、ただ作り物としての屋敷が存在しているだけだ。

 本当にここに姫が住んでいるのか疑いたくなるほどに。

「ここからは1人で行きなさい」

 白い扉の前に立つと給仕が言った。

 一緒に行かないとか、と聞くと給仕は明らかに気持ち悪そうに震えて「嫌よ」と拒否した。

 その反応で扉の奥にジャノメ姫がいることを察した。

 ナギは、唾を飲み込み、大人と喧嘩する時にすら震えることのなかった身が震える。

 しかし、意を決して扉を開く。

 そこにいたのは・・・あまりにも美しい少女だった。

 年はナギより少し上くらい。

 凛とした佇まい。

 赤い着物に身に纏った細い肢体。

 流れるような黒髪。

 色白の整った面。

 これほどに美しい少女をナギは見たことがなかった。

 しかし、すぐに少女の異様に気づく。

 両目に当たる部分を布で覆った彼女の額には人間には決してあり得ないものが付いていた。

 赤い瞳の蛇の目。

 それを見た瞬間、彼女がジャノメ姫であると理解した。

「貴方が新しい世話係?」

 ジャノメ姫が聞いてくる。

 その声には抑揚がなく、顔は能面のようで感情の動きがまるで感じられなかった。

 我に返ったナギは慌てて頭を下げる。

「ナ・・ナギと申します。よろしくお願いします」

 ナギは、自分の身体が震えているのを感じた。

 自分は怯えている。

 恐れている。

 目の前の異形な姫を。

 ジャノメ姫を。

「そう。綺麗な名前ね。髪もとても綺麗」

 ナギは、驚いて顔を上げる。

 今まで名前を、この金色の髪を褒められたことなんてなかった。

「貴方も怖くなったらいつでも逃げ出していいからね」

 ジャノメ姫は、そういうとナギにゆっくりと近づいてくる。

 ナギは、喉を鳴らす。

 しかし、ジャノメ姫は彼の横を通り過ぎただけだった。

「貴方、お腹空いてない?」

「えっ?」

「ご飯は食べてきたの?」

「はいっ」

 しかし、その言葉とは裏腹にお腹からは蛙のような音が鳴る。

「ついてらっしゃい。何か作ってあげる」

 そう言って彼女は部屋から出る。

 給仕はもうどこにもいなかった。

 ジャノメ姫が作ってくれたご飯は寺でも良く出た魚の煮付けや小松菜の和物、味噌汁にご飯だった。しかし、比べものにならないくらいに美味しかった。

 ナギが美味しそうに食べている時だけジャノメ姫は小さく唇の端を吊り上げた。

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