第36話 姉様(1)
一閃。
その太刀筋を例えるのにそれ以上の言葉が存在するのか?もし、それ以外の言葉を選べと言われたらこれしかない。
不可視。
白蛇の国の中心地である
豪華絢爛、汚れのない白の漆喰で建築された事から白蛇城と呼ばれる皇居に比べ、武士達の宿舎も兼ねた修練場は規模こそ大きいものの正方形の質素な造りで塗装もされずに木の色がそのままに残っている為、住民からはびっくり箱と揶揄される。
その名の由来は実に簡単。
建物の中から絶えず喧騒と悲鳴と苦鳴が漏れ聞こえるからだ。
しかし、今日に関しては喧騒も悲鳴も苦鳴も聞こえない。
理由は簡単。
声を上げる前に倒されているからだ。
1階のほとんどの面積を使って造られた、ただただ広く飾り気のない修練場。どれだけの武士達が稽古に励んでも広く感じる舞台が今日は一際に狭く感じた。
全身を汗で濡らし、木刀を正中に、横凪にと各々の得意な構えで構える防具を纏った50を超える武士達。
その足元を縫うように舞台に倒れ伏している同じように防具を纏い、折れた木刀を持った同じ50を超える気を失った武士達。そしてその武士達に囲まれるように中心にいるのは簡素な道着を着て、木刀を構える事なく下ろした金色の髪の少年であった。
彼の名はナギ。
3年前、元服を迎える前の弱冠14歳で近衛大将となり、数百年、誰も得ることの出来なかった"朱"の称号を得た天才剣士である。
彼は毎朝、1人稽古をする。
誰と手合わせすることもなく、修練場の隅で身体を鍛え、木刀の素振りをしている。
そして月に1度、隊舎に住む100人を超える武士達と同時に実戦さながらの仕合をする。
そうしないと相手にも鍛錬にもならないからだ。
1人1人の相手では自分1人の稽古の方がよっぽど修業になる。
100人を超える武士達は下手をすると自分の半分の年齢もない少年相手に防具を纏い、最高の状態に身体を整え、 持てる技術を実戦以上に駆使する。
そうしないと相手にならないから。
そして実際に相手にならないのだ。
武士の1人が前に出て、木刀を振り上げる。それに続くように数人の武士が各々の得意な型で木刀を振るう。
しかし、その木刀がナギに触れることはない。
いつの間にか振られた木刀がいつの間にか相手の木刀をへし折り、彼らの纏う防具に打ち付けられ、彼らは衝撃に気を失うのだ。
それはまさに一閃。
何が起きたのか、どう刀が振られたのかも分からない。
ナギは、倒れた武士達を見下ろし、嘆息する。
「まったく・・・もう少し頑張ってくださいよ」
ナギの目が木刀を構えたまま動けずにいる武士達を見据える。
「そんなんで国を守ることなんて出来るんですか?」
ナギは、木刀を振る。
空気を切り裂く音が修練場に響き渡る。
武士達の顔から血の気が引く。
「さあ、どうぞ。私からは攻撃しませんので安心してください」
ナギは、小さく冷笑を浮かべる。
武士達は刀の先を震わせながら小さな敵に立ち向かう。
そして数分後、全員が修練場の床に沈んでいた。
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