第33話 幻想DIY(7)
アケは、落下の重力に身を晒しながらも手を伸ばしてアズキを捕まえようとする。
アズキは、何で来たんだ!と言わんばかりに声を上げる。
アケの指先がアズキに触れ、離れる。
アケは、さらに手を伸ばす。
アズキの足を握る。
アズキが小さい声を上げる。
アケは、アズキを引っ張り、胸に抱き抱えてそのまま身体を思い切り捻る。
緑の魔法陣から吹き荒れる風がアケの身体を飛ばす。
アケは、アズキを抱き抱えたまま身体を丸める。
そしてそのまま水場へと落下した。
「アケー!」
ウグイスは、ペパーミントバードの攻撃など無視してアケの落ちた水場へと向かう。
水の泡を吹き出して水面が割れ、アケが顔を出す。
髪がしっとりと濡れ、呼吸が乱れ、身体に痛みが走るも無事だ。
アズキがアケの胸の中で小さく鳴く。
その声は抗議しているようだ。
何でこんな危ない真似をしたのか、と。
アケは、小さく微笑んでアズキをぎゅっと抱きしめる。
「アズキを守るのなんて当たり前でしょう」
アズキの目が大きく開く。
アケの優しい温もりがアズキを包む。
目の上に小さな水の膜が張る。
アズキは、小さく泣いた。
地鳴りがする。
ペパーミントバード達がアケに近づき、細い嘴を向ける。
アケは、アズキをぎゅっと覆うように抱きしめる。
アズキは、アケを守るために鋭く睨み、唸り声を上げる。
ウグイスが翼を折りたたんで高速落下するも間に合わない。
ペパーミントバード達が一斉に水の弾丸を放った。
水飛沫が壁となって舞い上がり、白い煙と化す。
黄緑色の羽毛が濡れ、地面を濡らす。
ゆっくりと煙が消えていく。
そこに現れたのは星空よりも黒く輝く鎖の壁だった。
蛇の目が驚愕に開く。
アケを中心に黄金の魔法陣が展開している。
「そこまでにしてもらえるかな?」
背後から声が聞こえる。
気品と威厳、そして温かみのある優しい声が。
甘く心地の良い花の香りが。
「ぷきゃあ」
アズキが歓喜の声を上げる。
水の中に足を付け、悠然と立っていたのは眩い黄金の光に包まれた巨大な漆黒の黒狼であった。
柱のような太く、長く、逞しい四肢。
黒い体毛に覆われた強靭な体躯。
気品と威厳を表現したような美しい顔立ち。
そして全てを圧倒し、魅了するような黄金の双眸。
「主人・・」
「ツキだ!」
黄金の黒狼は、素早く言い返す。
鎖の壁が解かれる。
突如、現れた巨大な黒狼・・・ツキにペパーミントバード達は気圧される。雛達に至っては親鳥の影に隠れて震えている。
オモチとカワセミ、そしてウグイスは、突如現れた王の姿に驚きながらもその場で頭を下げる。
ツキは、鼻の頭をアケに擦り付ける。
「まったく、心配して見に来てみれば」
アケの呆然としながらもツキの鼻頭を撫でる。
蛇の目からすうっと涙が一筋落ちる。
止まっていた感情が動き出す。
「主人・・」
「ツキだ」
「ツキ・・・ツキィィ!」
アケは、ツキに抱きついて大声で泣いた。
怖かった。
死ぬかと思った。
アズキが死んじゃうんじゃないかと思った。
「まったく・・・無茶をする」
ツキは、口を小さく開ける。
笑っているのだ。
黄金の双眸がペパーミントバード達に向く。
「我が妻と従者が無礼を働いたこと謝罪する」
ツキは、頭を下げるように黄金の双眸を閉じる。
「その上で妻の願いを聞き届けてくれないか。君達の子どもの殻を分けて欲しい。無碍に決して扱わん。如何かな?」
ツキの威厳ある言葉にペパーミントバード達は気圧されながらも互いを見回す。
そして、ゆっくりと後退り、その場を去っていく。
「感謝する」
ツキは、短く言うと鼻を使ってアケを器用に背中に乗せる。
温かく柔らかい毛の感触と花の匂いに心が癒される。
「濡れるよ」
「構わん」
ツキは、空に浮かぶ3人の従者を見る。
「許可をもらった。帰るぞ」
ツキの言葉に3人従者は頭を下げる。
ツキは、それを確認すると踵を返し、水の中を歩いていく。
アケは、黒い毛の中に顔を埋め、安らいだ顔をして寝そべり、アズキも身体を丸めて寝転がる。
ペパーミントバードの卵の殻を運びながらウグイスがカワセミとオモチに話しかける。
「ねえ、これって王が最初から入れば簡単に解決したんじゃない?」
「言うな」
カワセミは、力なく呟く。
自分の不甲斐なさを悔いているのだ。
オモチは、カワセミの身体に抱きつきたまま前を歩く主を見る。
妻を背中に乗せてゆっくりゆっくりと歩く主の姿を。
それは平和以外の何者でもない穏やかなものだった。
本当に変わったな。
オモチは、そう呟き、口をもごっと動かした。
「今日もイチャイチャだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます