第31話 幻想DIY(5)
その鳥はとても可愛らしい形態をしていた。
ストローのような長い嘴、小さな丸い頭と大きな丸い身体が重なり合った姿は串の刺さったお団子のように見える。翼は大きな身体と比較して小さく、恐らく浮くことは出来ても飛ぶことは出来ないだろう。その変わりに足は発達しており、とても太く、筋肉が隆々と盛り上がっていることが分かり、その下の黄色く足首も鋼のように固く見える。羽毛の色は名前の通り、ペパーミント、目が痛くなるような鮮やかな黄緑でウグイスの親戚なのではないかと疑ってしまう。そして何よりも驚くべきことは・・。
「大きい・・」
アケは、蛇の目と口を同じように丸くする。
アケとアズキと双子、そして走ってきたオモチがやってきた森を抜けた所にある水場はかなり広い。一周するなら半日は掛かるであろう大きさだ。その水場の中にペパーミントバードが10匹程浸かっているのだが、それだけで水場が埋まってしまう程にペパーミントバードは大きかった。恐らく1羽1羽が小高い丘なら首を出せるくらいのおおきさがあるだろう。
アケが双子の力を借りて空に浮かび上がっている時に見えた時は小さな山があると誤認してしまった。
アケの胸に抱かれたアズキも目を丸くしてペパーミントバードを見る。
「好都合ですね」
息を切らしながらオモチは言う。
休みなく走ってきたので息は絶え絶えで元から赤い目はさらに血走っていた。
オモチは、水場の奥の岸を指差す。
アケが蛇の目を向けるとそこにいたのは小さなペパーミントバードの雛たちだ。恐らく親の倍以上の数はいると思われるが遊び回っているので正確な数は数えられない。雛と言っても大きさはオモチの倍はあるが触れたら沈みそうな羽毛とあどけない瞳、未発達の短い嘴。
それらが合わさると・・・。
「可愛い・・・」
アケは、蛇の目を緩ませて笑い、胸に抱いたアズキをぎゅっと抱きしめる。
「やばーい!触りたーい!」
ウグイスは、両の頬に手を当てて声を上げる。
女子2人とも雛のあまりの可愛さに目が溶けそうだ。
アケの胸に抱かれたアズキが面白くなさそうに小さく鳴く。
「声が大きい」
カワセミが2人を窘める。
「そうですぞ。親に気付かれたら大変です」
オモチも人差し指を口に当てて2人を制する。
「産卵期のペパーミントバードは危険なのですとご忠告しましたでしょう」
ペパーミントバードは、山のように身体は大きいが性格は極めて大人しい。あまりの大きさに外敵に襲われないと言うので戦う必要がないと言うのが1番の理由だが、元々が木の実や葉や草を食べる草食でエネルギー消費を抑える為に飛ぶのを止め、一生を水場近くで穏やかに過ごす。
何とも害のない生物だが産卵期だけは違う。
子どもを守ろうと近寄るものをその巨体で一掃する。
怒れるペパーミントバードの強さは竜にも匹敵すると格言があるほどらしい。
オモチとカワセミに怒られて2人はしゅんっと肩を落とす。
そのあまりにも似た仕草にカワセミとウグイスが兄妹なのではなく、アケとウグイスが姉妹なのではと錯覚を起こす。
「雛達があそこにいると言うことは殻もその近くにあるはずだ」
カワセミは、目を細めて辺りを見回す。
「ゆっくりと進みましょう。気が付かれなければ安全です」
オモチの号令に従い、4人と1匹は足音を立てず、呼吸もゆっくりとしながら前進する。水場に木々が少ないのであまり隠れる場所はないのだが元々が警戒心が低いからか4人は気づかれることもなく進んでいく。
その途中、アケは親鳥が嘴に水を含んで雛達に水を掛ける姿を見た。水を掛けられた雛達は草の上で飛び跳ね、喜びの声を上げる。
目が痛くなるくらい眩しい仲の良い親子の姿にアケは胸が締め付けられる。
それに気づいたウグイスがぽんっとアケの肩を叩いて優しく微笑んだ。
アケも小さく微笑んで歩みを進める。
「あったぞ」
カワセミが小さな声で3人に声を掛ける。
水場から少し離れた恐らく産卵用の巣として敷き詰められた枝の小山の上に卵の殻が散らばっていた。
ペパーミントバードの羽毛と同じ色をした黄緑色の卵だ。
とても大きい。
頭の部分の欠片だけでもアケの腰の位置までの高さもあり、厚みも指一本分はある。
ウグイスが欠片の一つを拾う。
「うんっだこれだけ頑丈なら平気だね」
そう言ってアケに向かって投げる。
アケは、それを受け取る。
固い。畑を耕す時に鍬で叩いた石のようだ。そして反物のように軽い。
「アケ様」
オモチが小さな声で呼びかける。
「良い形の物がありましたよ」
表情は変わらないが赤い目が嬉しそうに輝く。
それは目玉焼きを作る時に、表面だけを小突いて片手で割ったように綺麗に半分に分かれた殻だった。
裕に大人が4、5人は入れる大きさで色合いも他の殻よりも一際輝いて見える。触ってみると表面は研磨されたように滑らかで温かみがある。
理想的な浴槽だ。
アケが喜んでいるのを見てカワセミとウグイスは顔を見合わせて笑う。
オモチも満足そうに鼻を動かす。
「さて、ではどう運ぼうか?」
オモチは、両手を組んで思案する。
「風で浮かせますか?軽いから問題ないか、と」
カワセミが手を翳して魔法陣を作る仕草をする。
「万が一落としたらな。流石に上空からだと割れるだろう」
「川で流しますか?私が水の精霊をちょちょいと」
「どう考えてもペパーミントバードに気づかれるだろう」
カワセミが呆れたように目を細める。
ウグイスは、拗ねたように唇を尖らす。
「大地の精霊にお願いして運んでもらうか。森を抜ける時は注意が必要だが」
「それがいいかもしれませんね」
「えーっでも気付かれるんじゃない?」
ウグイスが趣旨返しと言わんばかりにむすっと言い返す。
皆が自分の為にこんなに一生懸命に考えてくれている。
アケは、胸がきゅっと絞まるのを感じた。
罪悪感が急に湧き上がってくる。
「ご・・・ごめんなさい」
アケの発した言葉に3人が振り返る。
「私の為に・・私のただの我が儘なのに・・つきあわせちゃってごめんなさい」
アケは、暗い顔で頭を下げる。
「皆だって暇じゃないのに・・・」
言えば言うほど悪いことをしている気がしてきて身が縮こまる。
3人は、顔を見合わせてはあっとため息を吐く。
「アケ」
ウグイスが眉を吊り上げ、可愛い頬を膨らませる。
「そう言う時はごめんなさいじゃなくってありがとう」
ウグイスの言葉に他の2人がうんうんっ頷く。
「えっ?」
アケは、驚いて顔を上げる。
「何驚いてるのよ?」
ウグイスは、苦笑を浮かべてアケの頭を撫でる。
身長はアケの方が高いから見上げる形になり、顔も幼いがウグイスの方がお姉さんに見える。
「友達を助けるのは当然でしょ」
ウグイスの言葉にカワセミも同意して頷く。
口にこそ出さないがカワセミもアケのことを認めている。
「大切な主君の大切な人ですからね。当然です。まあ、それがなくても協力したと思いますが」
3人の温かい・・・あまりにも温かい言葉に蛇の目が潤む。
「皆・・ありがと・・・」
しかし、アケは続きを口にすることは出来なかった。
ウグイスに開きかけた口を抑えられたのだ。
「気持ちは嬉しいけど続きは後でね。ペパーミントバードに気付かれちゃうから」
蛇の目を向けるとカワセミとオモチも同意するように盛大に同意して首を縦に振る。
アケもその反応に我に返り、首を縦に振る。
しかし、ここで予期せぬことが起こる。
「うぎゃっ!」
ウグイスの口から悲鳴が飛び出す。
「アズキ⁉︎」
アケの腕の中からアズキが飛び出し、ウグイスの顔に体当たりしたのだ。
鼻の頭が赤くなるウグイス。
地面に両足を付けて怒りの目を向けるアズキ。
「どっどうしたのアズキ⁉︎」
アケは、興奮止まぬアズキを抱き抱える。
アズキは、両足をばたつかせてウグイスを睨み、威嚇する。
「ひょっとして・・・私がいじめられたと思った?」
アケの言葉にアズキは唸りで返答する。
恐らく、アケが大声出さないようウグイスが口を塞いだのを殴ったと勘違いしたのだ。
「やれやれ、飛んだ
赤くなった鼻を摩りながら言う。
「アケはいろんな人から好かれるね。あっ人じゃないか」
そう言って笑う。
アケも嬉しそうに笑って「ありがとうアズキ」とギュッと抱きしめる。
アズキは、何が起きてるか分かっていないが「キュッ」と嬉しそうに鳴いた。
平和なのはここまでだった。
晴天に雨が振る。
大きな滴が地面を打ち、肩にぶつかり、髪を濡らす。
お鍋の中身をそのまま被ったようにアケとウグイスの髪がずぶ濡れになり、顔に張り付く。アズキに至っては全身がずぶ濡れだ。
突然のことに理解が出来ない2人と1匹。
その直後に地鳴りが起きる。
足から全身へと伝わる激しい振動と音。
そして首筋を焼くような視線。
前を見るとカワセミが顔を引き攣らせ、オモチは表情こそ変わらないが赤い目が動揺に震える。
アケとウグイス、そしてアズキは恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは水場から出たペパーミントバードの群れであった。
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